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052:2012年度 第4回 2013年3月23日開催

特別セミナー 変革期を迎えた学習プラットフォーム
講演:ダフニー・コーラー氏(Coursera共同創設者・スタンフォード大学/教授)

  • 特別セミナー 変革期を迎えた学習プラットフォームBEATプロジェクト成果報告
  • 講演:ダフニー・コーラー氏
講演:ダフニー・コーラー氏

1. Courseraについて

今日、お話できて光栄だ。東大がパートナーの1校になってくれたことをとても嬉しく思う。本日は、最初にオンラインを通した革命、次に万人のための教育の話をしたい。

Coursera発起のきっかけは14ヶ月前、スタンフォード大学が行った実験だ。大学院生向けの3つのコンピューターサイエンスの科目を全世界に向けて無料で配信するというものだった。数千人集まれば良いと思っていたが、1週間も経たないうちに、10万人単位で生徒が集まってきた。今までのスタンフォードの講座では、一番大きくても400人くらいだ。同じサイズで10万人の学生を集めるとなると、250年間授業を続けなければならない。今はMOOCと呼ばれているが、この実験が最初に多くの人を対象としてオンラインで無料の講座を開催した、最初の試みだった。

2012年4月にサービスを開始して、現在は東大を含めて62大学と提携している。提供されている科目は329科目で、196カ国、300万人の受講生がおり、毎月50万人単位で新しい人たちが増えている。現在提携している大学には、一流のアメリカの大学、主にプリストン大学、スタンフォード大学、ワシントン大学、デューク大学などが入っている。東大を含め、ヨーロッパ、アジア、オーストラリアの提携先にも世界一流の大学が揃っており、無料で教育を全世界の人に提供している。最初はコンピューターサイエンスから始まったが、今はあらゆる科目がカバーされている。哲学、医学、ビジネス、グローバルなチャレンジ、科学、工学、写真、音楽および美術まで多岐に渡る。

2. 学生の様子

300万人の受講生の一部のプロフィールを何人か紹介したい。まずローレンくんだ。彼はコロンビアに住んでいる。コンピューター科学を地元で修めることが出来なかったので、Courseraでコースを取っている。フルブライトの奨学生に申請し、めでたく合格して、現在フルブライト留学生としてアメリカに留学している。次に、パキスタンのジョーリーンという女の子は、プリンストンの社会学講座を修めた。非常にやる気があり、同級生と一緒にNPOを立ち上げている。最後はアーチンという男性だ。起業したいと思っていたものの、住んでいるインドの小さな町では叶わなかったので、Courseraでゲーミフィケーションの講座を履修した。現在、インドで開催されている起業家コンテストに参加している。以上は想像するに易い受講生の例だ。次はまた違う学生の例を紹介したい。

ダニエルくんという17歳の男の子は、重度の自閉症で、話せる言葉が150語しかなく、iPadでタイピングして会話をする。専攻しているのはペンシルベニア大学で人気を博した近現代史だ。ダニエルくんにしてみれば、ずっと障害者を対象とした特殊学級に通っていたので、通常の大学教育を受けたのは初めてだった。教育を受けながら疾患自体も改善しつつある。また数週間前も、第4ステージまで進行した乳がんの女性からメールをいただいた。現在化学療法を受けているため、外との接触はCourseraの授業を通してのみと言っていた。

3. コースについて

講座の内容をご説明したい。単に座っているだけの標準型のオープンコースウェアではなく、必ずインタラティブに、あたかも実際の教室で行われているかのように行われるプログラムが用意されている。毎週履修するコンテンツは決まっている。必ず宿題が出て、それを提出し採点してもらうことになっている。宿題を提出しないと、履修したことにはならない。宿題を出すということで非常に効果が上がっている。期限が近づくと、宿題をやるためにアクセスが増える。最終的に、コースを修了し、合格すると、履修証が出される。この履修証は単位ではないがその後の就職活動に役立つ。

講座を受講する際の学生の経験は、3つの柱で説明できる。まず、ビデオ・動画の視聴だ。ビデオを使うことにより、講師は今までかかっていた物理的な制約が解消される。普通の授業は、50分単位で行われていることが多いが、これは物理的な制約があるからこのように決められている。これは学生が集中、注目できる時間がどれくらいか一切お構いなしに決められた時間だ。

Courseraでは、8〜12分くらいの短いモジュールを作って流すので、見る方は自分の時間や都合、ペースに応じて見られるようになっている。例えば、わかっていることは先送りして次に進むことが可能だし、追加コンテンツも視聴できる。もっと背景情報を知りたい時には、背景情報を参照できる。もし希望であれば、さらに追加教材なども提供できる。講堂に200人の学生を集めてマスで授業を行う時の制約が、このような方法を取ると解消される。

4. インタラクティブになる工夫

受講生は、受け身でビデオを見ていればなんとかなるというものではない。簡単な質問に答えて、理解度を確認することで、学習の結果がぐっと上がるということが先行研究からわかっている。そのためインタラクティブな関与を高める工夫をしてきた。このインタラクティブな関わりが、経験の2つ目の柱だ。

例えば、講師の質問に学生がタイピングして回答する。その答えが間違っていた場合、もう1回答え直してくださいと学生に戻し、改めて答えさせる。質問についての背景説明などもある。典型的な授業の風景だと、まず講師が学生に質問を投げかけても8割の学生は、講義のメモ取りに忙しくて聞いてない。後ろに座っている学生の20%くらいはFacebookなど自分勝手なことをし、全く先生の話を聞いていない。結局、その質問に「はい」と答えるのは、いつも一番前に陣取って授業を受けている賢い学生ばかりだ。その人が答える時には、まだほとんどの学生は質問されたことさえも気づいていないし、どう答えようかも考えていない。従来の授業で、こういった小さなクイズ形式で質問されるということもあるが、それでぐんと学習能力がアップするということはない。やはり本当に知識が圧倒的にできるのは、週末の宿題だ。

5. 採点方法の工夫

10万人も受講生がいるので、採点するのに何千人も教師を揃えることはできないのでコンピューターを駆使している。

コンピューターも最近ますます発達してきたので、かなりのものを採点できるようになった。複数選択形式で、いくつかの答えを選ぶ形式もコンピューターで採点できるし、短い答えももちろん採点できる。数学の問題についても、かなりコンピューターで採点できるようになった。他にも構造化されたようなコンピュータープログラムやモデルなども大丈夫だ。マーケティング調査用のスプレッドシートも、ある程度構造化されて定型化されているものは十分採点可能だ。

この評価法の良いところは、スケーラビリティを確保できるということもあるが、今までとは違ったかたちで、教材を習得するスキルを身につけられる点だ。伝統的な大学のクラスだと、まず複数の教材で勉強し、宿題をして、採点された結果が戻ってくる。しかし戻ってくる時に3〜4週間はかかってしまう。その時には授業は先に進んでいる訳だし、3〜4週間経った後に出した宿題を返されても、学生としては何もできない。学生の側から見ると、即刻フィードバックが返ってくるようになると、コンピューターゲームのようになり、どんどんやりとりが進む。普通なら、60点ぐらいしか取れなかったものが、次はもっと良い点を取ろうと再提出を重ねることにより、最終的にほとんどの学生が100点近い満点を取っている。ただこれはたまたま学生がやる気を出して、反復して、満点近くになったのではないかという反論もあるかもしれない。でも実際のところ、もし2人の学生に同じような能力があり、当初同じような答え方をしていても、やる気のある人が何度もトライして、マスターすることができるようになれば、この問題についてのスキルアップはもちろん、次の問題を出されてもより良く対応できることがわかっている。

そうは言っても、コンピューターを利用するには限度がある。オープンエンドで深く考えなくてはならない問題にはまだ対応できない。エッセイを書く、設計デザインをする、事例研究をすることについては、まだコンピューターでは対処できない。これに対応するために、ピアグレーディングというシステムを使っている。学生同士で評価しあうというものだ。あらかじめ講師から基準を与えられ、それに則って学生同士でお互いを評価しあう。あらかじめ詳しく定義した評価基準を用意しておくことが大事だ。1つの例だが、プリンストン大学で教えられた社会学の講座では、基準がしっかりしていると良い評価ができることがわかった。期末試験は、TAがマニュアルで採点しているが、他の学生同士で評価した結果とかなり相関関係が高い。オープンエンドの課題でもこの方法が上手くいっていることがわかっている。

ウォートンビジネススクールのデザインコースでは、学生に課題が与えられ、プロトタイプをつくり、それを作品として形にする。この過程で何度も、他の受講生からフィードバックを受けて進めて行く。コースが終わるまでに、他の受講生から40回くらいフィードバックをもらうことになるので、かなり内容豊かなフィードバックが得られる。それを全部活かして最終作品のデザインをする。最高得点を取ったのは、ラップトップを置くテーブルのデザイン、使っていない携帯の充電をする時のデザイン、ワークスペースをとるデザインの3点だ。とても見た目が良いので選ばれたが、後で調べたら、この3作品は、3つの大陸にまたがってつくられていたことがわかった。各学生の出身大陸が違っていた。インド、スペイン、フィリピンの人たちだった。

ピアグレーディングを導入した目的は、スケーラビリティを確保したかったからだが、予想外の良い結果として、クリエイティビティを増進するのにとても役に立つことがわかった。同じ課題について、いろいろな方面から解決できる切り口があるとわかるので、学生にとって良い参考となる。最初はオンラインに提供した講座に限って、学生同士の採点をしていたが、これは教育学上、役立つだろうということで、実際のキャンパスでの授業に、ピアグレーディングを導入している先生もいる。

6. 学生同士の交流

オンラインでは、ディスカッションフォーラムを通して、受講生同士で質問を投げ合い、答えを出している。この受講生同士の交流が、経験の3つ目の柱になっている。自分たち自身で時間をかけて丁寧に説明しながら答えを出すので、対面方式の授業に比べて、このコースを取った方が協調的・協力的な精神が直に伝わると言っている。今ではスタディーグループとして、全世界中に学生のコミュニティが出来ている。全部で2500以上のコミュニティがある。だいたい同じ科目を取っている学生同士が、週に1回集って難しい課題を乗り越えようとお互いに協力しあっている。

7. 履修証について

講座を修了すると、履修証が取れるが、最近、学生の個人認証済履修証を導入した。生体認証で本人確認を取って、宿題を提出してもらう。Courseraのサイトに恒久的に記憶されるので、その人がどういう大学の講座を修めたかが自らのブランドとなる。これからもコンテンツは無料提供を続けていくが、個人認証は有料制で、30ドル〜100ドルかかる。あくまでもオープン教育として提供しているものの、正式の認証が欲しいがお金がないという時には、資金援助の仕組みがあるので、それを利用してほしい。

8. データを用いた調査

講演:ダフニー・コーラー氏 オンラインプラットフォームを通じて、ありとあらゆる情報を収集することができる。学生一人一人がどこで早送りしたか、どこでその質問に対して答えを提出したかなどの情報を収集できる。学習状況を把握できるということだ。天文学から始まり、今や医学の分野に至るまで、こういったデータを集めて活かしている。

このデータから、間違った答えはどういう分布になるのかを見てみたところ、2000人の学生が同じような間違った答えを返して来たということがわかった。みんなが同じ間違いをしている時には、教え方を変えて正しい答えを理解できるようにしている。他には、教えている時に画面の中に講師の姿が写った方がいいのか、入らない方がいいのかということも調べた。かなり全世界的な規模でさまざまな意見が返って来た。これはGoogle、Facebookなどの会社が普段から行っている調査方式だ。Googleでログインすると、5%ぐらいの確立でBグループに特定される。Bグループは普通とは違った経験をするグループだ。Bグループの人の経験の方が、Aグループよりも良いことがわかると、すぐに作り替えることができる。教育でもこの方法を使うことができる。例えば2つの異なる教育方法があり、どちらが上手く行くかを調べたい時、この方法を使うとすぐにどちらが上手くいくかということがわかるので、ものの数日以内により良い教授法にすべてを変えることができる。この実験の場合、どちらが良かったかをお知らせすることができない。というのもBグループに入った学生たちは「どうして講師の顔が写ってないのか」と不満が集中してしまい、授業に気持ちが入らず、結局上手くいかなかったので、この実験は途中で止めることになったからだ。どの教授法が良いのかをいろいろと探したいので、常にいろいろな実験を行っている。

9. 学習結果改善の工夫

講演:ダフニー・コーラー氏 ベンジャミン・ブルームという人が、30年前に3種類の講義、(1)伝統的な講義を受けた人、(2)伝統的な学習を受けたが、前の課題が正解にならないと次の課題に進めないといったようなマスタリーラーニングの方法を取った人、(3)人を介して教授をされた人たちの研究を行った。(3)では、98%以上の学生が平均以上の成績を出すことが出来た。ここでの問題は、この場合には各学生に1人ずつ物理的に教師が張り付かないと達成できないということだ。

しかし今なら、私たちはこの問題に対して新たな解決策を提供できる。一人一人教師を学生に付けることはできないが、学生一人一人にタブレット、もしくはスマートフォンを配ることはできる。テクノロジーを使うことにより、(1)から(2)へ、(2)から(3)へと移行することができるということだ。(2)のようなマスタリーラーニングは、コンピューターで行う方がより適していて、楽に達成することができる。何回でも同じことを見せてくれるし、同じ設問でその都度違った回答をしても受け付けてくれる。人間の教師が付いていれば、学生一人一人に対して、テーラーメイドで対応することも可能だが、現代のスマート技術とビッグデータを組み合わせることにより、たとえ機械であっても、テーラーメイド的に対応することができるのではないだろうか。

クラスの中ではどのようにできるのだろうか。「学校の教室で行われていることは、全く頭脳を使うことなく、教師の持っているメモが学生のメモに移るだけだ」とスローソンという人は言った。教師が一方的に講義するだけのクラスはおすすめできない。だからもっとインタラクティブな教室をつくりたい。クラスの外に飛び出て、学生に色んなことを学んでもらい、学んだことをクラスに持ち帰って、お互いに関与しながらインタラクティブに問題を解決する。

Courseraでも教えていただいたウォートンスクールのチューリスン先生は、講師側がかける努力とそれによって学生がどのくらい成績によって報われるのかを分析した。先生の方が、努力を惜しまないで、かなりの時間を学生に対してつぎ込めばつぎ込むほど、学生の成績は高くなる。逆に先生もあまりやる気がなくて、単に一方的な講義だけを繰り返していると学生側の成績が悪くなったという結果が出ている。そしてMOOCを使うと、新しいフロンティアが広がるとこの先生は指摘している。つまり今までに比べて低いコストで同じ成果が出せて、従来と同じ技術を使っていても、もっとインタラクティブに行えば、さらに生徒の結果は上がるということだ。教師側のインプットはあまり変わらないのに、生徒側の成績は上がるのだ。

10. 万人のための教育

講演:ダフニー・コーラー氏 世界的な登録者人口をみると、8割ぐらいは大卒だ。もう既に大学を卒業しても日々新しいものを見つけたいと思っている人はたくさんいる。また、20年前に大学で学んだことでは十分ではないと思う人もいる。このような人たちにもCourseraを使ってもらえれば、非常に生産性高く、良い結果を出せる貴重な学びの機会になる。学生の出身国別の内訳としては、3分の1が北米、3割がヨーロッパとなり、全体からみると、4割が途上国の出身だ。2012年9月、国連で、教育を最優先にしようということが提言された。私もその際、アフリカの小さな難民キャンプに行って来た。難民キャンプの人たちは草で出来た掘建て小屋に住み、1日1回しか食事をしていなかった。何が今一番欲しいかと聞くと、食料を増やしてほしいとか、家が欲しいという答えは全然返ってこなかった。子供たちに教育を与えてほしいという希望が一番多かった。今まで教育は少数者の特権だったかもしれない。しかし、これを大きく変えるチャンスが出て来ているのだ。教育というのは基本的な人権である。教育は、自分のみならず、その子どもたちも良い生活が送れるような、道筋をを提供するものだと思う。

講演:ダフニー・コーラー氏

11. 質疑応答

Q :ピアグレーディングについてお伺いしたい。講義を受けられている人たちが大学生レベルだから成功していると思うのだが、何歳以上の子どもであれば可能とお考えか。

A:全体の受講生の年齢層は10〜90歳で、一番多いのは25〜35歳だ。ピアグレーディングには確かに限度があり、ある程度成熟度がないと出来ないと思う。教材の理解度もある程度ないと行うことが出来ないと思う。制約となるのは、年齢や能力のレベルで、非常に長いエッセイや、数学的な問題で複雑すぎるものには適さないと思う。

Q :生徒が間違いやすい、あるいは非常にユニークな解をした問題や解答の分析をされていたが、その成果自体は公開されているものなのか。一般の私たちも、この教科の中ではこういう問題について、このような間違いがよく起こるという分析結果を見ることはできるのか。

A:あれは特定の問題、特定の講座で使われているものを限定的に対象として分析したものなので、公表できるような内容にはなっていない。公開することは難しいと思う。

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