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ソーシャルラーニングとこれからの人財育成

1. 藤岡氏より話題提供:「海のサムライと書いて海士(あま)と詠むべし」

1.1. 海士町の紹介

藤岡慎二 海士町…島根県の北沖60㎞に位置する島
「御食つ國(みけつくに) 海士町」
対馬暖流の影響を受けた豊かな海の幸と、名水百選に選ばれた豊富な湧水に恵まれ、自給自足のできる半農半漁の島。固有の動植物、多様な海藻なども生息し、国立公園にも指定されている自然溢れる島。人口は2,400人のみであり、人のつながりが深い、人情溢れる島。

1.2. 小さな島の現状と課題

日本は「課題先進国」と言われているが、それを示す課題が存在する。

  • 人口流出:昭和25年で約7,000人の人口が2,400人へ…人口が2/3減少
  • 超少子高齢化:人口の約4割が65歳以上…日本の35年後を示す
  • 財政危機:財政破綻の道へ


平成の大合併の最中、自分達の島は自分達で守る覚悟を固め、単独町政での自立の道を決断。
住民と行政、議会が一体となって「守り」と「攻め」の両面作戦を立案。

1.3. 生き残るための「守り」の戦略

(1)行財政改革の断行…日本一給料の安い公務員に(平成17年)

  • 三役の給料カット:▲50%〜40%s
  • 議員の報酬カット:▲40%
  • 教育委員の報酬カット:▲40%
  • 職員の給料カット:▲30%〜16%

→職員は自ら給与カットを遂行、給与カットの一部で「子育て支援」を推進
→バス料金値上げや補助金返上、各種委員の日当の減額の申し入れが住民から出てくるなど、危機感が共有される。

1.4. 活き続けるための「攻め」の戦略

(1)外資獲得・雇用を生み出すモノづくり…島まるごとブランド化

海士町の商品
  • さざえカレー
  • ブランドいわがき「春香』:Iターンとの協働で立ち上がり、現在では日本で最も高い岩牡蠣として、首都圏オイスターバーで大ヒット
  • 隠岐牛:松阪牛と同ランクであり、東京に月に10頭弱しか出てこない高級黒毛和牛
  • 島のハーブティーふくぎ茶:障がい者自立支援×地域ビジネス など
CAS凍結センター

CAS(Cells Alive System)新技術の導入…農業再生への切り札→離島から世界へ

  • 細胞を活かしたまま、臨時に凍結し島で捕れた鮮度そのまま消費者へ
  • 離島のハンディを克服する武器として、第一次産業の復活と農水産物の高付加価値化を狙う

第三セクター「ふるさと海士」の創設:雇用の増大と定住促進

(2)人材獲得・未来を創る人づくり

島の人づくりの背景と方針
  • 地域の課題:人口/若者流出、後継者不足、産業衰退、公共依存(少子高齢化、文化・行事の衰退、財政難)
  • 地域の向かう指針:定住促進、後継者育成、雇用産業創出、自立共助
  • 求められている人材:地域で生業・事業・産業を作り出せる人財(地域企業家的人財)

人の自給自足・人の地産地商:仕事がないから帰れない
→仕事をつくりに帰りたい。

地域総がかり教育

ソーシャルラーニングとこれからの人財育成 「人間力」育成を目指し、島をあげて縦(幼保-高校)と横(学校-地域-家庭)の連携教育を進める。[事例]キャリア教育、島まるごと図書館構想、子ども議会、など
→中学1年生Uターン希望者(23人中)4人から13人に増加。

島まるごと大学構想

この島を明日をつくる学校にしよう
→島をフィールドに体験・交流をし、学びながら地域の課題を解決するまちづくり×人づくりの学校
(明日…持続可能な地域社会、学校…人間力育成の場)

効果
  • Iターン:257人(165世帯)
  • Uターン:157人

(平成16年〜平成22年)

→全国から人が集う島:「元気な若者が出ていく島」から「挑戦する若者が集う島」へ

これからの海士町
  • 島の幸福論:行政主導→地域協働
  • 戦後(大量生産・大量消費・使い捨ての時代)→これから(持続可能な循環型社会の時代)
  • 持続可能社会へのタグボートへ

1.5. 島前高校魅力化プロジェクト

(1)島前高校魅力化プロジェクトに至った背景

  • ここ10年間の島前高校入学者数推移
    平成9年から12年間で3分の1(77人→28人)まで減少。
    この流れは島前高校が統廃合対象となる可能性が高くなるが、そうするとせっかくのIターン政策が水の泡。
  • 本土と離島の高校の違い
    入学時点で学力別、進路別で生徒が選別される本土の高校とは違い、基礎基本のできない低学力の子どもから国公立大学を目指す高学力の生徒までが同じクラスで同一授業を受けている。
  • 島前の3つの中学校から島外の高校への流出率推移
    進学を考える島前の中学生の約55%が島外の高校へ流出
  • 島前高校がなくなると
    全員が15歳で島を離れることに→本土で押し潰される子どもが頻出の可能性
    子ども一人あたり3年間で約450万円の負担→出生率の更なる低下、島を離れる家族の増加による人口減少

(2)島前高校の改革

一人ひとりの夢の実現を目指す2コース制

  • 地域創造コース:地域活性化リーダーを高校で育成する
  • 特別進学コース:国公立大学など難関大学への進学を支援

→平成20年には大阪の名門中高一貫校から島前高校を選んで進学してきた生徒も。

(3)公立塾「隠岐國学習センター」

  • 設立背景:落ちこぼれ・ふきこぼれを減らす
  • 学習センターの目標:生徒にとって最適な進路実現の支援
学習センターの特徴
  • 夢ゼミによる夢・志の醸成
    →内発的な学習意欲の喚起(2年生)
    →推薦・AO入試への対策(3年生)
  • 高校での授業内容をふまえた指導による学習効果の向上(高校との連携・支援)
  • 学力に加え専門的なプログラムによる社会人基礎力の醸成(2〜3年生)
    →高校のコース制設置と公営塾での支援の成果:定員増、クラス増設、進学実績向上

(4)夢ゼミとは 〜学びの竜巻を創る〜

  • 参加者:5〜10人の高校生
  • 一人ひとりの「夢」をプレゼン→同級生や先輩・大人、地元の若者がアドバイス
    →議論をまとめて来週までの宿題が出され、その結果をまたプレゼンをする
  • 期間:1年半程度
  • コミュニケーション能力やプレゼンテーション能力の育成にも繋がっている

学びの竜巻(Tornado of Learning)…与えられた水を、単にスポンジに吸い込むような学びから、自らの興味・関心の「竜巻」に絡めとっていくような学びへ。(慶應SFCの井庭研が考えた“学びのパターンラーニング”より)
→知識を学び取る、絡みとる力を育成

2. パネルディスカッション「ソーシャルラーニングとこれからの人財育成」

パネリスト

  • 妹尾堅一郎
  • 山内祐平
  • 藤岡慎二(島根県立隠岐島前高校魅力化プロジェクト・教育ディレクター)/li>

司会

  • 藤本 徹
  • 高橋 薫

※みなさまからの意見を司会がまとめ、パネリストに質問を投げかけるという形で進められました。

Q. 妹尾先生はこれまでは地域振興や地域活性化の取り組みも行なっているが、藤岡氏の取り組みについてどう感じたか

妹尾堅一郎 妹尾非常に面白い取り組みで感銘を受けた。私からは2つのコメントをしたいと思う。
1つ目は「学びの竜巻」という表現が興味深い。学習方法を大きく分けると、1つは【階段(段階)型】、体系づけられた知識があり、階段を1段ずつ上るように学んでいく、日本で伝統的なスタイル。この方法は古典的だが、限界がある。その限界とは現実の問題に対処したり、課題を遂行するときに露わになる。また、新規の領域を開発するときに、そこでの知を開発したり、実践的な知を習得するには、この学び方には限界がある。そこで「自分の関心に知を引き寄せる=中心を変える」という意味で「学びの竜巻」はこのスタイルに近くて面白い。階段的に学んでいくのは、理系、法学系、そして典型的なのは医学系。医学は入学後まずは「人体の地図」を学ばされる。しかし欧米では変わってきている。例えば授業の第1回で教授が突然バタッと倒れる。学生たちはそれに驚く。そして教授は起き上がり「こういうときはどうしたらいいんだ?」と学生たちに尋ねる。そこで学生たちは「自分は何もできない」ということを思い知らされる。そこから何を学ぶべきかということ自体を学ぶ必要性に気づく。これが課題対応型。
2つ目に、地域振興の話では、島まるごとブランド化という取り組みも良いと思うが、非常に心配なこともある。地域振興は全国各地で行なわれている。しかも同じパターンのものが多い。地域名産をつくることになり、自治体から補助金をもらっていても、お土産屋さんで売られるだけになってしまう。なぜならビジネスモデルまで考えられていないから。そういう意味でも若い頃からビジネスモデルを学べることは良いと思う。例えば「富士宮やきそば」はなぜ成功したかというと「売ろうとした」から。この逆のスタイルが「関サバ」。「関サバ」はブランド化に成功し、消費者が「現地で食べたらもっと美味しいはずだから現地で食べたい」と思うようになり、現地へ行くようになった。これに続く第3のモデルが「横須賀モデル」。「横須賀といえばカレーだよね」という認識を広めた。カレーを食べに横須賀にわざわざ行く人はいないが、横須賀に行ったら必ずカレーを食べて(買って)帰るという気持ちにさせている。これから海士町がどのようなモデルを展開していくのかを期待したい。

藤岡まさにその通りだと思う。例えば海士町の岩牡蠣も、生産者の方が心配している。1つ希望があるとすれば、Iターンの増加により、Iターンで来てくれた若者と新しいモデルが作れるのではないかと考えている。補助金がカットされると厳しくなることが多いので、理想的なビジネスモデルを作らければならないと感じている。

山内祐平 山内夢ゼミの取り組みは面白く、私たちの取り組みと整合性があると思う。今まではそのような取り組みを行う必要がなかった。かつては、子どもに素朴な疑問として「なぜ勉強をするのか」と尋ねられたとき、「今は意味がわからないかもしれないが、一生懸命勉強すれば、良い会社に入り、頑張って働くと幸せな未来が待っている」ということを言えた社会だった。ところが今では大学卒でも就職ができなくなり、働けても正規雇用かどうかもわからない、先が見えない社会になってしまい、この論法は通用しなくなった。そうすると大事なのは、誤魔化さずに、「どんな職業に就くか」ではなく、「何の仕事をしたいのか」「どのように社会に貢献していきたいのか」を考えること。黒河くんの例で言うと「歯医者になりたい」ではなくて「どんな歯医者になりたいか」と考えることが大事。しかし、そのようなことを考える必要があるにもかかわらず、考える場所がない。私は地域振興の専門家ではないが、藤岡さんも含めて外部の人が入っていることが非常に大事だと思う。このようなものを成功させるときは、何か異質なものが入ることが重要であり、イノベーションも同じだと思う。長期的にはソーシャルメディアを通じて知り合った人たちとプロジェクトに取り組み、更に人の輪を広げていくような、インターネット上と実空間の動きが連動するということが確実に起きてくる。そのようなものの先駆けになる面白い例だと思う。

Q. これからは教える側の育成も重要になると思うが、教える側をどう育成していくと良いか

妹尾「教える」には3つの段階があると思う。1つ目は知識伝授。知識のある人がない人に教える。2つ目は学びを助けること。3つ目は互学互習。その時教師は学びの「場と機会」のプロデューサとなる。そのプロデューサを育成することが急務。例えば、教えあい学び合う人をソーシャルラーニングなどでつなげる。私がソーシャルラーニングをどうメタファーで見ているかというと、例えば知識伝授(教える-教わる)は1.0=ダウンロードの世界。学び助けることは2.0=アップロードの世界。これら両方は垂直に並んでいる。これを互学互習は水平に繋げる。つまり、SNSは個人も法人も同じ平面に乗せることができる。ソーシャルな関係というのは互学互習の関係と同義だと思う。この互学互習をどう創出するかが私たちに求められている。ただし、その一つとしてコンサルタントのように、完全にプロセスコンサルテーションで良いのかというと、そうでもない。多くの場合、コンテンツコンサルテーションも必要となる。だから、私たちがどれだけの引き出しを持っているか、そして適切な引き出しを提供できるかが重要になってくる。また、自ら「やってみせる」ことも求められる。教師の能力と知識の高度化が急務であり、負担は相当増えるだろう。しかし自らの知識を切り売りするだけで良い時代ではないので仕方ないことであり、プロとしての覚悟が求められると思う。

藤岡慎二 藤岡引き出し勝負であることは共感している。生徒が将来なりたい職業の話をしてきたとき、私たちはそれを先回りして調査し、場合に応じて生徒に伝えていくことをしている。ここに多くの時間を費やしていると思う。その後生徒たちが拡大していけるのかという話になるが、知識の身につけ方がわかっていけば、あとは生徒自身が経験を積んでいけるようになる。知識を伝えることも大切だが、高校生の人財育成となると、スタッフ個人個人の姿勢や考え方も大切になる。高校生は私たち大人のことをよく見ている。高校生は、「自分達が悩んだとき、この人はどうするんだろう?」と思って観察している。そして誰かが行っていたことを身につけることもある。自分達がどうあるべきかということにも気をつけておかないと、間違って生徒に伝わってしまうこともある。引き出しと、自分達が学習者としてどうあるべきかということに気をつけている。

山内ソーシャルメディアを利用した学びや、ファシリテーターの育成に共通して大切なことは、「予想不可能なこと」をいれることである。竜巻を起こすことは、イノベーションに近いので、「えっ?」と驚くようなことがないといけない。例えば、今回のセミナーのように立場の違う3人がこうして並んで話していることで、「何が起こるんだろう?」と考えさせて参加してもらうのも一例である。このような予想できないことを学習者もファシリテーターも楽しむことが重要だと思う。

Q.「格差」をソーシャルラーニングでどう捉え、対応していくか。

藤岡夢ゼミを脱落する生徒はいる。海士町を含む隠岐島前は社会の縮図なので、やりたいことを見つけたり目的意識をもったりすることが難しい生徒がもちろんいる。「夢なんてなくていいじゃん」、「やってらんない」という生徒もいる。ソーシャルメディア以前に、例えば夢ゼミでも目の前にiPadがあっても触らない。そういう人たちをどういう風に巻き込むのか。それとも諦めるのかという問題になる。夢格差・意欲格差をどう解決していくのか悩みどころであるのでお知恵をお借りしたい。

山内デジタルデバイドの話として、90年代に、インターネットに接続している家庭とそうでない家庭で格差が起こるという話があったが、ほとんどの家庭がインターネットに接続した今その話は議論されなくなった。デバイスが使える・使えないという問題は時間が解決する。確かに我々がやっていたプロジェクト学習は高度なことを行った。基礎的な言語能力やタイムマネジメント能力などがないと恐らくついていけない。ただ、自主的に手を上げて参加しているので、昨年、一昨年も実施したが、脱落者は1人もいなかった。「やりたい」と思っているから脱落しないのであって、公教育の場合は全員に無理やり行わせようとするために、「脱落」という概念が発生する。やりたことをやるための選択肢をどう増やすかが重要で、もし言語能力的に低い子どもたちにサービスを提供するのであれば、そもそもソーシャルメディアを使わないと思う。みんなで同じ事を行わないといけないのかということを考えたほうが良いと思う。それぞれのターゲットに応じて、選べるプロジェクトを並べ、自分に合っているか・合っていないかによって選んでもらえば良い。我々はそのための選択肢を作っていかなければいけない。Soclaプロジェクトはそのうちの1つの選択肢にすぎない。

妹尾堅一郎 妹尾格差には「経済的格差」「夢格差」「悩み格差」の3つが存在すると思う。経済的格差はよく聞くと思う。低開発国や最貧民国と呼ばれる、例えばバングラディシュの話をすると、昨年うちの大学院生が研究で訪れて、「携帯電話が5割以上普及している」と、驚いて帰ってきた。夜中電気が消えている間、彼らは携帯電話で話していて、その電気は日中充電しているという話だった。これはBase of the Pyramid(BOP)ビジネスと呼ばれるものだ。モノのネットワーク、エネルギーのネットワーク、そして最後に情報ネットワークができるといった先進国の開発モデルが通用しない世界が生まれつつある。しかし、日本の多くの政治家も官僚も企業も、80年代のG7の10億の市場経済をいまだに前提にした戦略で話をしている。しかし明らかに70億の人口を超えた今、G20プラスで40億人以上が市場経済に生きる時代だ。それを前提とすると経済的な格差というのも、我々の従来のコンセプトだけで見ていて良いのかという問題だと思う。第2のデジタルデバイドの話は、山内先生のおっしゃる通りだと思う。3つ目の話は夢格差、悩み格差に関連してくると思うが、山内先生のおっしゃった選択肢の拡大の話は非常に重要だと思う。もう1つ加えるなら時間の多様性もあると思う。すなわち人によって習得したいものは違うということとともに、変わっていくということだ。後々になって「やりたい」と思ったときに、それを学べることが選択肢の中にないことのほうが辛いかもしれない。リカバリーショットという言い方をするが、「もう一回学びたい、学び直したい」と思った時にどれほどの選択肢があるか。日本では大学院は学部卒で入学することが固定化されてしまっている。現在ようやく社会人大学院という言葉も出てきたが、なかなか進まない。しかし40歳になってまた学びたいという人がいて良いはず。人によって発展の時期が違うので、思い立ったら60歳でも80歳でも学んで良い、という社会の作り方が求められる。そうすると「格差」の見方も変わってくるのではないかと思う。

話は変わるが、私は早めにキャリアを決めることにあまり賛成しない。かつて10年ほど、母校の英国国立ランカスター大学の日本代表をしていた時期がある。その時、多数の留学希望の学生の相談にのっていたが、その時気づいたことがある。多くが、自分は目的がはっきりしてないから留学をすることは難しいのではという悩みを持っていたのだ。留学したらそこで自分が変わるかもしれない。それが留学のある意味で醍醐味だ。なのに、なぜ目的をはっきり決め込まなければならないのか。博士留学はともかく、学部くらいであればもっとオープンエンドで留学しても良いじゃないかと思う。その当時「20歳で人生決めて構わないのは(歌手の)宇多田ヒカルと(プロ野球の)松坂投手だけだ」と言っていた。つまり、身体知を使うものは若いうちに決めたほうが良い。ただし、これは例外。自分が変わることにワクワクできることが、学ぶためには重要だと思う。キャリアを若いうちから決めると逆に人生の選択肢を切り捨てるとも言える。可能性を、実践を通じて探索的に探ることが良いと思う。

山内先日ハーバードビジネスレビューのブログ読んでいたときに、「もっと多様な夢を持ちなさい」とう記事があった。夢を持つことは大切だし、Soclaも夢ゼミもそうだと思うが、変わっても良い。変われるようにフレキシビリティをもつことが大切。世の中がこれだけ変化しているのだから、10年先のことは誰もわからない。夢の蓄えがあれば多様な社会に対応ができる。職業で決めるのではなく「このような仕事がしたい」という経験によってらせん型に学習していくモデルに変化していかないといけない。様々な捉え方をほぐして考えていく必要はある。

妹尾今の話は大賛成。青山学院大学大学院で「問題学・構想学」という授業をしていた。その際「夢」の次は「構想」そして、「企画」「計画」という話をした。構想は形成し、企画は立案し、計画は策定する。このルートを身につけておけば、夢がどんなに変わっても次の構想、企画、計画へ持ちこむことができ、実行が可能となる。

藤岡慎二 藤岡今の話は私も賛成。思い込み症候群というのだが「これしかできない」という思い込みが自分の可能性を狭めることがあるので、私も高校生たちにも「変わって良い」と伝えている。新しく出会ったものにはワクワクするので、ワクワクしたらそちらに行ってしまって良いじゃないかと言う。しかし、夢を選択出来る人達は意欲の高い人達だと思う。夢を選択したり持つことができない人がいるので、彼らにまず「夢とは何か」を考えさせることが大切だと思う。

妹尾それが難しいと思うのは、「目標をもてないやつはだめだ」「夢はワクワクしないといけない」とにならないかが心配。人にもワクワクする時期というものがあるので、その時期が来る時で良いという姿勢が大切だと思う。

Q. 若いころの教育の影響によっては、選択肢を自分で作ることができない人もいるのでは。

妹尾堅一郎 妹尾20年前から「問題解決症候群」を指摘していた。昔授業をしていて「みんな問題を解決したがっている」ということに気づいて驚いた。その症候群は3つの兆候がある。1つ目は「問題は与えられる」。ゼミ生に研究テーマを決めてくれと言われたことがある。2つ目は「与えられた問題には唯一の正解がある」。そして3つ目は「それは採点し、評価してもらえる」。これらは大学受験の発想法に同じだ。それが染み付いてしまっている。つまり問題を形成することができなくなっている。問題を解決するというのは一見良いことに見えるが、実はリスクが高い。適切に問題を形成する能力はどこにあるのか。今の日本は良い問題が形成できないのだと思う。もう1つみなさんが陥っているものがあると思っている。それを私は「三トリ症候群」と呼んでいる。「トリあえず、トリいそぎ、トリつくろう」。確かに、これは出世する道。しかしこればかりを行うと短期・局所の最適化しかできない人ばかりになる。日本の閉塞感はこういった人ばかりのせいではないか。こういう人財しか育ててこなかった私たちの責任は大いにあると思う。

Q. 逆に現代社会は「出る杭」の人は生きづらいところがあると思う。そのような「はみ出した人」をどうサポートしていくと良いのか。

山内若い人は無理ないと思う。自分が10代だったときを思うと、多様な夢なんてもつのは難しい。ただ、会っている人の数が重要だと思う。ロールモデルがないから多様な夢を持つことは難しくて当然だと思う。だからこそ、ソーシャルメディアで他の人を見せることが大事。妄想じゃない地に足の付いた夢ができたり、誰かの姿勢を参考にしたりすることができる。現実的なロールモデルが見えるようにソーシャルメディア上の人のつながりを活かすことが必要。さらに言うと、ソーシャルメディアには変な人がたくさんいる。変だけどちゃんとした人。これまで見えなかった人が可視化されるので、「あれでいいんだ」「あんな風になるのもいいな」などと思い、多様になっていく。

Q. 様々なソーシャルメディアがある中で、なぜ今回SoclaではFacebookだったのか。

山内協力したいと思ってくれる人が集まりやすいというのもあるが、実名のアカウントなので信頼性のある協力者を集めやすいのでFacebookを利用した。

ソーシャルラーニングとこれからの人財育成 妹尾「会っている人の数」の話は本当にそうだと思った。会っている人でいろんなパターンが見えてくるのはある。ロールモデルの創出という点で話すと、江崎玲於奈さんを知らないという人が、東大の工学部にもたくさんいる。ノーベル賞の名前を並べていくと、知っている人は湯川秀樹先生と、佐藤栄作さんだった。学生に解説してもらったのだが、つまり受験に出る2人だった。要するにロールモデルもそうだが、そういう憧れのスターがいなくなったと思う。The Beatlesがスターの時代から、今は「会いにいけるアイドル」の時代。それから、出る杭は叩かれるが、出すぎた杭はたたかれないと言う人がいるが、僕は、出すぎた杭は抜かれると思う。抜かれても生きていけることが重要ではないか。

藤岡落ちこぼれ・ふきこぼれが活躍する場所が昔はあったが減ってきているように思う。例えば地域の伝統芸能、祭りなどにはまる高校生がいるが、受験勉強ばかりでしか評価されない現状があり、それ以外のことをしない高校生が増えている。本当は地域に出番があるはずなのに、地域の伝統や文化がなくなってきていることに危機意識がある。しかし人口が減少しているので、継承者の問題などもあり難しいなと思う。

妹尾異端を許容し、削除しないことだと思う。効率化することで多様性を押し込めるとイノベーションは起こらない。これからどういう時代になるかわからないからこそ、それぞれの個性を生かさないといけない。

ソーシャルラーニングとこれからの人財育成 藤岡高校生に多様性と言っても、学校では日々定期テストがあり、そして受験があり、受け入れづらい環境はあると思う。そういう意味でも大学の受験改革というのは考えたほうがいいのではと思いつつ難しい。ある県では、県議会で、公立高校の評価を東大・京大合格率で測ると聞いた。公立高校も予備校化が進んでおり、部活動の制限も進んでいる中で、多様性は生まれるのかと疑問に思う。

会場から直接質問

Q. 例えば大学受験などで評価されないようなアート活動を課外でしていた人とか、文学を深く嗜んだという人が、大学院生になってプレゼンテーションなどが優れていたり、話し方が面白かったりする。そのような部分で先々活きて、差が出ていると感じることがあるが、どうだろうか。

ソーシャルラーニングとこれからの人財育成 山内スティーブ・ジョブズの有名な話で、彼は大学が大嫌いだったのに、書体(カリグラフィー)の授業には興味をかりたてられ、それがMacのGUIに繋がったと言われている。これは、その時は何の役に立つか全然わからないが、最終的にイノベーションに繋がったという例である。こういった後で役に立ったという経験が可視化されていくと、蓄えておいたほうが良いということが理解されるだろう。例えば一種の学習のポートフォリオのようなものがソーシャルメディア上にどんどん蓄えられていき、文化として共有されていく。これは長期的にみて理想的なことだと思う。大学入試において、可能性を評価することは非常に重要だと思う。AO入試がネガティブに捉えられてしまっているが、日本ではAdmission Office の運営に問題がある。アメリカの Admission Office の70%は、受験生のFacebookページを見ている。逆に高校生は見られることを意識し、自分の学びをアピールしている。例えばSoclaで学んだようなことがある種のポテンシャルになるように、制度を整えたり、可視化し記録していくことが重要だと思う。
参考:「アメリカの大学の70%がFacebookを入学者選考における重要な参考資料ととらえている。」
参考サイト

Q. 藤岡さんに質問。閉鎖されてしまった空間だと、高校生の夢の幅が狭くなってしまうと思うのだが、幅広くするために何か取り組んでいることはあるか。

藤岡それは非常に意識している。声をつかった仕事をしたいという生徒がいた。そこで島内のアナウンス部の方のご協力で、実際にスタッフやパーソナリティの方とお話する機会を設けた。外部の人財と繋がり、コミュニケーションをし、考える機会を増やすよう意識しており、効果も大きいと思う。

Q. 今日の話はPISA型学習にも繋がる話だと思う。そういう意味でもこれから学校はどう対策していくとよいか。新しい大学をソーシャルメディア上につくるという話にもなるか。

山内大学がオフィシャルにオンライン上に展開するかはわからないが、海外では増えてきている。オンラインの大学がソーシャルメディアと繋がると、新しい形の大学が出てくる可能性はあると思う。「教育の破壊的イノベーション」が近い将来生まれる可能性がある。そのような大学が競合で出てくると、既存の大学は意識して改革を進めていくようになり、その中で新しい大学像が増えてくるようになると思う。

妹尾オープンエデュケーションの話に繋がると思うが、大学の講義をオープンにすると、学費を払っていない人にどうして見せるのかと言う人がいる。「ハーバード白熱教室」を見ればみんなハーバード大学に行きたくなったように、あれは世界から優秀な知を集めるための戦略。知を伝授するだけでなく、知を創発するスタイルを作っていくと、教育ビジネスモデルが変わると思う。

Q. 最後にディスカッションを経て感じたことをお聞かせいただきたい。

妹尾堅一郎 妹尾第一は、いままで日本は強いと言われていたことが裏目に出ているということがわかった。「一生懸命」という言葉があるが、もともと「一所懸命」だった。皆がそれぞれ1つのことに取り組む「一所懸命」をしていたがために、日本は衰退してきた面もあるのではないか。だから「多所懸命」にやれと私は言っている。多くのところで懸命にやるということ。そうすると、俯瞰的な観点をもてるようになると共に、多様なことについて一種のログの蓄積が行われるようになる。そして、短期・局所から長期・全体の最適化を考えるようになるだろう。第二は、知識の問題でなく、思考法の問題について。例えば知財マネジメントは、科学技術系の人から、法律系の人、そしてビジネス系の人と3者が入り交じるので議論がかみ合わないことが少なくない。科学技術系・理系は正否(正しいか正しくないか)で考える。ところが法律系は、当否(法律条文に当たるかどうか)を考える。さらにビジネス系は、適否(ビジネス上ふさわしいか)で考える。そういう思考法がきつい人が自分たちの枠だけで語っているから咬み合わない。しかし、ここから何かが生まれる。お互いの思考法を理解した上で議論を進めることが重要。第三に、ソーシャルには3つの意味があると思う。ソーシャルで(ソーシャルメディアを利用して)、ソーシャルに(ネットワーク上でインタラクティブに)、ソーシャルを(社会を知る)、学ぶ。2つのカエル症候群ものがあると思う。大海を知らない井戸のカエルと茹でガエル。茹でガエルは飛び出したくても飛び出せない。そして、石井威望先生が昔ネットワークかフットワークかという話をしていて「ネフットワーク」という言葉を使っていた。ネットワークに強い弱い・フットワークに強い弱いをマトリクス状に示す。ネットワークに強くフットワークに弱い人はオタク、フットワークに強くネットワークに弱いのは体育会、ネットワークにもフットワークにも弱いのは化石と呼び、両方強い人を私たちは育成しようという話。本物に出会い、出会うと発信したくなるという人を育成する。今はそういう人が増えてきていると思う。最後に第四として、熟達者の育成について参考までに2つ。山本五十六の「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」という言葉はラーニングピラミッドと同じで、人財育成の要諦の一つだと思う。それから最近の漫画で『どうらく息子』という漫画がある。名作だと思う。大学を出て保育園の先生を務めていた男が、落語に目覚めて弟子入りをし、落語家として修行を重ねていく話。熟達者訓練や人財育成という意味で非常によくできた漫画なので推薦したい。

藤岡問いかけをして終わりたい。キャリア教育への関心がこれほど高まっているのに、日本語としてしっかりした言葉にされていない。みなさんも「キャリア教育とは何か」をこれから考えてほしいし、私にもぜひ教えてほしい。

ソーシャルラーニングとこれからの人財育成 山内大切なことをお伝えし忘れていたのだが、Soclaには「同窓会ページ」が存在しており、Facebook上で交流が続いている。つまりネットワークが続くということ。そして学び続けるネットワークが形成されたということ。そのようなネットワークを英語では Personal Learning Network と言うが、そのようなネットワークがイノベーションの土壌としての社会関係に変化していくだろう。キースソーヤーという認知科学の学者がいるが、彼はグループジーニアスという言い方をしている。イノベーションは誰か1人の天才が閃くのではなく、人的なネットワークの中で発生するということ。実は相互に学び合うネットワークは、イノベーションの土壌になり得ると私は思っている。ソーシャルメディアの学習とイノベーティブな人財育成は繋がるだろう。学び続けるネットワークをどう作っていくかが大切。そういう観点から最後にメッセージがあるとすれば、「出る杭は抜かれても生きていけるように柵になれ!」と言いたい。繋がっていれば、1本抜かれても地面に戻せる。ぜひ学び続けるネットワークを作っていただけたらと思う。

ソーシャルラーニングとこれからの人財育成

(この公開研究会レポートは当日の記録をもとにベネッセ先端教育技術学講座で作成したものです。)

テーマ

ソーシャルラーニングとこれからの人財育成

BEAT(東京大学情報学環ベネッセ先端教育技術学講座)では、2011年度第4回 BEAT Seminar「ソーシャルラーニングとこれからの人財育成」を3月24日(土曜日)に開催致します。
近年のソーシャルメディアの急速な普及により、人々の関わり方やつながり方に大きな変化が見られるとともに、コラボレーションや学習の形態も様変わりしつつあります。ソーシャルメディアがもたらす新たな学び「ソーシャルラーニング」が、これからの人財育成のあり方にどのような影響を与えるかが問われています。
今回のBEATセミナーでは、まず、BEAT で今年度実施したSoclaプロジェクトの活動成果をご報告します。高校生を対象にFacebook上で実施したプロジェクト学習プログラムと、小論文、数学をテーマとした基礎学習の研究プロジェクトの報告を行います。次に、これまで数々の社会人教育プログラムの設立に取り組まれ、政府審議会等で次世代人財育成のあり方を提言してこられた妹尾堅一郎氏(産学連携推進機構 理事長、コンピュータ利用教育学会 会長、一橋大学大学院MBA 客員教授)に人財育成に求められるイノベーションと教育機関のあり方についてご講演いただき、これからの人財育成におけるソーシャルメディアを利用した学習環境デザインの可能性や課題を議論します。
みなさまのご参加をお待ちしております。

日時
2012年3月24日(土)
13:00~17:30
場所
東京大学 本郷キャンパス
情報学環・福武ホール(赤門横)福武ラーニングシアター(B2F)
内容
13:00-13:15
1. 趣旨説明
山内祐平(東京大学 准教授)

13:15-14:20
2. 2011年度BEAT成果報告
報告1:Socla 数学学習 藤本 徹(東京大学 特任助教)
報告2:Socla 小論文学習 高橋 薫(東京大学 特任助教)
報告3:Soclaプロジェクト学習 山内祐平(東京大学 准教授)
今年度成果の総括と来年度に向けて 山内祐平(東京大学 准教授)

14:30-15:30
3. 講演「先端人財育成モデルのイノベーション
~工業モデルの熟達者訓練、農業モデルのイノベーター育成~」
妹尾堅一郎(産学連携推進機構 理事長、コンピュータ利用教育学会 会長、一橋大学大学院MBA 客員教授)

15:40-16:00
4. 参加者によるグループディスカッション

16:00-17:30
5. パネルディスカッション
「ソーシャルラーニングとこれからの人財育成」

パネリスト:
妹尾堅一郎
山内祐平
藤岡慎二(島根県立隠岐島前高校魅力化プロジェクト 教育ディレクター)
司会:
藤本 徹
高橋 薫
定員
180名
参加費
無料
懇親会
セミナー終了後 1F UT Cafeにて 参加希望者(¥3,000)

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