今回は「情報学環・福武ホール(※)」の竣工を記念し、BEAT Special Seminarとして「BEAT 2007年度成果報告」および、基調講演「未来の教育のために学校と家庭ができること - フィンランドと日本の対話」を開催いたしました。
(※)情報学環・福武ホールは、福武總一郎氏による寄附に基づき、安藤忠雄氏の設計によって建築され、2008年3月26日に竣工しました。
前半は2007年度のBEATの研究成果報告を行い、後半はヘルシンキ大学のSeppo TELLA教授をお招きし、質の高い教育で定評のあるフィンランドの学校教育の特徴・家庭学習のあり方・未来の教育像についてお話しいただきました。
「学習ナビ」とは、データマイニングの手法を活用した学習方略フィードバックシステムである。2006年度の成果報告会でも報告させていただいた。現在このシステムは、実際の商用サービスとしてベネッセコーポレーションから提供されている。
今年度は、2006年度のシステムをさらに改良するよう研究を行ってきた。ここでは、今年度の研究で得られた基礎的知見について報告する。
「学習ナビ」とは、ひとことでいえば、「よい」学習方略を学習者に伝達するシステムである。
まず、高校を卒業した約1300人を対象に学力と学習方略の調査を行った。その調査結果について、データマイニングの手法を用いて分析を行ない、学力が高い人が使っている学習方略を特定して、それを判定する基準を設定した。「学習ナビ」は、その基準にもとづいて、学習者が学習方略をどう変えていけばよいのか、あるいはそのままでよいかといったことを学習者にフィードバックしていくシステムである。
「学習ナビ」で最初に提示される画面には、先行研究をもとにした学習方略に関する質問項目が表示されている。まず、質問で提示される方略を使っているかどうかを学習者に回答してもらう。
学習者が回答すると、システムがその回答を判定し、その人が適切な学習方略をとっているかどうかを信号機のメタファで表示するようになっている。青であれば「適切」、黄色は「ちょっと惜しい」、赤だと「もう少し頑張る必要あり」の意味である。
さらに先へ進めると、各学習方略に関して、どういう勉強の仕方を具体的にすればよいのかの説明画面が出てくる。
「学習ナビ」の評価を、2006年度に高校1年生を対象として行なった。その結果、システムの妥当性が一定程度示唆された。また、ユーザーからの反応もよかった。
システムの妥当性が一定程度示唆されたという意味は、学習ナビにおける適切な学習方略を使っている学習者が、「高校1年生段階において学力がやや高い」ということが確認されたということである。しかし、それが最適かどうかは問題である。高校3年間で「適切な学習方略は一定なのか」という問題が浮上してくる。
高校3年間を通して適切なフォローをしていくためには、各時点に応じたフォローやフィードバックを行なう必要がある。そのためには、高校3年間で学習方略が一定という仮定に基づくよりも、随時適切なフィードバックができるようにすることが必要だと考える。
この問題を解決するため、「学習ナビ」利用者のデータを用いて分析を行ない、その検討を行なっている。利用者は学習方略のデータを残すだけでなく、事前に受けた学力診断のデータも残している。つまり、利用者が残しているデータは、「学習ナビ」設計時に用いたデータと同じ構造をもっているということができる。したがって、設計時に用いた分析方法を、システムの改訂にも適用できる。
そこで、利用者から得られたデータを用いて、学力が高い人が用いている学習方略を探っていく分析を行なった。分析は、設計時と同じく、回帰二進木分析という手法を使用した。データ取得のできたポイントは「高校1年・4月」「高校1年・8月」「高校2年・1月」という時点であった。設計時に取得されたデータは「高校3年・3月」であったので、それとどのような点で最適な学習方略が違うのかを検討した。
「学習ナビ」は、英語・数学・国語の3教科に対応している。ここでは、英語を事例とした分析結果の一部を紹介する。
「高校3年・3月」の学習方略では、英単語学習についての方略が重要な位置を占めるという結果が出ていた。「新しい単語の意味を前後関係から推測する」「新しい単語があっても全部は調べずに理解しようとする」という、未知の英単語が出てきても、辞書を引かずに推測して意味を把握していくような、「実際に自分で英語の文章を読むことを意識した学習方略をとる人の方が学力が高い」という結果が得られたわけである。つまり、自分で能動的に使っていくような学習方略が最適な学習方略であるということが伺える。
高校1年生で、その学習方略を使っている生徒は、使ってない生徒より確かに成績が若干高いわけであるが、「最適な学習方略は何であるか」という点は違っていた。
高2までのデータを分析していると、わりと一貫しており、「英語ですでに知っていることと、新しく出てきたこととの関係を考える」という学習方略が最適な学習方略としてデータから得られた。これを解釈すると、英語の学習過程途上にあることを意識した学習方略が最適として高2ぐらいまでは出てくるのではないかと推察している。
これらのデータにゆがみがあるという可能性も考えられるので、これが妥当であるかどうかという点では必ずしも保証されるわけではない。しかし、高校3年間で適切な学習方略が一定であるという仮定には否定的な可能性がデータから示唆されている。
これまでの分析結果から、高校3年間を通じた適切なフォローを行なっていくことが必要であるということがわかる。
学習目的や内容は3年間で変化していくので、それに従って学習者に必要な学習方略も変容してくるのだろうと考えている。つまり、各学習者の状況にフィットしたフィードバックを行なうことを目指す必要があると私たちは考えている。現在このような方向でデータを分析し、「学習ナビ」の改善を続けている。
この研究は、「相関ルール」というデータマイニング手法を用いて、たとえば高校生のときにこういう問題ができていないのは、中学生のときにこういう問題ができていなかったからだ、という原因を調べる研究である。
ここでは、「相関ルール」を教育の場に応用したときどういうことができるのかについて、具体例をあげて紹介していく。
「相関ルール」とは、ある出来事の発生確率を高めるような条件を見つける手法といえる。たとえば、ある企業でダイレクトメールを出すという場面を考える。あるイベントがあり、ダイレクトメールを送ったところ反応率が0.1%であったとする。こういう場合、もう少し反応率を上げるため、手段を絞り込み、反応率を高めよう、効率を上げようとする。ここで、どうやって効率を上げようとするだろうか。
通常であれば、過去のイベントにきてくれた人のアンケートなどをもとに、その人たちがどのような属性なのかを見ていくということになる。たとえば、人手を使って「あるサービスを3年以上利用している人」を調べ、計算すると、そのイベントに関する反応率が20%に上がるということが分かれば、その人たちに絞り込んでダイレクトメールを送れば、次回からもう少し高い反応率が期待できるということが分かるということになる。
しかし、こういうことを人手で調べるのは大変である。条件が増えていくほど人手でやるのは難しくなっていく。そこで、こういうことを一定の手順にしたがって自動的に行えるように、「相関ルール」を求めるためのプログラムが開発されている。
「相関ルール」は、ビジネスの分野では様々な成果を上げている。これを教育の分野にも応用してみようと考えたのが、「相関ルール」を用いた誤答の分析ということになる。
たとえば、全体で誤答率が20%である数学の問題があるとする。これを教員側から見ると、間違う人には特徴があるように見えることがある。データを集めて分析を行い、「連立方程式」と「正負の数」について、ともに過去にできていなかった人に限ってみたとき、誤答率が95%であることがわかったとすると、「連立方程式」や「正負の数」が誤答の原因であると考えることができる。本当にそうであれば、そこに指導を絞ることが可能になる。
そこで、実際のデータを使って、前述のような事例があるかどうかを調べた。今回は、「高校時代にある問題ができないのは、実は中学時代に特定の問題が理解できていなかったことが原因ではないか」という仮説を立て、中学1年の春から高校1年の春まで模試のデータが揃っている4,444名の「ある問題が誤っていた」というデータを用いて検討を行なった。
方法は、Aprioriというアルゴリズムを用いたフリーソフトを利用した。高校時代の問題の間違いの原因を、中学時代の正誤で求めるということをした。調べる際、高校時代の問題約40問、中学時代の問題約300問を用いた。
高校時代の問題一問ずつについて、中学時代の300問から3問を選ぶ際、どのような組み合わせの3問であれば、高校時代の問題の誤答率が上がるかを調べていった。
その際、探索条件として、中学時代の3問の組み合わせによって、高校時代の問題の誤答率が70%以上になり、さらに中学時代の3問すべて誤答のときに、何も条件がない状態に比べ、誤答率が1.5倍以上になる組み合わせを調べた。これを機械的に調べることによって、探索条件に合致したのが48,641,191件見つかった。
それらがすべて解釈可能で、原因を特定できるわけではないが、その中から精査を行ない、特に中学時代の誤答の組み合わせが、高校時代の誤答の原因と解釈できるものを調べた。ここでは、もっとも解釈のしやすい(条件に合致する程度の高かった)一例を紹介する。
たとえば、
「長さ24cmの針金を折り曲げて長方形を作ると、対角線の長さが3√10cmになった。この長方形の面積は[ ]㎤である。」
という高校での問題は、全体の誤答率が26.4%である。これを解くためには、文章の図示・図からの立式・計算が必要になる。「相関ルール」を用いて分析を行ったところ、「文章からの立式」、「文章の図示、図からの立式」、「文章の図示、図からの立式、計算」という要素をからなる3つの中学時代の問題が誤答である場合には、この問題の誤答率が71.2%に跳ね上がることがわかった。
結論として
「相関ルールを利用すると、特定の間違いが生じる確率を高める誤答の組み合わせが分かる。」
「その組み合わせから、誤答の原因を推定することができる場合がある。」
「誤答の原因が分かれば、学習者にたいして効率的・効果的な指導を行える可能性がある。」
ということがいえる。
今回の例は数学であったが、「相関ルール」は他の教科にも応用可能である。英語の場合、中学時代に助詞と動詞の組み合わせで同じように間違えている場合は、高校時代でも同じようなところで間違えていることがいえる例もある。
進研ゼミ高校講座においては学力向上のために、学力診断だけでなく学習方略診断も行ない、それに対してアドバイスをしなければならないと考えている。学力の診断と学習方略の診断はすべての学習者にとって必要なものであり、サービスとして不可欠である。
「学習ナビ」においては、学力診断と学習方略診断の双方を英語・数学・国語で行ない、それらを組み合わせることでアドバイスするという仕組みになっている。
これまで「学習ナビ」は、PC版として2006年度からサービスを提供してきた。本年3月より携帯版を提供しており、名称は高校生に親しみやすく手軽感を感じてもらうために、「勉強法ぷちチェック」という形で提供している。ねらいは単純に「より多くの高校生に学習ナビを活用してもらいたい」というものである。
そのために、以下の3つに取り組んでいる。
携帯版学習ナビでは、手軽に、しかしPC版の本質を失わない形で「学習ナビ」を提供したいと考えた。そこで、学力診断では簡易版として5分ぐらいでできる質問を掲載し、学習方略診断についても、20問を3問程度にして提供した。さらに質問文とアドバイス文を単純化して、提供している。
これらの質問文やアドバイス文はトライ&エラーのサイクルでメッセージの変更をしながら改善を図りたいと考えている。