総合研究博物館・助教
第31回
西洋美術にならされたわたしたちの目には、むしろ新鮮で発見に満ちたものとして映る仏像。「日本的」と言われるやわらかでおおらかなデザインは、どのよう な造形感からくるものなのでしょうか。仏像の修復、復元と現代美術の木彫制作をとおして研究をすすめている菊池敏正さん(総合研究博物館・助教)をゲストに お迎えし、奈良時代の表現について考えます。
9月11日のUTalkには、菊池敏正さんをゲストにお迎えし、「仏像が教えてくれる技術と美意識」をテーマに、仏像の表現と現代アート、技術 の関係についてお話を伺いました。菊池さんは文化財保存学を専門とされ、仏像の修復・復元と自身の作品制作を通して研究を進めており、東京芸術大学大学院 教育研究助手を経て、現在は東京大学総合研究博物館で助教を務めていらっしゃいます。
まずは、仏像の表現の歴史についてお話を伺いました。
奈良時代は、塑像・乾漆像・金銅仏など、仏像彫刻が最も多様な技法展開を見せた時期だそうです。塑像とは土で作った像、乾漆像とは漆をモデリング材として使用し造形したもので、漆の張り子のような特徴を持つ「脱活乾漆造」と木で大まかな心を作る「木心乾漆造」の2種があるのだそうです。昨年有名になった興 福寺の阿修羅像も、脱活乾漆像だと紹介くださいました。
仏像の制作技法は平安時代に大きな変化を迎えたそうです。平安時代の初め頃には「一木造」という一本の木から彫る技法が流行しました。衣の彫りも鋭くどっしりとしたボリュームのある表現が見られるとのことです。末期になると、寄木造が確立し、平等院鳳凰堂の阿弥陀如来に代表されるような仏像が制作されま す。この頃の特徴はあっさりした顔の仏像が増えてくるそうです。
国家プロジェクトとして制作されてきた仏像も、徐々に仏師の工房の特徴が垣間見えるようになるのもこの時期からだそうです。鎌倉時代には寄木造りで多くの仏像が制作され、東大寺南大門の仁王像で有名な運慶などが登場します。眼を彫り抜いて当て木をし、水晶をはめこんだ「玉眼」などが特徴としてあるようで す。人々が拝むことを前提に作られているので、見上げると仏像と眼が合うような作りになっているそうです。
次に、修復技術と現代アート・技術の話に移りました。まずは菊池さんが木彫で表現された数理モデルを見せていただきました。これは関数の立体構造なのですが、よく見ると金色の線が入っています。「截金(キリカネ)」という、鎌倉時代の仏像に使われた技法だそうです。今回の作品は日本画家の中村祐子さ んが截金を行ったとのことでした。
他にも水の抵抗を最小限に抑えた船底をモデルにした作品などもありましたが、どれも美しかったです。「機能を追求する中での美しさは、東大に来て出会いました」とおっしゃっていました。2012年に丸の内にJPタワー(仮名)、が完成予定で、そこには東京大学総合研究博物館が入ることになっており、 博物館所蔵の膨大な標本を展示する予定だそうです。
「修復によって、当時の人がどういう視点でモノを作っていたのかがわかります。それをどのように自分の中で消化し、新しいアイデアを付加して作品づくりに活かすか、ということを考えています」とおっしゃっていました。
その後、質疑応答の時間に移りました。まずは外国の仏像と日本の仏像の違い、西洋美術と日本美術の違いについての質問が出ました。
菊池さんは、その土地の人々の文化や特徴が仏像に反映されているのでは、とおっしゃいました。タイの仏像の顔と日本の仏像の顔が違うように体の印象も違って見えます。仏教はもともと外国から輸入されたものですが、仏像の制作は、早い時期に日本風の表現になっていたとのことでした。また、ギリシャ彫刻 などは、時代の流れの中で忘れられ発掘されて現在に伝えられているのに対し、日本の仏像はお寺で保管され、定期的に修復されながら長く大切にされていた所 は大きな違いだそうです。
修理をするときに気をつけていることは何ですかという質問には、
「すぐ壊れないように長持ちする材料を使い、後々なくなっていた部分が発見された際に改めて修復が可能な状態にしておかないと行けない部分には可逆性のある素材を使用します。と答えて下さいました。
極力、制作当初の姿に戻すようにしますが、どうしても原型がわからない場合で且つ仏様としてあまりにも痛々しいものには、同時代や近い地域の様式を調べ、それに合わせるそうです。仏像の顔の表情はとても繊細な表現であり、若干のずれによって表情は全く違う印象を受けてしまうほどだそうです。一見裏方のよう な台座なども仏像を引き立たせる大事なもので、大変手の込んだ造りになっています。それだけに、仏像の世界は一度はまると抜け出せない、奥深い世界なのだ そうです。
参加者の方には仏像や美術に造詣が深い方が多く、UTalk終了後も活発に交流が行われました。仏像の奥深さを実感し、技術と文化財保護のあり方について考える貴重な機会となりました。参加者のみなさん、菊池さん、ありがとうございました。
[アシスタント:三ヶ島ちひろ]