UTalk / 土器のかけらから最古の農耕社会を解く

小髙敬寛

総合研究博物館 特任助教

第94回

土器のかけらから最古の農耕社会を解く

1月のUTalkは、シリアの遺跡発掘に長年参加されてきた考古学者の小髙敬寛さん(総合研究博物館 特任助教)をお迎えします。メソポタミア文明の時代よりもさらに古い9000~8000年前の土器を扱いながらも、小髙さんが見ているのは当時の人びとの暮らしや社会。土器片に残る小さなでっぱりにはどのような意味があるのでしょうか? わずかな痕跡から人の営みを推察していく考古学の醍醐味を最新の考察から味わいます。

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2016年1月のUTalkは、総合研究博物館特任助教の小髙敬寛さんをお招きしました。小髙さんには、西アジアの土器に見られた「突帯」という部位からその時代の生活に迫るお話をしていただきました。

小髙さんが専門とするのは考古学で、特に西アジアの土器について研究してらっしゃいます。考古学とは旧い"物"の研究から人間について知ろうとする学問です。そして小髙さんが研究していらっしゃる土器といえば、日本を含む東アジアが世界最古の歴史を誇ります。それではなぜ西アジアを研究するのかというと、西アジアでの古代の出来事は人類史に与えた影響が大きいからだそうです。例えば西アジアは人類が初めて元の生息地のアフリカから外に出た場所であり、農耕・牧畜や文明などが始まった場所でもあります。

西アジアで土器づくりが始まったのは紀元前7000年〜6600年頃です。紀元前1万年よりも前から土器づくりが行われた東アジアには大分遅れています。しかし土器を作るのに必要な、物質に熱を加えて化学変化させる技術は西アジアにおいて土器以前から使われていました。それゆえ西アジアの土器は、始まった時期は遅いけれども最初から技術水準が高かったそうです。土器生産の初期に作られたのは、異なる地域のものであっても、色が暗くて小さい、似かよった土器でした。しかししばらくすると生産地域が拡大すると同時に土器の色や形が多様化しました。そしてここで1つ不思議な事柄があるそうです。土器はこのように多様化したにも拘らず、多様化する以前から土器づくりを行っていた地域の土器にはある性質が共通していたのです。「突帯」という、土器の側面をぐるりと1周するでっぱりが見られたのです。なぜこの突帯が共通して存在するのか、突帯はどのような機能を持っているのか、小髙さんは疑問に思ったそうです。

小髙さんはある時シリアにある遺跡の発掘調査に参加しました。そこでは色の暗い暗色磨研土器と、明るい色の粗製土器の2種類の土器に注目しました。研究では次のような事が分かったそうです。まず突帯はある時期に急に現れ始め、そして減少していきました。初期の頃の突帯は指や手をかけられるほど十分な高さがあるそうです。しかし少し時が経つと様子が違います。大きくて重いものの多い粗製土器にはきちんと高さのある突帯が付いているものの、小さくて軽いものが多い暗色磨研土器においては、高さが非常に低くてよく見えないほどの突帯がついていたのです。まるで生物の使われなくなった器官がわずかに痕跡として残っているようだと小髙さんは想起しました。そして、最後はどちらの土器にも突帯が付けられなくなります。

以上のような事実から小髙さんは次のような解釈を行いました。まず西アジアの土器づくりの歴史の初期は、土器に関して「持ち運べる」ことが重要であった可能性があります。そして、少し土器が多様化した時代にも、あくまで土器を「持ち運ぶ」ためのグリップとして突帯が付けられたというのです。その破片の分厚さから、突帯付きの土器は大きかったことが推測されます。それゆえ、突帯は大きな土器が作られ始めた時の持ち運び手段と考えられるのです。ではなぜ突帯は衰退していったのでしょうか。それは、土器の多様化につれて持ち運び用の小さい土器、地面に置く大きい土器と、土器が用途によって作り分けられるようになったからだと考えられるそうです。持ち上げやすい小さな土器はもちろん、大きな土器も持ち運ぶことがなくなっていき、わざわざ突帯を付ける必要が無くなったのです。突帯が持ち運ぶためのものであるというこの一連の解釈は、突帯付きの土器と同様に持ち運びの機能を持つ「把手」の破片が同じような数の推移をしていることから裏付けられるとのことです。

小髙さんの話を受けて、参加者の方から「土器には儀礼・祭祀のためのものがあったのではないか」との質問が出されました。それに対し小髙さんはその可能性はあるし、現在の研究の風潮では様々な道具・事柄を儀礼祭祀と結びつける傾向が強いのだとおっしゃいました。例えば農耕牧畜も、元の狩猟採集社会において儀礼祭祀の際の特別な食物を作るために始まったと考えられることもあるそうです。

小髙さんのお話を聞いて、多様な解釈の可能性の中から推論を構成していく考古学の面白さを感じました。興味深いお話をしていただいた小髙さん、お越しくださった参加者の皆様、ありがとうございました。

〔アシスタント:東秋帆〕