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014:2005年度 第6回 2005年9月3日開催

BEAT特別セミナー
教育における知的所有権・その現在と未来

0. 趣旨説明

BEATでは、4月から8月まで「デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー」というテーマで公開研究会を行ってきましたが、9月、10月と、知的所有権とモバイル放送という今後の教育にとって重要なテーマをとりあげ、特別セミナーを開催いたします。

苗村憲司 教育の情報化やeラーニングの普及によって、教育現場において著作権の処理が大きな問題になっています。特に、ウェブに掲載される教育資料の著作権処理の負荷が増大しており、著作権制度そのものの見直しを求める声もあがっています。今回のセミナーでは、「教育における知的所有権・その現在と未来」をテーマに、前半は情報セキュリティ大学院大学の苗村憲司先生から基調講演を頂き、後半は、今後、情報技術が教育の発展に寄与するために、我々が今何をすべきなのかという現在可能な対処法から、これから何をすべきかという未来のあり方についてのディスカッションが行われました。

1. 基調講演:「教育の情報化に関わる著作権法の課題とその解決に向けての考察」
苗村憲司(情報セキュリティ大学院大学)

1. はじめに−教育の情報化に期待するもの

教育の情報化には、様々なことが期待されている。

  • インターネット等の情報通信技術の全面的活用
  • マルチメディア・インタラクティブ型電子教材の利用
  • 自作教材の公開とその利用の容易化
  • さまざまな最新情報の入手と利用の容易化
  • 地域と国の壁を越えた情報発信、共同作業
  • 時間と場所に制約されない教育・学習の可能性
  • 従来型画一教育からの脱却

以上のように、教育の抜本的な改革の可能性は多々考えられるが、同時にそれに伴うリスクも考えられる。

  • コンピュータウイルス、なりすまし、詐欺、出会い系サイト、個人情報の流出、有害情報などのインターネット利用に関するリスク
  • 日本固有文化の希釈化(アメリカ的価値観の強制)
  • 個人格差(ディジタルディバイド)
  • 導入コスト(設備、通信料、教員研修等)
  • 第三者著作物の利用に関わる著作権の取り扱い

教育の情報化は様々な改革をもたらすが、同時に様々なリスクも伴う。今回はその中で「著作権」について焦点を当てる。

2. 著作権制度の概要

著作権法の目的は、著作物、レコード、放送および有線放送に関して著作者の権利、およびこれに隣接する権利を定め、これらの文化的所在の公正な利用に留意しつつ、著作者等の権利の保護を図り、それをもって文化の発展に寄与することである。「公正な利用に留意」とあるが、公正な利用を促進することをねらいとすることが目的ではないところに注意しなくてはならない。「留意」という程度の言及からわかるように、著作権法はあくまで利用者の利益を守るためのものではなく、主に創作者側の利益を守る法律である。

著作権法は国際的な枠組みであるベルヌ条約が基礎となっている。ベルヌ条約では「無方式主義」という主義に基づいている。これは、小説であれ音楽であれ、形式に関係なく、表現された時点で著作権が自動的に発生するというものである。特許とは違い出願や登録の手続きは必要がない。

3. 著作物の「使用」と「利用」

著作物の使い方は法律上、「使用」と「利用」の2つに分かれる。
一つは「使用」である。使用とは、著作物をその目的に沿って読む・見る・聞くといった使い方をすることであり、著作権の対象ではない。

もう一つは「利用」である。利用とは、著作物を複製・貸し出し・改作・実演・放送などをすることであり、著作権法の対象になる。そのため利用をするには著作権者の許諾が必要となる。

苗村憲司 「利用」の代表は「複製」である。インターネットの利用に当たって、著作物をダウンロードして表示するという行為は、サーバの著作物を使用者のPCのメモリーに展開することであり、これは「使用」か「利用」かといった議論がしばしば起こる。日本をのぞく主要国はこれは「複製」あると定義している場合が多いが、日本ではいまだにはっきりしていない。

4. 著作権の内容

著作権の権利の内容には、「著作者人格権」、「著作権」、「著作隣接権」がある。

「著作者人格権」は、著作者の名誉を守るための権利である。たとえばペンネームで制作したものを、第三者に本名とともにその制作物を公開され名誉を傷つけられることを防ぐ権利である。

「著作権」は著作者の財産的権利を守るものである。複製によって財産を得ている著作物を、第三者が勝手に複製したために、得られるべき財産が得られなくなってしまうといったことから保護される権利である。

「著作隣接権」とは、著作物の実演家、レコード製作者、放送事業者等の財産を保護する権利である。

5. コンテンツの権利保護のための技術的手段(Digital Rights Management)

コンテンツの権利の保護の手段は、法律だけではなく技術的な保護の手段もある。機能としては、以下が代表的である。

  • 有料のコンテンツへのアクセスを暗号化などを用いて制限する不正アクセスの禁止
  • 複製の回数のコントロール、または禁止をする利用行為の制限
  • 機器のIDや個人情報の入力によって著作物へのアクセスを制限する許諾処理
  • それでも不正なアクセスが行われる可能性があるので、そのアクセスを記録したログの管理、不正アクセスの検知、不正コピーの検出といった不正行為の検出

このような著作権管理のための機能を無効化、または阻害するような行為も1998年以降から著作権法違反とされた。

6. 権利の制限

教育における知的所有権・その現在と未来 原則として著作権は権利者の排他的許諾権であり、その許諾を得ずに利用すると違法となるが、それでは不合理となる場面もある。そのような場面では、第三者が例外的に権利者の許諾を得ずに、著作物を利用することが許容される。これは権利者側から見れば権利が制限されていることとなる。権利が制限される例は、日本の著作権法では約20項目ある。

たとえば、私的利用のための複製が挙げられる。子供が絵本を汚してしまう可能性があるので、複製をとって読ませるといった、家庭内での使用のための複製が権利の制限の対象となる。ただし、近年では高品位な複製が可能なデジタルメディアが一般化しており、これらが作り出すオリジナルと同等な複製は著作権者の権利を阻害する可能性があるという理由で、私的録音録画補償金制度により機器とメディアに数%の補償金が上乗せされて販売される。このようなデジタルメディアを著作物の複製ではなく、会議の記録といった用途のみに用いる場合は補償金の返還請求が可能であるが、金額がごく少額であることから請求は希である。

他にも、著作者不明の場合で著作権者との連絡が取れない場合は文化庁長官の裁定により、供託金を支払うことによって複製が可能である。

国際条約上、権利の制限と例外に関する規定は以下の3項目である。

  • 特別な場合である
  • 著作物の著作権者・著作隣接権者による通常の利用を妨げない
  • 著作権者の正当な権利を害さない

権利の制限と例外は以上の3項目を満たす必要がある。

7. 教育目的利用に関わる著作権の制限

学校その他の非営利な教育機関において、教育を担当する者、および教育を受ける者は、その授業の過程における使用に供することを目的とする場合に、必要と認められる限度において公表された著作物を複製することができる。ただし、当該著作物の種類、用途、複製部数、態様に照らし、著作権者の権利を不当に害することになる場合は、この限りではない。このただし書きは複製だけでなく、上映、上演、演奏、口述そして構内用ウェブサイトへの掲載についても付加されるものである。教育目的の利用であっても、著作権者の権利を害する可能性がある場合は権利が制限されない。

8. インターネット利用と著作権との関わり

インターネットは軍事目的で開発されたとの考え方が一般的であるが、Lawrence G. Robertsを始めとするインターネットのパイオニアたちの考えは、研究者や教育者達が学術的な情報を交換するネットワークであるという認識である。あくまで学術的な知を共有する空間なので、著作権を主張する者はいなかった。ところが90年代に入って電子商取引が行われるようになると状況は一変する。著作物を含めた商品が売買される空間になった。このような変化は、本来の学術的な用途に用いてきた人々と、ビジネスとしてインターネットを利用する人々との間で摩擦をもたらした。この摩擦を解決する一つの方法として、Lawrence Lessigは"Creative Commons"という考えを提唱している。オープンソースソフトウエアの代表的許諾契約GPLを参考とした、次の4条件の組み合わせから許諾条件を選択する。

  • 著作者名表示(Attribution)
  • 非営利目的(Noncommercial)
  • 二次的著作物禁止(No Derivative Works)
  • 二次的著作物の同一条件許諾(Share Alike)

この選択によって、知的共有領域の形成をねらう。MITはOpenCourseWare等に組織的に適用している。こういった活動は知を積極的に共有しようとする試みであり、重要である。

9. 教育の情報化に伴う新たな問題点

教育の情報化に伴う新たな問題点 これまで、教師は著作権法35条第1項に基づき第三者著作物を授業用に複製してきたが、情報化に伴いこれらを構内専用のウェブサーバに掲載したり、他のクラスでも使いたいというニーズが発生してきた。またはこのような教材を著作権法35条第2項に基づき遠隔授業といったeラーニングで使うというニーズも考えられる。

このような状況では様々な著作権法上の問題が発生する。たとえば、サーバに教材を置くために送信に用いる端末は、サーバに有線LANで接続されていれば問題ないが、無線LANで接続されている場合は「公衆送信」に該当し、著作権法違反になる。また、著作権法35条第1項に基づく複製物は「その授業の過程」においてのみ使用されることとされており、同じ教育機関でも、他のクラスでは利用できない。そして、著作権法35条第2項に基づく公衆送信は、その場で授業を直接受けている者がいて、かつ、その授業が別の場所で同時中継される形態で遠隔授業が実施されている場合に限定される。よって、任意の時間と場所で学習できる形態には適用できない。

10. 教育利用に関する著作権法改正の提案

前項の問題点に対し、次のような著作権法改正の提案がされている。

  • 同一構内における無線LANの利用は有線電気通信設備と同様に「公衆送信」に該当しないこととして欲しい。
  • 著作権法35条第1項に基づく複製物を「その授業の過程」のみではなく、同一の教育機関内の他の授業においても、校内専用サーバ上に蓄積するなどして使用できるようにして欲しい。
  • 著作権法35条第2項について、これに基づく公衆送信を、授業の過程で使用する目的(授業の復習など)のために必要と認められる限度で、授業を受ける者に対してできるようにして欲しい。

これらに対し、次のような批判的意見が出された。

  • 同一構内における無線LANの利用は、教育機関における権利制限として議論すべきではなく、一般的問題として検討すべきだ。
  • 「著作権者の利益を不当に害する」可能性も考えられる。著作権者の権利を不当に害さないような、使い方に関するガイドラインの作成が先決である。
  • 著作権法35条第2項の公衆送信をeラーニングまで拡大すれば、「著作権者の利益を不当に害する」可能性も考えられる。また、著作物が授業を受けない者にも流通し、著作権者の不利益となる可能性もある。

文化審議会著作権分科会は、以上の改正の提案と批判的意見の他に数件の提案に関する「審議の経過」をとりまとめ、9月に公表し、一般からの意見を募集する予定である。また、以上のような提案はあるが本質的な問題もある。

  • 第三者の著作物を教育目的で利用する場合に、無償での利用を前提とすることは適切か?
  • 大学発のコンテンツビジネスの企業を促進する政府の政策との関連は?
  • 国際的に異なる著作権制度を前提として、インターネット上のコンテンツの利用に関する国内ルールにどれだけの意義があるか?

このような問題についても議論して行かなくてはならない。

11. 教育利用における著作物利用に関する対策

次のような対策の方向性が考えられる。

  • 無償で利用可能とする利用形態に関するガイドラインの作成
  • 報酬請求権または補償金導入の可能性の検討
  • 簡便な許諾処理システムの構築(DRMなど)

以上のように、教育機関における権利の制限の範囲の明確化、著作権者へ確実な権利の確保、利用者の利便性の確保が課題である。

前半終了後、慶應義塾湘南藤沢中・高等部教諭の田邊則彦氏、東京大学大学総合教育研究センター講師の中原淳氏、メディア教育開発センター客員助教授である杉村晃一氏、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科の井上理穂子氏を迎え、パネルディスカッションが行われました。

2. パネルディスカッションの内容

最初にパネラーの方々のプレゼンテーションが行われました。

田邊則彦氏:模倣学習と著作権教育−切ったり貼ったり真似をする、みんなそこから始まった

田邊則彦 初等教育に15年携わった後、今は中等教育を担当している。コンピュータを用いた教育をかなり早い時期から取り入れた。子どもたちは切ったり貼ったり、真似をしながら様々なことを学んでいく。真似をすることを拒否するような教育は良い教育とは言えない。

教員の著作権に関する意識はきわめて低い。ドリルや教材のコピーの配布は当然のごとく行われているし、生徒作品を無断で使用したりしている。学校を取り巻く著作権に関する足りない部分、引き起こされる問題が多々ある。

  • 教室での特例は教員研修では受けることができず、授業でまとめた生徒の作品を紹介するのが難しい。
  • 学校教育という枠組みで特例を受けているが、一歩外に出れば厳しい著作権法の適用を受ける。学校という失敗をしながら学ぶ場の特性を活かして,特例を受けつつも、著作権について学ぶ場をしっかりと設けなければならない。
  • コピーレフトの考え方を紹介する必要がある。
  • インターネットと連動し、新たな著作物市場を構築できるのは、"Creative Commons"の考え方ではないだろうか。

原則として,子どもたちが何らかの著作物を使おうと思ったとき、その著作権者に許諾を得なくてはならない。様々な手続きがあることを説明すると「面倒だからいいや」と、子どものやる気をそぐ結果になってしまうことが多い。このようなことがないように、子どもたちが著作物の利用の許諾を得やすい仕組みが必要である。

「著作権フリー」の素材にも問題がある。「著作権フリー」を標榜しているサイトの多くは「一部の著作権を行使しないことを表明」しているだけで、「著作権を完全にフリー」にしているとは限らない。また、無断で著作物をサイトに掲載し、「著作権フリー」を標榜しているケースも存在する。「著作権フリー」と言っても本当にフリーかを確かめる手だてがない場合がある。

このような状況で子どもたちに著作権教育を行うには、教科横断的に取り扱う必要があろう。初等教育の段階では切ったり貼ったり真似をすることによって、学ぶことの楽しさ感じさせ、クリエーターとしての自分を意識させる。そして、著作権に関しては「総合的な学習の時間」や各教科での「調べ学習」で扱うと効果的である。また中等教育では著作権の考え方はカリキュラムの中に組み込み、

文化の担い手としての個人を考えさせるべきである。高校で「情報」という新しい教科が現れたことによって著作権が急に注目を浴びるようになったが、今まで他の教科で扱われることがあまりなかった。本来なら著作権の考え方は国語や社会といった教科にも関係するので、教科横断的に扱うべきである。

教員に対する著作権教育の問題がトピックに上がっていたが、その著作権教育をする側は具体的にどのような教育方法、リーダーシップをとればよいか、という質問が会場から寄せられた。

これに対し田邊氏は現場の教師として次のような意見を述べた。現状ではリーダーシップをとれる人間は皆無に近いどころか、著作権についてどのように調べたらいいかもわからない教員が大半である。夏休み中に行われる教員向けの研修でも著作権について触れるものはほとんど無いに等しい。また、子どもたちへの教育については、小・中学校での各教科、高校では「情報」を核として、著作権についての教育をしているが、大学では著作権を扱う授業は必修とは限らない。大学は具体的に実社会でどう扱うのかを教育する必要がある。

中原淳氏:UT OpenCourseWareと著作権−「えっ、オレがやらなアカンの…?」

中原淳 現在、東京大学の講義資料を無償で公開する"UT OpenCourseWare"(以下、UT OCW)の作成に携わっている。UT OCWの最大の課題は「法・ルールとの闘い」である。たとえば授業で用いたPowerPointのプレゼンテーションを、WEBに掲載できるか否かといったことが大きな問題となる。

大学における著作権処理に必要な資質は研究活動に関する理解、研究内容に関するある程度の理解、著作権処理に関する知識、教員・出版社との交渉力といった資質が必要になる。大学の事務職員は通常ローテーション制であるが、このような資質が必要なためUT OCW特任専門職員を雇用している。また大学の産学連携本部の知財担当専門官や顧問弁護士の協力を得ている。

UT OCWにおける引用は、著作権法第32条に依拠して行われている。研究、批評のための引用は、正統な方法であれば可能である。しかし、それを「公衆送信」してよいかは議論が分かれる。なぜなら判例がないからである。そのためUT OCWでは著作権者に書面で同意を得ることによってリスクを回避している。

著作権処理のプロセスであるが、まずは授業を担当する教員に、引用はなるべく含めない、疑わしいものは最初から使わない、含める場合は正統な引用を行うように依頼する。続いて、引用物のリストの作成し、同意はUT OCWの事務局、つまり東京大学が書面でとることになる。同意をとれないものは削除することになる。

UT OCWの現場でよくある著作権に関する事例は以下のようなものである。

  • 教材を紹介しようとする先生が、他人の著書の中で他人が考えて作成した図表を、引用情報を明示した上で、先生自身が図表作成ツールで描画した場合、その図表は学外に向けて公表して良いのだろうか?
  • インターネットで公開している講義ビデオの中に、引用した著作物が背景に入ってしまった。そこにカメラのフォーカスが当たっていないがこれはOKなのだろうか?
  • たとえばTCP/IPの概念図は文字と図形だけでできているが、これは誰が描いても同じ結果になる。このようなものには著作権があるのだろうか?
  • ある先生の講義のプレゼンテーションに、他人のやった実験のデータの表が含まれていた。この表は著作物と見なせるか。また本文中に他人の実験数値が含まれていた。これは許諾を得る必要があるのか?
  • NASAやWikipediaで配っているフリーの画像は授業のプレゼンテーションに用いたり、UT OCWで公開したりしても良いのだろうか?
  • 商業出版社から発売されている学術雑誌に載ったモデル図を引用する場合、誰に許諾を得たらいいのか?

等々、数え上げればきりがないほどの疑問がある。このような疑問は訴えられて裁判にならないと解明されない。

大学の課題としては、人的リソースの供給である。著作権が判る事務職員、eラーニング・教材開発の経験がある教員、研修の実施、教材などの作成が急務である。詳細な処理マニュアルもなかなか手が回らないが必要である。また著作物の利用に関して、大学としては「無償にしてくれ」とは言わないから、著作権専門の管理部や管理業者への委託など、簡単な許諾手段が確立することを望んでいる。

杉村晃一氏:教育現場における著作権上の悩みを解消するために

杉村晃一 著作権法は誰にとっても不満な法律である。権利者は権利の強化を望むし、利用者は自由に著作物を使いたい。この両者の妥協点をさぐった法律であるからである。eラーニングにおける著作権上の不満は、「教育のためならば何でも自由にタダで使えるべき」という考え、「許諾をとる作業が面倒」という意識だろう。

不満を解消するためにはどうしたらよいのだろうか。著作物はある特定の目的のために作られていると言うことをまず理解する必要がある。映像作品を例に取ると、著作物には制作者が独自に制作したものの他に、他の著作権者が作った著作物を借りて取り入れていることが多々ある。著作物を借りる場合は代価を安く上げるために、利用の目的を限定する。著作権法の許諾は「利用方法及び条件の範囲内」(第63条)と定められており、目的外の利用には新たな権利処理が必要である。このように、条件付の借り物が増えれば増えるほど結果的に目的外の利用に関しては、複雑になって許諾を得ることがますます難しくなってしまう。

旧来の物理空間としての教室での授業では、著作権に関して非常に大きな自由が確保されていた。そこにeラーニングといった学外への拡がりが加わった今、教育という錦の御旗だけで世の中を変えていけるだろうか。大学と一般の企業を比べてみると、大学という機関は経済活動としての規模が決して小さいわけではない。全大学の学部学生が納める授業料の総計はJR東日本の売り上げに匹敵するほどのものである。このことを考えると、タダとは言わずに、ある程度の対価を支払うことによって一定の範囲で自由に使えるような契約をするべきである。また、「大学の常識は世間の非常識」ならば大学機関内で自己完結する著作物については、著作物の扱いに関するローカルルールを作成しても良いだろうと考える。

井上理穂子:"Soft" Copyright Law (SCL)の必要性と可能性

井上理穂子 教育に関連すると考えられる著作権制限規定に、第32条、第35条がある。今、eラーニングにおいて問題になっているのは、第35条の適用が、

  • 同一教育機関における他クラスとの教材の共有(サーバ経由、紙媒体経由どちらも含む)
  • 授業中に配布した資料をウェブサーバに掲載する(パスワードの有無関係なく)

について認められていない点である。これの改正案が提出されているのは苗村氏のお話にあった通りである。

著作物のインターネットを通じた教育利用を促進する上で、2つの視点から見てみる。

  • 著作物の流通−利用者の手元に何らかの形で必要なときに必要な形で必要な著作物が届いているか?
  • 許諾条件−著作権者・利用者両者にとって利益のある利用条件において著作物が利用されているか?(現場に即した許諾条件)

この2つの視点から見た場合、既存の権利制限規定の適用には限界がある。それは、

  • 著作物の流通の促進を念頭に置いているのではなく、著作物が何らかの形で利用者の手元に存在することが前提。
  • 著作権法の教育利用に関する権利制限は、無許諾・無償という固定観念がある。
  • 改正案を出してもベルヌ条約等の「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当してしまう可能性がある。

といったことである。これに対し私は"Soft" Copyright Lawというものを提案したい。これは前出の杉村氏のローカルルールと似た概念である。"Soft"の意味は、著作物の流通を念頭におき、著作権者・利用者の両者にとって利益のある著作権者・利用者がお互いを納得させあって作られた許諾条件を含んだルールを"Soft"と表現している。現行の著作権法のように一般的に汎用可能なルールではなく、一定の著作物の流通方法、教育目的、教育利用の形態を想定したシステムやコミュニティにおけるルールであり、著作権法を逸脱はしないが、著作権法には規定されないような具体的な事項も含んでいるルールを"Soft" Copyright Lawと呼ぶ。

似たような概念にCreative Commons License (CCL)があるが、SCLは課金が可能、教育目的流通・利用を目的としたシステムやコミュニティに特化、CCLが4つのオプションを組み合わせるのに対し、SCLはシステムやコミュニティにあわせたオプションを多数提供するといった違いがある。

現在、教育の現場にいる利用者ができることは、著作物が手元にある場合に関しての著作権法の改正、無許諾利用可能な権利制限(審議中)に関して意見をまとめ、審議会に提出すること、また、著作物流通・利用のためのシステム、コミュニティを著作権者とともに構築し、SCLを作成することであると考える。

続いて会場から寄せられたご質問・ご意見に対しパネリストの方々が答えました。

教員に対する著作権教育の問題がトピックに上がっていたが、その著作権教育をする側は具体的にどのような教育方法、リーダーシップをとればよいか、という質問が会場から寄せられた。

田邊則彦 これに対し田邊氏は現場の教師として次のような意見を述べた。現状ではリーダーシップをとれる人間は皆無であるどころか、インターネットに関する著作権についてどのように調べたらいいかもわからない教員が大半である。夏休み中に行われる教員向けの研修でも著作権について触れるものはほとんど無い。また、子どもたちへの教育については、小・中学校、高校では情報の教科が必修になり、著作権について触れて教育をしているが、大学では著作権を扱う授業は必修とは限らない。大学は具体的に実社会でどう扱うのかを教育する必要がある。

杉村氏は大学の現状について次のように述べた。理系の単科大学でない限り、著作権を扱う授業はどの大学にも必ずある。その講義をしている教員向けの研修をやらせることは可能であるのに、大学はそれをやっていない。また教育と関連した著作権に関する訴訟は例が少ないため、教員が現実的な問題として受け止めていないことが問題である。

次に、eラーニングのコンテンツの制作をしているが、カリキュラムを作る上で、広く一般的な著作を扱わざるをえないが、どこまで著作権の許諾を得なくてはならないのかというガイドラインがあるか、という質問が寄せられた。

杉村晃一 杉村氏は次のように答えた。最近、第35条についてのガイドラインを権利者と利用者で作成する動きがあったが、結局できあがったガイドラインは権利者側だけで作ったものとなった。これは教員側がこのガイドライン作成作業に責任を持って関われなかった結果である。また、どのようなガイドラインをどのレベルで作るかが問題である。汎用的なガイドラインはとても難しいが、たとえば自然科学で扱う図表やデータを扱うためのガイドラインといった、ローカルなものなら学会レベルでも可能ではないか。
これにたいし、中原氏は、ガイドラインを教員がつくることが重要である。
しかしガイドラインを運用するのはあくまで人である。予算権限のある誰かが責任をもって対応しなければならない。そうした人材を今の大学が確保できているか、というと非常に疑問がある。

最後に、外国人向けの日本語を学習するための新聞を自費出版している。その紙面では大手の新聞に書かれているニュースを平易な日本語に直して、新聞ごとの書き方を比較することを行っているが、著作権の問題に抵触しないだろうか。また、今後インターネットへの展開を考えているが、別の問題が発生しないだろうか、という質問が寄せられた。

杉村氏はこれに対し次のように述べた。この件については著作権法に抵触している。大学の教室内で行えばその可能性は低いが、出版しているとなると問題になる。善意に基づいて細々とやっている分には訴えられる可能性が高くはないかもしれないが、著作権者の立場になって考えてみることも必要であると述べた。また田邊氏は次のように述べた。学生達にはインターネットに情報を自由に発信はできるが、発信した情報は取り返しがつかないから、発信する前によく考えることが重要だと述べた。

最後に苗村先生からここまでのディスカッションを総括して頂きました。

著作権に関する情報の不足を感じている人が会場に多いので、2つのウェブサイトを紹介する。著作権に関する情報を入手したい場合は、著作権情報センターのウェブサイト(http://www.cric.or.jp/)を見ると一般的な著作権の情報が掲載されている。また、学校教育者のための著作権情報はメディア教育開発センター(http://www.nime.ac.jp/)のウェブサイトが参考になる。

ただし、これらを参照しても全ての疑問が解決するわけではない。著作権法の中に不備が多いことが原因である。これは法律を作る国会議員が悪いとも言えるが、それらを選んだ国民が悪いとも言えなく無い。我々は郵政民営化の問題同様、著作権に関する問題について国会議員に問うていくようにならない限りはこの問題は解決しないだろう。

また、著作権について現在では中国による海賊版の流布が問題になっている。中国の人々は、「50年前に日本もやって経済を発展させたんだろう」と言うが、これは大きな間違いで、当時と今では国際ルールが異なる。現在は中国もWTOに加盟しており、海賊版はその協定に違法反する。日本は50年前はそのような状態であったが、その後、ベルヌ条約に加盟し、私的権利としての著作権を認めた上で経済を発展させてきた経緯がある。

教育における知的所有権・その現在と未来 また、今後日本ではコンテンツビジネスを経済の柱にしようという考えもある。そのような創造性を育む教員が、教育をする上で著作物を利用する場合、たしかに一つ一つ許諾を得て用いるのは手間がかかるので権利制限は必要かもしれないが、それ以上に著作物に多少なりとも対価を払おうという意識を持つことが重要である。井上氏の話にもあったように、新聞社や放送局もそのような創造性の育成には前向きに検討してくれるだろう。ガイドラインの作成についても教員が積極的に関わっていく必要がある。これに関しても著作権者側は前向きに協力してくれるだろう。

今回のセミナーは著作権がテーマでしたが、教育における著作権の問題は、著作権法自体が曖昧な上、判例がないため判断が難しい微妙な問題が多いことを知りました。このような著作権に関する問題をクリアーにするためには、教員がガイドライン作成に積極的に関わっていくこと、また、教員は著作物に対する対価を一方的に拒まずに、妥当な支払いを認めていく姿勢が発展的であると感じました。

テーマ

第6回:BEAT 特別セミナー
教育における知的所有権・その現在と未来

日時
2005年 9月3日(土)
午後2時〜午後5時
場所
東京大学 本郷キャンパス
山上会館
定員
100名
内容
教育の情報化やeラーニングの普及によって、教育現場において著作権の処理が大きな問題になっています。特に、ウェブに掲載される教育資料の著作権処理の負荷が増大しており、著作権制度そのものの見直しを求める声もあがっています。今後、情報技術が教育の発展に寄与するために、今、我々が何をすべきなのか、現在可能な対処法から、未来のあり方まで、ディスカッションしたいと考えています。
基調講演
苗村憲司
(情報セキュリティ大学院大学)
司会
山内祐平
(東京大学 情報学環)
パネラー
田邊則彦
(慶応義塾湘南藤沢中・高等部教諭)
中原淳
(東京大学 大学総合教育研究センター)
杉村晃一
(メディア教育開発センター客員助教授)
井上理穂子
(慶應義塾大学 大学院 政策メディア研究科)
18:00〜
懇談会(希望者)
参加費
無料

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