第7回目となる今回の公開研究会は、本年度BEATで行った研究と助成した研究の中から3つを取り挙げ、その成果の報告会となっています。
寒い日が続く中、今回の公開研究会も多くの方が足を運んでくださいました。
まず、BEATのフェローである山内助教授から、ご挨拶と共に、BEATの概要について、そしてBEATで行っている研究の全体像の説明がありました。
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BEATでは、先端教育技術として、工学的・教育的技術について以下の領域を対象としています。
さらに、これらの組み合わせるによる新しいアプリケーションの開発を目指しています。
現在、大きな三つのテーマを軸にそれぞれの研究プロジェクトが動いています。今回の発表するプロジェクトもそれぞれ以下のように、軸の上に位置付けられています。
山内助教授より、【1. モバイル・ユビキタス】領域における研究開発プロジェクトとして、「モノ語りプロジェクト」について紹介しました。
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先行研究をモバイル・ユビキタスの利用形態から調査・分類・分析してみると、以下の3つに集約ができる。
モバイル学習やユビキタス学習は、学習する空間の束縛をとりはらい、様々な場所で学習を生み出すと言われてきたが、実際には教室でできる学習以外のアプリケーションはほとんど提案されていない。それは、学校的な学習をモバイルに詰め込んでいるところに根本的な問題がある。
従来、学習の場としては想定されていなかった街の中や野外、家庭の中などで、新しい学びの入り口を作るためには、全く異なった発想、新しい利用文脈の開拓が必要になる。
そこで、「モノ語りプロジェクト」では、従来の教科書やマルチメディア教材の枠組みを超えて、われわれの身の回りにある様々なモノが直接語りはじめ、新しい発見や気づきをもたらすというインターフェイスの開発に取り組むことにした。日常の中での気づきや発見、環境とのインタラクションによる「学習の起動」をもたらす学習基盤を作ることがこのプロジェクト目的である。
博物館向けのサンプルシステム
三葉虫の化石をユーザーがさわることによって、そのさわり方に応じて三葉虫の化石自身が自分の生い立ちや構造について語るというもの。ユーザーは、ウェアラブルディスプレイをつけ、4億年前に実際生きていた化石の鑑賞とその化石にまつわる物語を同時に経験することになる。
実際の視覚経験と仮想の視覚経験を合成するアプローチは、オーギュメンテッドリアリティ(強調現実)と呼ばれ、先行研究で高い動機付け効果が確認されている。
BEATではこの新しい教育向けインターフェイスの開発の基盤技術としてRFID(無線ICタグ)を使った把持状況の認識システムを開発した(特許申請中)。
ウェアラブルディスプレイから流れてくる情報コンテンツには、映像や操作の促進情報、音などがある。現実の接触物体と重なって表示される映像や操作の促進方法と、さらにそれらと同等の情報源である音との組み合わせには、さまざまな工夫が必要とされる。
今後の展開として、「持てないもの」に対し、アクリルキューブの使用などを想定している。これにより、蝶、液体、気体、危険なものなどにも対応が可能となる。
今回披露したシステムでは、タグのリーダーとPC、ウェアラブルディスプレイがコードでつながっている状況でした。しかし、技術の進歩の早さを考えれば、超高速無線回線とつながったスタイリッシュなウェアラブルディスプレイの実装は近未来であると考えられます。
例えば10年後の利用イメージでは、街全体に学習を起動するモノが偏在しており、彫像の胸をつかむ、建物の柱をなでる、ポスターの上をなぞるなどの行為のフィードバックから、学習していくことが想定できます。これらは、モバイル・ユビキタスのもたらす最も新しいインパクトのある世界ではないでしょうか。街全体が博物館であり、学習の入り口になるような新しい社会基盤がデザインできる、今回の取り組みはその第一歩なのです。
この「モノ語りシステム」は、夏までに本格化し、実際に科学館で実装し、実証実験する予定です。
木原助教授は、教育工学や教育方法学、特に、授業研究と教師の成長を専門領域に研究をされています。その木原助教授と、静岡大学・堀田助教授、奈良教育大学・小柳助教授、東京大学・山内助教授の共同で取り組まれたのが「eCCプロジェクト」です。eCCとは、e-Learning for Curriculum Coordinatorの略。「総合的な学習の時間」などのカリキュラム開発でリーダーシップを発揮するコーディネータの力量形成をねらいとする教員向けe-Learningプログラムの開発を目的とするプロジェクトです。
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イギリスではカリキュラムの開発と運用にリーダーシップを発揮するコーディネータの専門性が認められているが、日本では、まだまだその重要性について認知度が低い。
しかし、カリキュラム・コーディネータは、「総合的な学習の時間」の創設により、その必要性が生じた。さらに今後、教育における規制緩和の推進、とりわけ教育課程の基準の大綱化・弾力化が進み、学校を基盤とするカリキュラム開発の重要性がいっそう高まることから、彼らが学校で果たす役割がますます重要になるに違いない。具体的には、学校を基盤とするカリキュラム開発の推進には、複数の教師による共同的意志決定(葛藤と妥協)が欠かせないが、その調整役を担うことが、こうした人材に期待される。
このような世の中の動きに呼応し、そうした立場につく教員が自らの能力・資質を高めるために共に学びあっていく機会をWeb上で提供することが、このeCCプロジェクトの目的である。
メーリングリスト、Webページ(自己紹介、日程、課題表示、掲示板、ファイルキャビネット)、テレビ会議システムなどを用い、全国各地の教員が、学校を基盤とするカリキュラム開発に必要とされる、複雑な知識を獲得するために、協同的に学ぶ場を実現している。そして、それをファシリテータが支援している。テレビ会議システムだけでなく、それを補完する様々な手法を組み合わせている。
テレビ会議システムの活用に関しては、そうしたツールに不慣れであった教員でも、十分に情報や意見を交換することができた。このシステムを通じて、遠隔地の人々と議論を繰り広げる研修を実施できた。プロジェクト全体としては、目標が、複雑で他領域に渡る相互に関連する知識を中堅教員に身に付けてもらうという高度なものであるにも関わらず、ネットワーク環境を利用することでそれを実現できたという意味は大きい。
ただし、ファシリテータの役割が非常に重要で、彼らの負担が大きいという課題も残った。また、学習目標が高度に設定されているため、楽しい研修にはなりにくく、この要素を補完するためにも集合研修が欠かせないという面も再確認された。これらの点を考慮しながら、カリキュラム・コーディネータを養成するためのe-Learningを再度デザインしていく必要がある。
木原助教授からは、最先端技術の利用だけに留まらない、教育現場の本当のニーズを捉えた取り組みをご紹介いただきました。特に、より良い学びの場作りのために、教員の力量やモチベーションをいかに高めていくかという点について、大切なヒントをいただきました。今後、eCCプロジェクトでの研修を終えた教員たちが、現場の実践において、どのように活躍していくのかに関する追跡研究を実施する予定であるそうです。
*BREEZEについて
今回の「eCCプロジェクト」、「Skaalプロジェクト」において、テレビ会議を行うにあたり、マクロメディア株式会社のアプリケーションMacromedia Breezeを使用しました。
http://www.macromedia.com/jp/
Skaalは、ノルウェー語で「乾杯」という意味で、ノルウェーと日本の高齢者の国際交流学習プロジェクトです。山内研究室の折茂さんが、ご自身の修士研究の一環である、「Skaalプロジェクト」を報告しました。
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生涯学び続けるこの社会においては、高齢者の学びも重要なテーマである。高齢者が自らの経験や知識を活かせる学びの活動を通してQuality of Lifeを高めること、他世代や社会の側の持つ高齢者についてのネガティブなイメージを払拭するために高齢者の「自分の型にはまってしまい、頑固になりがち」という部分を変えることがこの研究の目的である。
「葛藤状況【※1】を克服していく」という異文化間・国際間の教育における目標が今回の研究目標と近いこと、さらに、高齢期の学びの特性【※2】を活かす可能性のあることから、国際交流を学習活動の場として選択する。
日本とノルウェーの高齢者同士が、身近なテーマをきっかけに相互にコミュニケーションし、学び合うためのプログラム。ビデオレター等による自己紹介の後、E-mailやテレビ会議を用いて、交流を行なう。
テレビ会議においては、同じ時空間を共有する感覚や、表情、声などの情報が付加されることで、新たな学び、発見の可能性が見えた。しかし、ファシリテーションの役割や交流のデザイン方法の難しさなどの課題が残る。
全体としては、交流相手国の現状が交流前のイメージとは異なるものであっても、それについて深く考えることで、イメージと現状の乖離という葛藤を乗り越え、自分なりの見解を導き出したり、プロジェクトを通して新たな関心事や目標が生起していた。
今までは、デジタル機器の利用者としてあまり焦点が当てられなかった高齢者をターゲットに、彼らの経験や知識を活かしながら学べる環境のデザインを試みたSkaalプロジェクト。老人ホームなどで過ごす、行動範囲が限定された老人たちの活動の場を国内外問わず、広げる可能性も秘めています。同時に今後の生涯学習社会における新しい学びのスタイルを示唆しているものといえるでしょう。
発表後、株式会社ベネッセスタイルケアの林純一氏からコメントがありました。株式会社ベネッセスタイルケアでは、有料老人ホームを中心とした高齢者介護事業を全国で展開しています。 その中で林さんは現在、インフラ整備が整いつつあるホームの中で、老人たちの日常の生活をより楽しくするためのプログラム作りに取り組まれています。Skaalプロジェクトには、多くの可能性があることを踏まえた上で、「高齢者の学び」と「子供や他の世代との学び」には大きな差があり、「高齢者の学び」は、学びそのものが娯楽である必要性があるのではないか、高齢者の学びとは何かについて突き詰めた上で、このプロジェクトを再考してみてはどうだろうか、と提言され、今回の取り組みの今後の発展に大きな期待を寄せられました。
最後に、株式会社ベネッセコーポレーション 執行役員 教育研究開発本部 本部長の新井健一氏から、ビジネスの可能性についてそれぞれのプロジェクトを総括していただきました。
また、BEATに対しては、先端技術を使って教育の機会がどう広がるかを継続的に研究していただきたいとのことでした。同時にその効果、どういう技術が、どういうターゲットや目標に対し、どのような効果が出るのかも合わせて研究し、トータルな学習環境をデザインしていくヒントを生み出して欲しいとのことでした。世界の中で日本は、ICT(Information and Communication(s) Technology)の教育利用については先端ではないけれど、先端研究はBEATによってトップになることを期待するとの激励のお言葉を頂きました。
次回の開催は3月5日(土)が予定されています。皆様の参加をお待ちしております。