モバイルARは、拡張現実(Augumented Reality)技術を携帯デバイスで実現するもので、ケータイをかざすことによって、その場の映像の上に様々な情報を重ねて見ることができます。iPhone用のアプリケーション「セカイカメラ」で注目を集めたこの技術は、他キャリアのケータイでの試験的サービスも始まっており、近い将来教育をはじめとした各種サービスの基盤になる可能性を持っています。
教育の領域でも博物館などでARの利用が進められてきましたが、モバイルARの出現によって、様々な場所で学びのきっかけを作り出すことが可能になります。今回のBEAT Seminarでは、試行的に行われている事例を検討し、今後新しく生まれてくるであろう場所を基盤とした学習の可能性について検討していきます。
博物館展示といえば、化石が展示場のガラスケースに入っているというのが従来型の一般的な形態であった。最近、触れられる(ハンズ・オン)展示と、CGが用いられた情報提示が並列して行われているものがあるが、そこにはまだモノとコンテンツが分離しているという問題が指摘できる。
そこでBEATでは、ユーザの展示物の持ち方を判定することで,ユーザが展示物のどこに注目しているのかを判断し、それに対応した映像コンテンツを提示する「Monogatari」を開発した。「Monogatari」では、モノ(三葉虫化石レプリカ)を触りながら、その触れた部分に関する映像を同時に見ることができる。三葉虫化石レプリカに複数のRFIDを埋め込み、指輪型アンテナを用いたパターンを分析することによって、化石レプリカの把持状態を判定し、ホストPCから映像コンテンツを返すという仕組みである。
「Monogatari」では、化石レプリカとRFIDのタグが無いと使えないという制約があるので、それを克服すべく、「MonogatARi」を開発した。
2次元マーカーをwebcamに映すことによって映像が流れる技術を応用して、「Monogatari」システムにおけるユーザと化石のインタラクションをソフトウェアで再現したものが、「MonogatARi」である。「Monogatari」における「化石の持ち方」はこの場合「マーカーの向き」に当たる。マーカーをどの向きで見せるかによって、ユーザが注目しているところを判定し、映像コンテンツを流す。
「Past Viewer」とは、2001年に開発された、歴史的建造物の前に立ってそこで起きた事件や過去の様子をシースルーのHead Mounted Displayを使い、当時の写真や映像資料と重ね合わせて当事者の視点で擬似的に追体験するシステムである。
ユーザは、現実空間に映し出される本来見ることのできない、拡張された過去の物語を知る事ができる。「Past Viewer」での現在と過去を重ね合わせる活動によって、歴史的建造物が単なるハコでなく、そこに生きたストーリーが見えてくるものとなり、従来の知識獲得中心であった歴史学習において、重要な動機づけが促進されると考える。
「Past Viewer」に用いた場所は東京大学本郷キャンパス内、安田講堂である。写真や映像が多く残っており、2000年前の弥生時代から人が住んでいたという歴史的証明があるため選定した。
ユーザは、ノートパソコンの入ったリュックサックを背負い、Head Mounted Display・ヘッドホン・ワイヤレスマイクを装着する。Head Mounted Displayには、現実の風景と映像を重ね合わせるためにシースルータイプを用いた。
「Past Viewer」は以下の3部構成となっている。
第1部と第2部では、ウェアラブルコンピュータの指示に従い、安田講堂近辺の歴史から東大紛争までを振り返る。第3部では、1927から2001年までの映像および写真資料が、現実の風景と重ね合わされる。例えば、1943年の安田講堂から学徒出陣が行われたシーンであれば、写真の輪郭に合わせて移動すると戦時中にタイムスリップしたかのような感覚が味わえる。
10~40代の学生や大学関係者、主婦、会社員等男女10名にインタビューにて、「Past Viewer」の評価を行った。
インタビューにおける発話の分析によって、以下の4点が確認された。
「東京大学ARキャンパスツアー」は、KDDIと博報堂DYメディアパートナーズが共同で開発している次世代ナビゲーション携帯アプリ「MAWARIPO」×実空間透視ケータイを利用し、携帯電話端末を通じて東大キャンパス内施設の概要について、数十名の現役東大女子学生によるナビゲーションを受けられるものである。博報堂DYメディアパートナーズ、KDDI研究所、東京大学情報学環山内研究室の共同研究として行われている。
従来の東京大学現役学生ガイドによるキャンパスツアーでは、例えば、赤門では「加賀藩の屋敷がありました」、三四郎池では「夏目漱石の小説でも有名です」などといった紹介がされる。
一方で、「東京大学ARキャンパスツアー」では、本郷キャンパスを一般的な建物や歴史の紹介だけではなく、東大に通う女子学生しか知らないエピソード、いわゆる暗黙知や都市伝説的なものを扱ったコンテンツづくりを目指した。そのために東大女子学生20人から収集した情報は、本郷キャンパスで一番好きな場所と理由や、キャンパスの中で異性に告白するとしたらどこでするなどの「ロケーションと関連した情報」と、東大生でよかったことなどの「一般情報」である。
ユーザが携帯電話端末を実空間にかざすと、自分が今いる場所の位置情報を元に、周辺に登録されている情報のアイコンが携帯電話画面上に自動で編成される。直感的に場所がわかるよう、アイコンは「学生の顔」と「ランドマーク」とした。学生のアイコンに向かって進み、その場所にたどり着くと、学生が話すその場所の動画エピソードが流れる。
2009年9月25日・26日に、本郷キャンパスをはじめて訪れる10~30代男女22名を対象に実証実験を行った。実空間透視ケータイをインストールした「東京大学ARキャンパスツアー」実験端末8台を用い、対象者は、キャンパス内を散策しながらナビゲーションの誘導に従って案内を受けるものであった。
本郷キャンパスの地理がわからない被験者でも、直感的に建物の位置がアイコンで表示されるため、実空間透視ケータイ片手に目的地にたどり着くことができていた。事後アンケートでは、ナビゲーションに関しては賛否分かれたものの、直感的な操作が分かりやすく面白いと捉えられ、今後の利用意向が高かった。なかでも、店舗の前で学生がソフトクリームのおいしさを紹介する動画によって、実際にそれを購入する人が出たところにARの可能性を感じた。ロケーションベースのコンテンツ情報提示は強い力を持っているようである。
ARは、現実世界とCG等の仮想世界を合成し、拡張現実感を得るものである。現実世界とCG等の合成処理の手法には、以下の2種類がある。
東京大学大学院情報学環池内研究室は、2016 年オリンピック・パラリンピック競技大会の東京招致を目指し、オリンピックスタジアム建設予定地にてスタジアムの完成予想CG 映像を合成する「実光源環境を考慮した多人数参加型複合現実感(MR: Mixed Reality)システム」を開発した。
オリンピック開催視察団が、このシステムを搭載したゴーグルをかけて、更地の建設予定地に立てばそこに建設予定のオリンピックスタジアム等施設のバーチャル映像が現れるというものである。
CG 物体を合成する際、実世界の光源分布を計測して、CG上にシェーディングをつけて仮想物体表面の陰を実世界の光源環境に一致させることでリアルな体感を作り出すことができる。物体の上に、任意の視点において実時間で実行可能な「影付け平面」手法を用いることで、ユーザの視点が移動してもそこに影があるように見せることができる。
ポイントは、いろいろな所から光が当たった状態を事前に計算し、その物体が地面に落とす影の状態をデータベースに蓄えておくことである。これを、実際の光の明るさの情報を取るために、魚眼レンズをつけたカメラで撮影しておいた空の全方位画像をもとに、実世界の光源分布を計測して、事前計算した影の基礎画像を合成することによって今の照明環境下における仮想物体の影を生成する。この影画像を影付け平面にテクスチャマッピングすることによって擬似的に影を表現するのである。
オクルージョン処理において、あらかじめ背景を撮影し、人物との差分をとることで動いている領域だけを抽出した。さらに、影が建物にたくさんあると不自然なので、物体固有の反射率から求められる「不変量を用いた影除去」という手法を提案し、前景物体からの影をとる技術を開発した。最終的に人物の画像中の位置から前景物体の奥行きを推定して CG と正しい合成ができるようになった。
遺跡復元の方法のひとつとして、室内レプリカを実際に現地に建設してしまうものがある。しかし、一度建設してしまうと、修正・変更が困難であること、また建設コストが大きく、遺跡や環境を破壊してしまうという欠点がある。
また近年、CGを用いた奈良大仏の創建当初復元の試みがある。 しかしCG 技術も、屋内型で用いられ、遺跡と無関係になってしまう等、臨場感に乏しいという問題をはらむ。
レプリカやCGによる従来の遺跡復元の欠点を克服するのが AR 技術を用いた遺跡復元である。例えば、 StrickerらのARCHEOGUIDEプロジェクトでは、 AR を利用して古代ギリシア時代のオリンピア遺跡にCG で復元された当時の建物を重畳表示するウェアラブル観光案内システムが提案されている。
遺跡復元にAR技術を用いる利点として、以下の4点があげられる。
「バーチャル飛鳥京」は、奈良県の明日香村に、7世紀頃の古代飛鳥京の都市をAR 技術を用いて再現しようという東京大学大学院情報学環 池内研究室主体のプロジェクトである。株式会社アスカラボは、このプロジェクトの事業化を目指し、研究室メンバーにより設立された。
飛鳥京の復元において、AR技術が有効な理由は以下の2点である。
復元図面を参照し、3次元CGソフトを用いてモデリングを行った。現地で表示して現場の風や雰囲気を感じながら、臨場感を味わうことにこだわっている。
飛鳥京建築物モデルは、小さな建物が200個くらいあったので、復元図面の寸法をもとにパラメトリック3次元モデルを定義することで、自動生成した。
一般公開イベントにおけるアンケート結果を基に、以下のようにコンテンツや展示方法の改良を行っている。一般公開イベントは観光客だけでなく。地元住民も遺跡に行って昔を再発見する機会としても有効であるとわかった。
これまでに、屋外遺跡復元 AR コンテンツの教育効果評価は行われていない。そこで、2007年一般公開イベント参加者の28歳から77歳までの男女19名を対象に、足場の上で飛鳥浄御原宮モデルをHMDに2分間表示し、評価項目に基づく質問を5段階で評価してもらった。
評価項目は以下の4点である。
結果については、飛鳥京全体に対して知識が増した、AR技術が分かったという回答が多かった。AR システムによって、今まで博物館で見ていた展示よりも、現実のスケール感が掴めたことによって、知識が向上したのではないかと考えられる。また、実際にゴーグルをかぶって頭をふるという形態は非常にわかりやすいようである。
逆に、地域社会への関心を高めるという項目には、効果がみられなかった。飛鳥京に関するコンテンツだけでなく、明日香村にちなんだエピソードを語る必要があるようである。これらの結果を元に最終的には登場人物と語り合いながら学習していくような過程をつくりたいと考える。
これまでの取り組みはAR システムで感動を与えることに過ぎず、単発の観光イベントに終わり、地域に根差して常にお客様に来てもらう仕組みがない。観光客が来る時の「動機づけ」からのデザインが必要である。
そこで、Google mapで遺跡発掘情報をクリックすると見られるように公開しGoogle earthのプラグインを使って、ブラウザ上で飛鳥京を選択すると空を飛べる遺跡復元のサンプルCG を事前体験できるようにし、「明日香村に行ってみたい」と動機づけを行うことを考えている。
学習の過程としては、博物館等での解説から事前知識を獲得してもらい、その後実際フィールドに出て、知識を確認する仕組みを作ることが効果的ではないか。その際、明日香村では各地に点在した遺跡を見るためのモビリティに考慮する必要がある。移動時間に観光情報の解説を聞きつつ歴史学習ができるパーソナルモビリティ(一人用の電気自転車や電気自動車)を用いることが有効であろう。
現地遺跡につくとゴーグルを使って過去の遺跡を見ることが出来る。最後に携帯電話やスマートフォンを使って地域SNSにコメントを投稿することで、地域の人との交流を生み出すことも考えられる。お客様が新規コンテンツ更新ごとに明日香村に再訪するような仕組みを作ることを目指す。
オーストリアの「アルスエレクトロニカ2008キャンパス展」に東京大学の展示物のひとつとして「バーチャル飛鳥京」を出展し、奇妙にもリンツの町並みに飛鳥京を出現させた。海外コンテンツも取り扱おうという試みから、東京大学大学院情報学環池内研究室ではローマ市においてフォロ・ロマーノの遺跡をARで復元するという実験もしている。
産業の分野では、図面からCGモデルを出現させるというARの応用が考えられる。また、そこに無いものを見せるという意味で、洪水時想定される被害を可視化するビジュアルアプリケーションとして、ARツールが使えるであろう。
エンターテイメントとしては、未来のバーチャルな子供たちがゴーグルをかぶって街中に飛び出していくとモンスターが襲ってくるような、「電脳コイル」に似た状況が将来的に可能になるであろう。ARを使えば公共空間の中にプライベートスペースをバーチャルに出現することが出来て、持ち運べる自分の部屋というものも考えられる。
AR技術というと「電脳コイル」というアニメが連想されることが多い。このアニメの中ではAR技術が浸透している未来世界が描かれている。そこで学校はどう変わっているのかを確認するために、2020年の学校のシーンを観ると・・・。2020年も電子黒板は無く、教室の風景は何も変わっていない。
とはいえ、ARによって、教え方のうまいバーチャル先生が出てきて教えてくれるということも考えられるのかもしれない。あるいはARは教育的には全く無視されて、教室の中で生徒がこっそり使っている環境になるのかもしれない。
抽象的な概念と実物のものを結びつけるために、教育メディアは使われてきた。教育メディアの原点といわれるのは、コメニウスの世界図絵である。静止画はやがて動画へ、そしてマルチメディアの出現によって動画を自由に扱えるようになり、教育メディアは展開してきた。現実世界に対してさらに具体と抽象を結び付けるツールとしてARは寄与するかもしれない。
しかし、マルチメディア教材だけで子供たちは学習できるのか、という疑問の声もあるように、ARの導入もそのものだけで学習に結びつくのかという問いは立つであろう。
ARを学習に利用する大きな意義は、「その場」に行って学ぶことが可能になるということであろう。しかし、画面上で3Dを触るだけでもモノゴトの理解は進むはずである。そうではなくて、その場に行って3Dを観ることにいかほどの学習の違いがあるのかが慎重に検討されなければならない。
また、「具体的経験(展示物とか実物観賞)→反省(考えて、みたものを整理)→抽象的概念を導出→概念を現実に当てはめる→その場で考える→具体的な経験に帰ることで経験の質が高まる」という、コルブの体験的学習のサイクルがある。これは、経験がスパイラルに上がっていくというモデルである。こういったモデルを踏まえARを利用した学習モデルを考える必要があるだろう。
中杉:5・6年たつと現実空間にカメラをかざす行為が広がっていくのではないかと思う。
小林氏(KDDI研究所):Web ブラウザのワンクリックで翌日商品が届くというような商法が、ARによって現実の広告とEC(Electronic Commerce)の関係を近くすることで事業に展開していくと考えられる。屋外広告に携帯をかざして、その商品を購入するというモデルである。それを実現する環境は、今のセカイカメラやDOCOMOの直感ナビなどでもできていて、その程度のサービスは近い将来1・2年で始まっていくと思う。5年ほどかけてリテラシーが普及していくだろう。そうなると電脳コイルのような世界も作られるのかもしれない。
小林氏(KDDI研究所):携帯をかざす行為が自然な行動でないからだと思う。かざしておかしくない場所、多くの人が携帯カメラを利用する、例えば明日香村のような観光地であれば、浮くことはない。カメラで記念撮影するような場面は携帯電話をかざしたとしても違和感は無いが、街中で自分と同じ目線でカメラをかざしていると盗撮しているように見えてしまう。 私が屋外広告・看板に注目しているのは、看板は高いところにあるので、盗撮との疑惑はかけられないのではないかと思うからである。観光スポットや上空にかざすあるいはリビングルームでテレビにかざすなど、かざしても不自然でない場所からARは始まっていくのではないか。
中杉:「かざす」という行為は市民権を得られていない。カメラ撮影音のようにAR的な行為時に、「AR中」サインが携帯につくか可能性もあるだろう。
山内:ARによって携帯電話自体の形が変わるというようなこともあるかもしれない。
西森:その場で無ければ測れないことを、どのように評価するかということがポイントだと思う。現場に行くことで、学習環境のデザインもドラスティックに変化するだろう。まずは単純に効果を見ることからはじめるとよいのではないか。
中杉:「Past Viewer」の評価では、「歴史の中に入ったような感覚」という従来の教材ではなかなか出てこないエモーショナルな発話が見られた。
山内:エモーショナルなところに訴えかけるというのがARコンテンツの特徴だが、知識がどう上がったかということに関してはテストが開発されている一方、エモーショナルなものを学習者に与えたか測定する方法は開発されていない。
角田:「バーチャル飛鳥京」を通してコンテンツ制作は大変な作業であると実感している。プラットフォームはあるが何を見せるかの中身が難しいところだろう。東京大学や国でデジタルアーカイブ化された文化財、中でも博物館等に埋もれたCG文化財データを新しいCGコンテンツに応用できないか思案中である。
中杉:コンテンツには、「CGM的に素人が投稿するコンテンツ」と「放送局や雑誌社が作る、取材時間と資金を投資して作るコンテンツ」の2種類が考えられる。素人のコンテンツも面白いが、やはりお金をかけたコンテンツのほうがより多くの人に見てもらいやすい仕上がりとなる。そうなると、コンテンツにかかる制作費用の克服が課題となる。
中杉:コンテンツを作る人に対してお金が入るような仕組みや、広告モデルができれば状況は変わるだろう。
角田:ARシステムを利用者へ会費制度にしたり、導入する自治体からお金をいただく方法などが考えられる。個人のモチベーションで取り組んでいるという制作者の作品を二次利用した場合、収益の何%かをクリエイターに還元することでさらに良質なコンテンツを量産する仕組みができるのではないか。
小林氏(KDDI研究所):セカイカメラでもドコモのものでも、かざしてアクセスするというあくまで「Webブラウザ」であると考える。よって、既存のWeb上で行われているビジネスモデルが適用できると思う。
角田:科学系博物館で昔の産業遺産実験装置を実寸大で表示し仕組みを見せるのはどうか。
西森:国語の風景をことばで描写する授業での活用はどうか。実際に川に出かけ、風景をみながら、横に詩が現れる。協調学習という点では、同じコンテンツをみながら「共感」を共有することは可能であると思う。
中杉:東京大学は地下に下水道やパイプラインが通っている。本来見えない地下の様子をARでかざせばみられるというコンテンツであれば都市の成り立ちを実感として学習することも可能であると考えられる。 協調学習に関しては、「東京大学ARキャンパスツアー」ではもともと端末を個別に使ってもらうことを想定していたが、安全面から最終的には4人組を編成した。お互いアイコンが出ない等教えあっていた点で、4人組のメリットがあった。一人では気づかないことを互いの会話から発見するという意味では協調学習の可能性を感じた。
角田:我々が現地に行くことにこだわる理由は、現地の文脈を含めて総合的な理解をするためである。遺跡を体感するには現地に立ってみる必要があると考える。飛鳥京のCGも画面上だけより、現地の丘の上から眺めてはじめて「山の地形に合わせて裾野まで広がっていたのか」とわかる。視覚情報以外の音や雰囲気など総合的に情報提供受けながら学習するという意味で、現地でのAR利用が有効なのではないか。
中杉:視聴覚教材が優れていてもそこにあるリアリティーが感じられなければ学習につながらない。現地で本物から学ぶことに、大きな教育効果があると思う。「Past Viewer」では本来は教材になり得ない安田講堂を、コンピュータを介して現場の事件の様子が体験させる教材にした。ARによって全てのものが教材になる可能性を持つため、現地にいくという行為が非常に強い動機付けにつながると考える。
西森:人間その場に行きたがる生き物だと思う。体験した人の学習効果をどう上げるかで違ってくる。単に紙のガイドブックを配るより、ARを導入することで学習の質を上げることができるのか。おそらくARは有効であろう。ARを導入することによって、その場所の滞在時間が変わるなどの影響もみられるのではないだろうか。
山内:Place Based Learningでは、現場に行ってエモーションを動かされ、何かを発見し、イマジネーションを働かせて「どうしてそんなことがあったのだろう」とリフレクションにつなげるような感情を起点とした深めの学習の水路があります。これをモチベーションにつなげる流れをどうデザインするかがこのタイプの学習活動デザインに重要なポイントになるのでしょう。今回ご紹介いただいた例はモバイルARの先駆です。いろいろな領域で様々な事例の余地があると思いますので、BEATとして今後もこの領域に注目をして、研究開発を進めていきたいと考えます。ありがとうございました。
BEAT(東京大学大学院情報学環ベネッセ先端教育技術学講座)では、公開研究会「モバイルARが拓くPlace Based Learningの世界」を開催いたします。
モバイルARは、拡張現実(Augumented Reality)技術を携帯デバイスで実現するもので、ケータイをかざすことによって、その場の映像の上に様々な情報を重ねて見ることができます。iPhone用のアプリケーション「セカイカメラ」で注目を集めたこの技術は、他キャリアのケータイでの試験的サービスも始まっており、近い将来教育をはじめとした各種サービスの基盤になる可能性を持っています。
教育の領域でも博物館などでARの利用が進められてきましたが、モバイルARの出現によって、様々な場所で学びのきっかけを作り出すことが可能になります。今回のBEATSeminarでは、試行的に行われている事例を検討し、今後新しく生まれてくるであろう場所を基盤とした学習の可能性について検討していきたいと考えています。
みなさまのご参加をお待ちしております。