今回のBEAT Seminarでは、最近ブームになっている教育動向として、アート的な活動を中心とした子ども向けワークショップをとりあげます。
都内で休日に行われるこの種のワークショップは、有料のものでも満席になることが増えており、学校教育や家庭学習とは違った新しい学びの場に成長してきています。
今回は、アート的な活動をワークショップに組み込んでいる実践者やアーティストをお招きし、その可能性と課題を探ります。
まず、ワークショップの概観について東京大学大学院学際情報学府の森玲奈さんからお話をいただきます。その後、京都造形芸術大学の杉浦幸子さん、日本デザインセンターの紫牟田伸子さんに、子ども向けワークショップの実践事例について報告していただきます。
「ワークショップ」は、美術、医療、科学、自然、音楽などの多様な分野で行われており、創造性を高める、自己発見や自己回帰、事象の発見、プロセスの共有など目的も多様である。このようにさまざまな分野、さまざまな目的で広がっている、「ワークショップ」とは一体何なのか。
「ワークショップとは何か」ということでよく参照される定義としては、以下の中野民夫のものがある。
「講義など一方的な知識伝達のスタイルではなく、参加・体験して何かを学び合う/創り出す、新しい学びと創造のスタイル」
(中野民夫(2001)『ワークショップ:新しい学びと創造の場』岩波書店)
他の定義としては、
「意味生成の自由な学び」
(広石英記(2005)「ワークショップの学び論:社会構成主義からみた参加型学習の持つ意義」 『教育方法学研究』31:1-11 日本教育方法学会)
「自らが体験したことが知識の基礎になる、あるいは知識に血肉をかよわせる、そのような内的体験を育てる活動の総体」
(高橋陽一(監修)杉山貴洋(編集)(2002)『ワークショップ実践研究』武蔵野美術大学出版局)
などがある。
また、社会教育の論文誌の特集号の中に以下のような定義がある。
「ワークショップとは参加者が受け身ではなく、積極的に関わる研究集会のことである。英語で「workshop」とはもともと「作業場」の意味で、転じて「研究集会」を意味するようになった。」
(全日本社会教育連合会(編)1994『社会教育』49(10))
つまり、もともと「ワークショップ」ということばは「作業場」から派生しており、そのことが基本的なスタンスになっていることがわかる。
木下は、ワークショップの特徴として、「身体性」「協働性」「創造性」「共有性」「プロセス重視」という5つの点をあげている。
(木下勇(2007)『ワークショップ:住民主体のまちづくりへの方法論』学芸出版社)
また、中西ほか(2006)によると、ワークショップの基本的な推進プロセスは以下のようにまとめられる。
(中西昭一(編)(2006)『ワークショップ:偶然をデザインする技術』宣伝会議)
ワークショップの源流となる思想には、ジョン・デューイの教育哲学があったと指摘されている。
ジョン・デューイは実践と哲学を往還した人物であり、有名な著作として「学校と社会」(邦訳・岩波文庫)がある。その中で、アートの重要性や、学校の工房化つまりワークショップ化が主張され、デューイスクールという実践がなされていた。
佐藤学は、「『アート』と『子ども』の結びつきは教育の制度的、社会的、文化的、思想的な緊張関係の中に位置づいている。つまり、学校の美術教育というものは、学校というシステム、カリキュラムに縛られて、どうしてもその中でやっていかなければならないというジレンマがある」と言っている。
(佐藤学・今井康雄(編)『子どもたちの想像力を育む:アート教育の思想と実践』東京大学出版会)
これに対し、哲学者マキシム・グリーンは、「想像(creativity)」と「想像力(imagination)」という視点からアートの教育を教育領域の中核に設定することを提唱している。ここでいう「想像力(imagination)」とは、日常生活において隠されている「もう一つの真実」を照射する能力であると彼は主張している。また、アートの教育は、「『イメージ』を再構成する人間存在の根源的欲求に根ざした能力、つまり、リフレクションする能力であったり、新しい自分を作る力を育てるものとして考えられる」と主張している。
(Green, M.(2001)"Blue Guiter: The Lincoln Center Institute Lectures on Aesthetic Education." Teacher College Press)
一方で、佐藤は、「アートの教育は一人ひとりの『想像力』を育て『創造性』を形成する教育として推進されるべきである。」と主張している。また、群馬大学の茂木一司は、「学校教育も含めて新しい学びの場に対応できる従来の造形的・美術的教育の構造変革が求められる新しい美術教育が必要ではないか」ということで、「イメージ・感性重視型の学び」を主張した研究を活発に行っている。
大学はお茶の水女子大で、美術史を勉強していた。しばらく会社に勤め、アートと全然関係ない生活をして、イギリスに留学した。そこで美術館と美術館で行われている教育活動に出会い、帰国してからギャラリーエデュケーターとして自分で仕事を始めた。
私がこの仕事を自分で始めたのは1996年だったので、当時まだワークショップは認知されておらず大変だった。最初のころ、子どもたちと一緒に英語を勉強しながら美術館に行こう、ということを行っていた。そのころは、固定的な子どもたちで、ある地域の子どもたちが私の教室に通ってくるというかたちだった。今でも付き合いがある。
基本的には「子ども」を大切なこととして考えているが、「生涯にわたる、私たちの生きること」=「学び」と捉え、当初のころから、特に子どもに限定しないで赤ちゃんから年配の方まで関わって行けるプログラムを行ってきた。
このようなフリーの活動を1996年から続けており、その間に大学で授業を持たせてもらう機会にも恵まれた。2001年に横浜トリエンナーレという国際展の1回目があり、そこで縁があって、展覧会の仕事、教育プログラムを担当することになり、初めてそこで大きな規模で人とアートに関わることが始まった。その翌年に、森美術館の準備が始まるということで、携わることになった。
「アート」「ワークショップ」の最終的な目標を最初に持ってくると、それは「豊かに生きる」ということである。「豊かに生きる」ということが常に何かする時にある、ということを今回準備しながら思った。人が豊かに生きる、それは子どもでも大人でも変わりないと思う。
アートを通してそれに関わってきたのが私にとっての仕事だったが、そこで出てくるのが「そうぞう力」である。「そうぞう」、とひらがなで出したが、2つのそうぞう、「クリエイティビティの創造」と「イマジネーションの想像」、両方の力を持つということが「豊かに生きること」とある種のイコールなのかな、と思う。
「豊かに生きる」を考えたとき、豊かな人生に寄与する、人生を豊かにする一つの刺激を与えてくれるものが「アート」なのではないかと考えている。
「アート」の特徴には様々なものがあるが、ひとつには、誰かしら、人が何かしらの思いを以て作り出したものが「アート」なのだと思う。そこには人が込めた思いから発する色々な刺激がある。それは、平面であっても、立体であっても、パフォーマンスでも音楽でもあっても何でもそうだと思う。
そしてもうひとつ、「アート」の特徴として大きいのが、様々な解釈が可能なのではないかということである。多様な解釈や色々な付き合い方ができる。それがよい刺激になるものだと思っている。
私の場合、最初は美術史を勉強していたこともあって、「見る」ということから常に入っていった。作ることはできないが、アートに関わりたい、ということで美術史を勉強した。「見る側」から「作る人」を考えた時に、確かに、プロフェッショナルとカテゴライズされた「作る人」がいる。しかし、思えば私たちは普段から様々なものを作っている。ご飯、洋裁、生け花、お茶…。生活の中で色々なレベル、色々なジャンルで、ここにいる皆さんも、そして私も「アートを生み出す人」であり「アートを作る人」である、と考えている。
「アート」と考えた時に出てきたのが、「アートリタラシー」ということばである。「アートリタラシー」とは、アートに自力でアクセスする力、言い換えると、自分の人生を豊かにするためにアートを自分で使いこなせるということだと考える。
「アートを自分の人生を豊かにするために使ってみようと思ったことがない人」や、「そういうことは何となく感じるが、それはちょっとしにくいなぁと思う人」、さらには「私はアートには近づくような感じじゃない、という人」がいる場合がある。そのような場合を「アートリタラシーをまだ持っていない」と定義をしたときに、「アクセスプログラム」を作ってみたらどうかと思った。
「アクセスプログラム」は私が勝手に作ったことばである。「アート」に関していうと、アートリタラシーをまだ持っていない人、また持とうという意識もない人、でも持てばその人の人生がもっと豊かになるのではないかという人に最初のきっかけを作るプログラムという定義をしている。
「アクセスプログラム」には様々なかたちがある。自分が森美術館にいた時に「パブリックプログラム」という名前を付けたが、美術館で行われていることやもの、それを来館者とつなげる時に行われる色々なプログラムにはワークショップもあるし、ギャラリートーク、シンポジウム、レクチャーというのもある。
また、人を媒介としたものだけでなく、美術館に入っていくと置いてあるマップや、絵の横に書いてあるキャプション、美術館のカフェの食べ物や飲み物、ミュージアムショップにあるグッズなど、そういうもの全てが「アクセスプログラム」になりうる。
美術館やギャラリー以外にも、ホテルであったり、学校の中であったり、企業のオフィス、病院、バスや電車のような公共の乗り物だったり、町の中だったり、私の家自体もアートに出会える場所である。そこには、「アクセスプログラム」がいくらでも起こる可能性がある。ある意味、どこでもこの「アクセスプログラム」は起こりうると考えている。
「アートに出会う」という企画自体がアートに関する「アクセスプログラム」であり、その中のひとつが「ワークショップ」であると考えている。
「アートワークショップ」を考えると、人と一緒に体験をすること、人と一緒に働き協働することで、自分一人だと得られない刺激が受けられること、そして色々なプログラムを1個だけではなく、複合的・有機的に組み合わせることでより一層私たちの五感を刺激する体験を提供できるのではないか、と思う。
「ワークショップ」は受け身ではなく、常に人と関わりがあるため、自発的にならざるを得ないし、恥ずかしいと思っていても簡単に自発的になれる場所を提供できる。プログラムを作る側から見ると、最終的にここに行こう、この答えに行きましょうというクローズな目的があるではなく、どこに行くかわからないオープンエンドな体験が提供でき、それを不自然でないかたちで提供できるのが利点だと思う。
「アートワークショップ」に関して、自分の体験から以下の3つキーワードが考えられる。
徐々に距離を置いて見て、聞いて、そこから近づいて行って、触ってみる、で、嗅ぐ、というのは匂いの分子を粘膜に付けることだが、若干の情報を体内に取り込む、そして味わうとなると、完全に取り込むことになる。そういう五感を総動員して、情報を受信することが「アートワークショップ」において重要ではないかと思う。
五感で情報を体内に取り込んだ後に何が起こるか、というと、心が動くのではないかと思う。いわゆるすごい感動じゃなくても、プチ感動でも心が動くということは常に起こるのではないかと思う。
次に、発信があるのではないか。
私にとって、「アートワークショップ」をプログラムする時には、今のような一連の流れを常に循環させて行って、最後に何かしら目指すものがある。しかし、それは答えではなく、ただ何かを希望する気持ちである。何を希望するかというと、こういう経験をして、そこにいる人の人生が豊かになる、ということである。
紹介事例:三鷹市アートギャラリー
「ミロ―マヨルカ島の光の中で」展(2002)
この展覧会は、ジョアン・ミロが晩年にマヨルカ島に移り、アトリエを構えた、そのアトリエに残された作品の展覧会である。この展覧会に合わせて、対象者を変えて、2つの「ワークショップ」を行った。
「ワークショップ」を行う場合、いくつかのフレーム、条件づけのようなものがある。この場合私に与えられた条件は、ひとつは、「小さな子と一緒に何かしてほしい」、もうひとつは「小学生にしてほしい」であった。
内容:鑑賞+簡単な制作
日時:土10:00~12:00 2時間
場所:三鷹市美術ギャラリー
参加者:16組(未就学児+保護者)32名
参加費:無料
「ワークショップ」を組む際には、こうなったらいいな、という願いを持ってプログラムを行う。この時の願いは次のようなものであった。
子どもたちが、
親御さんたちが
小さい子供たち対象であったので、いきなりリアルな作品に直接アクセスするのではない工夫を行った。
例えば、薄い布にミロの部屋の写真を焼き付けて、前提知識として、「ミロおじいさんがこんなところにいた」という話をした。
さらに、ミロの作品をお母さんと一緒に見ましょう、という時間をとった。しかし、ただ見ましょうといってもなかなか見られるものではない。そこで、「ミロの作品にたくさん出てくる星を探そう」という簡単なキーワードを出して、星を探して回ることで作品を「見る」ことを促した。
だんだんと慣れてもらって、お母さんと別れ、自分の力でアクセスできるようになることを意図したが、実際には、お母さんと一緒に見たいという子が結構いた。そこで、一人で見たい子たち、お母さんと見たい子たち、に分け、作品を「見る」ということにした。
「見る」ということをした後に、心が動くのではないか、動くと体が動き出すのではないか?ということで、用意していたのが折り紙や、簡単に絵が描けるコーナーである。そこで動いた気持ちを発散、出してもらう、そのような時間を持った。それで大体2時間になる。
もうひとつが小学生を対象としたものである。今度は対象が、小学校1年から6年生ということで、もう少し長い時間を費やしてみましょうと、土日、トータル10時間で行った。ここでは「見る」「作る」ということを通してコミュニケートすることが内容になっている。「見る方」は美術ギャラリーの展覧会、「作る方」は三鷹市芸術文化センターで行った。参加小学生は約20人で、グループに分かれてもらった。
子どもたちが
参加小学生をグループ分けして、企画の段階からずっと一緒にやっていた大学生のファシリテーターにそれぞれのグループについてもらった。
最初に集まって展示室に行き、作品を見てもらった。小さな子たちの場合は、「星を探そう」というお題を出したが、彼らの場合は、作品から得た情報を使って違うところで考えてもらおうと思い、「作品を見てミロおじさんの顔を想像してみよう」、ということにした。
グループで、こんな作品を作る人はどんな人なんだろうね?ということを考える。さらにその考えたことを言葉でファシリテーターに伝達する。それを受けたファシリテーターが聞いて描く。すると、4つのミロおじさんの顔が出てきて、それを紹介する。これらの絵には全部理由がある。あの作品がこうだったから、こんな顔、という。展示会場のミロおじさんの写真を見ないようにして、最後に見に行ってみる。「こんなおじさんだったんだ。」ミロおじさんに触れて、親しんでもらった後にまた場所を変えた。
今度は、「ミロさんの作品の中にこんなマークがあるの、覚えてる?こんなマークがあったでしょ。星。ミロさんは、星が好きでそのマークを良く描いていたらしい。ミロさんは星が好きだったけど、みんなはどう?みんなも自分のシンボルマークみたいなものを作ってそれをグループで色分けしたマイ・バンダナを作ろう。」ということをした。
ミロさんはいろんなものに絵を描いていたらしい。段ボールにも描いていた。そこで、1m×1mの大きい段ボールを用意し、実際に絵を描いてもらった。ミロおじさんはパペット好きだった、ということも紹介しで、ダンボールの絵を乾かしている間に、パペットをみんなも作ろうということもやった。
最後に、ミロおじさんはたくさん壁画を作っていたという話をした。みんなの絵を集めたら大きな壁画になるんじゃないかな?みんなで作ったものをさらに合体させて、一つの大きな作品にする、ということでワークショップを終えた。
こういったワークショップを通して、子どもにしても大人にしても、「アート」というものを使いこなせるようになり、「アートリタラシー」を自分で持てるようになったらいいのではないかと思っている。それが「豊かに生きる」ということになると思う。そのお手伝いをするために、「ワークショップ」やいろいろなプログラムを行っている。
美術出版社という出版社で「デザインの現場」という雑誌、そして「BT/美術手帖」の編集をしていたが、2000年にご縁があって日本デザインセンターに移り、プロデューサーをしている。日本デザインセンターは1959年12月に設立され、1960年から活動しているグラフィックデザインのプロダクションである。
デザインの考え方を、一般の人たちと「ワークショップ」という考え方で近づいていけないのか、ということを、これまでに広告代理店の人や杉浦さんといろいろ話をしていた。
最初にワークショップを始めたのは、エレファントデザインという若手のデザイン集団の西山浩平さんという方と、商品開発をするときにオブザベーションリサーチというのを使って、リサーチ結果を全員で共有することによって、何か新しい商品のきっかけが生まれないか?という話をして、そこで「ワークショップ」を開発したことである。
「ワークショップ」という空間をデザインする技術によって、私はデザインの思考というものを創造力開発というところに使えないかと考えている。
愛・地球博の日本政府のサイトで、サイバー日本館を作った。私はそのエディトリアルのコーディネーターという形で参加していた。愛・地球博というのは、環境をテーマにした博覧会だったので、日本館の中でも、自然環境と環境技術に日本がどのようにアプローチしているのか、ということが主なコンテンツだった。そこで、日本に自生している植物を利用して楽器づくりや音づくりに関するコンテンツを作りたいと考えた。
そのコンテンツの中では、楽器づくりを指南や音づくりのやり方だけ示しても仕方がないので、実際に子どもたちに作ってもらって、その様子をみんなで共有しようということを考えた。そこで、その音づくりに関して「『自然の音、地球の音』楽器づくりワークショップ」を企画した。実施は、2005年の5月14日、15日で、名古屋の豊田市足助町というところで行った。その時は小学生7名、中学生5名。講師には関根秀樹さんという方をお迎えした。若桑比織さんという方を中心として企画を立てた。
この「ワークショップ」を行う際に、拠り所となる美術館などがなかったので、どのように告知し、子どもたちを呼ぼうかというのが大きな問題となった。結局、口コミにより東京と名古屋から子どもたちを呼んで来ましょう、ということになった。
実施場所は、昔小学校だったところをユースホステルにしたという非常に風雅な「あすけ里山ユースホステル」というところで行った。泊まれる人数は少ないが、ワークショップをするには非常によい場所だと思った。
当初は、一日目には、グループごとに作った楽器で、5つの図形カードを使ってイメージを奏でてみる。次の日にミニコンサートをして解散しようという理想的な企画であった。
当日集まった子どもたちは小学生から中学生までいたため、これまでの体験自体が共通していなかった。そこで共通体験を作る必要があった。そこで急遽、楽器制作に使う竹を実際に取りに行くことにした。あらかじめものすごい数の竹を準備していたのだが、しようがなかった。
この活動で発見したのは、小学生は体を動かしたりだとか、何かやることがすごくうれしい。小学生の子たちは興味を持って竹で剣術をしたり、野球をしたり、あるもの全てで遊んでしまう。ところが、中学生というのは手持無沙汰でおしゃべりしてしまう。
「まずはみんな目をつぶってごらん。音を全身に感じてみよう。」と関根先生が言う。ミュージシャンの人たちと、風と一緒に音が出る。「どんな音だった?」「こんな音だった」という話をする。「じゃあこれを作ってみよう。」もうあまりにも手際が良くて、関根先生の技を見るだけで、特に小学生の男の子は目が星のように輝く。
その後3人ずつ4つのグループに分かれて、竹を切って、作っていく。もうアシスタントの言うことを聞かない。もう「先生!」って、とにかく先生のところに走っていく。子どもたちは「この人はプロだ!」ということを一瞬で分かる。特に小学生は、「先生これ使えますか?」「先生これでできますか?」。とにかく先生に熱い視線が注がれる。
そして、一通り、一番簡単なものを作った。全員で楽器を演奏した。実を言うとここで終わってしまった。図形カードとか音楽を作るとかいうところに行かず、とにかく工作で終わってしまった。夜のミーティングで、図形カードを用いた作曲は難しいのではないか?ということになり、翌日のプログラムは大変更された。
他に、自分たちで作った以外に民族楽器ってこんなにいっぱいあるんだよ、ということを言った。好きなものを持って外に出ていろいろ音を出してもらった。中学生になると、楽器らしい楽器を選んでいる。2つのグループに分かれた。若桑さんグループと関根先生グループに分かれた。そこでみんなで曲を作ろう、みんなでインプロビゼーションをしようということになった。
それぞれのチームの発表があり、ここで初めて保護者を呼んだ。録音をして、みんなで演奏した。お母さん方はワークショップの間何をしていたかというとずっとおしゃべりしていた。それはそれであとから「とっても良かった」と言われたのだが。
録音して聞いた後、もう1回工作に移ろうという子と、楽器をもっと知りたいという子がきれいに2つに分かれた。最後、ここぞとばかりに追加の楽器を作り始めたり、もうカオスになった。カオスを止めたのがお迎えのバスであった。
子どもの年齢層に留意することは、非常に重要だと思う。また、時間配分も重要である。子どもは意外とやることが速い。あっという間に作ってしまう。また、工作と演奏が入っていた時に、もう少しこれを融合させることが必要だった。それから持ち物を全て使わせること、フィードバックを行うべきだったことが反省点である。後片付けなどに参加させなかったのは大きな間違いだった。
最近では、企業向けワークショップも増えている。子ども向けはあまりないが、基本的には、以下のような点が「ワークショップ」の特徴・利点であると考える。
ただ子どもの創造性を引き出すのではなく、たとえば社会にアクセスするきっかけとして、「子ども・アート・ワークショップ」は使えるだろうということを最近考えている。
英国マンチェスターのシティセンターであるURBIS(http://www.urbis.org.uk/)を紹介する。マンチェスターは都心部であるが、1996年にテロがあり、爆発があった。爆心地であるところが壊れてしまって、マンチェスターの人たちにとっては嫌な記憶だが、それをきっかけに都市再開発が始められた。その中心地にあるのがURBISである。
URBISは非常にモニュメンタルな建物である。これは、もともとテロの記憶を忘れないということで建てられたが、現在はそうではなくて、新しい都市づくりを考える場所にしよう、ということになっている。アートの展示で、爆心地の記憶を伝えるためではなく、これからのマンチェスターのまち、世界のまちを考えるためにその展覧会やワークショップ、セミナー、ツアーを行う、ということになっている。
ここで素晴らしいのは、子どもたちにただ単に自己啓発としてのアート表現、方法論を教えているのではなくて、社会との関わりにおいて、自分たちがなすべきことというのを教えるセンターになっていることである。
マンチェスターは産業革命のときにいち早く隆盛した工業都市だが、80年代に失業者が増えて、今でも失業者が多い地域である。両親ともに働いていない家庭の子どももいる。そのような子どもたちを、このマンチェスターURBISは援助している。熱心な先生がいて、どういうことが自分たちにできるかを考える試みをしている。
子どもとアートと都市、まちづくり、まちおこしなどを考えた時、子どもの社会参加、そしてそれを支える人々の交流というようなことがこれからできそうだと考え、「シビックプライド(2008,宣伝会議)」という本にまとめた。その中でURBISも紹介している。
都市が人とコミュニケーションする時に、アートはとても重要である。コミュニケーションの方法論としてアート、まちづくりに対してアートをどう機能させていくか、ということを考えていくと、例えば子どもの社会参加とか、子どもと大人の交流、新しい流れが作れるのではないか。このような考えの実践が、千葉県の「柏の葉キャンパスシティ」で行われている。
このプログラムのなかの「ピノキオプロジェクト」というのは、キッザニアのように子どもの社会参加できる施設を作るのではなくて、都市の中で実際に子どもが働く体験ができるものである。
働く体験を、アートというフィルターや、推進軸としてのアートを使って、何らかの行動へと促す軸、後押しをするものとして使えないかと思っている。このような考えをもとに私は、この柏の葉シビックネットワークというウェブサイトなども作ったのだが、今ではそれはまちのクラブ活動ということに発展している。
「理解できない、ということがどういうことかをまず理解することです(リチャード・ソール・ワーマン)。」
この言葉が座右の銘である。これが、私の活動の基本になっている。
例えば、デザインのプロジェクトの中でキッズプロダクトというのをこれから組織しようとしており、子ども用品を開発したいという話がある。それに対してどういうアプローチをするのかを考えた時に、子どもの可能性と同時に親の可能性も開いていかなければならないと考える。
子どもの想像力を開くのは、親の想像力を開いていないと、うまくいかない場合がある。誰もが子ども時代を持っている。アートというものが持っている、可能性を開く力、気づき、五感、いろいろな感情を揺り動かす、そういうものがいろんな意味で大本の揺さぶりにはなると思う。
子どもとアートの出会い。誰もが輝く思い出を持っているところであると思う。学びというのは輝くものだと思う。その輝くものというのがアートの中に確実に何らか存在するということを知るということが子どもにとって重要である。子どもの学びというのは成長そのものだと思う。大人の学びにはどうしても工夫が要るが、子どもの学びはきれいに、成長していく、吸収していくことそのものではないか。それを輝きに変えることができたらよいと思う。
(参加者からの質問は用紙にまとめられ、司会に提出された。)
参加者の皆様からのご意見、カテゴリに分けると、
という大体4つに大きく分かれています。それぞれのカテゴリの中で代表的なものをピックアップしていきたいと思います。
杉浦:目指すものは同じだと思う。ただ、学校の教育では最後に評価をしなければいけないので、そこでの違いがあるとは思うが、目指すものは違っていないと思う。子どもだったら、豊かに育って行ってほしいという気持ちに変わりはないと思う。
森:私のイメージでは、美術教育が大きなカテゴリとしてあり、その中に学校でやるものがあったり、学校以外の試みがあったりするのだと思う。よって、美術教育とアートワークショップであれば、美術教育の方がレイヤーが上という気がする。
学校でやるものとワークショップはどう違うかというと、学校の教育に従事されている先生方や親御さんという方たちにとって刺激になるような形でのインフォーマルラーニングが可能な方法の一つとしてのワークショップが考えられると思う。
学校VSワークショップとは思っていない。ワークショップで行われている活動を学校に取り入れていただいたり、学校で行われている素敵な活動をワークショップで行う、というようなつながりがあってもいいと思う。
紫牟田:私はワークショップというのは方法論なので、美術教育の中でもワークショップ形式は取り入れられると思う。よって、アートワークショップという固定的なものがあるように思っているけれども、あまりなくて、美術をめぐる学びの中でワークショップというのが非常に重要な方法の1つであるというように考えられる。
杉浦:ワークショップにおいては、いわゆる点数化ではなくて、何か終わった後にその子たちが文章なり何らかに書いて残すという行為をしたらいいなぁ、と思うこともあれば、こんなに楽しいことをしているから、評価については特に今はしなくてもいいんじゃないかなぁ、と思うこともある。
もっと後で、10年後とか20年後ぐらいに、あんな楽しいこともあったなって思い出すのが評価でもいいと思うこともある。誰のために何を評価するというのを考える必要があるのではないか。
参加者:私はワークショップを実践している側の人間であるが、ワークショップをやりっぱなしでいいのか、と思うことがある。経済的に成功するかどうかは別として、ビジネスとしてやっている。そしてやる以上は、自分のやったことに効果はあったのか。子どもを喜ばせればそれでいいのか?心の中に何か残ったんだ?と考える。それは10年後に出る結果かもしれない、というのはまさにその通りだと思う。どんな変化が起こるかもわからない。
それも承知の上で、しかし、少し科学っぽい立場に立つのなら、やっぱりやったことの効果測定ができなきゃ、やっていることの意味も捉えられないと考える。効果測定の仕方が見えないのが、今自分がやっていて非常にジレンマがあるところである。
杉浦:大学で今プロジェクト授業に関わっているが、そのプロジェクトを評価することにも似ている。たとえば、プロジェクトの評価であれば、今すごくうちの大学では基礎力がどれくらい付いたか、というので、かなり細かいところになる。10段階でプロセスを見てきた何人かが全部付けて行って、それを全部テストをして、最終的に本人にフィードバックして、本人が何を考えたかをまた聞く。そういう測定は確かにしていて、ワークショップでもそれは可能だと思う。
参加者:それは実践としては難しい。大学であれば、データを継続的にとることは可能だが、美術館のワークショップなどは、メンバーが一期一会であることが多い。感想をいただいて、そこから行間を読みながら我々が自己分析することはあるが、その人の中にどういった有効なものが残ったかは、5年後にその人の生活をどうよくしたか、そういったことは調査できない。
評価については、大事だと思っている人は多いが、どうやってやったらいいかという課題があります。これについてはまた別途機会を設けたいと思います。
杉浦:玉川小学校の事例では、かなり詳細に参加者に分析をした。なぜかというと、美術館や自分の教室も来るのは、ある程度自主的に来る親子だった。はじめて玉川小学校で行った時には驚いた。やりたくもないのに突然来て、なんでやらないといけないの?という子どももいた。ただまず、そういうことを感じる気持ちが大切だと感じた。その子たちの顔とか、声にならない、参加者が発信している情報を感じること、細心の注意を払って、でもその注意を払っていることのオーラを出さないような態度をとることが重要だと思った。学校で出会う子どもは、美術館などセットされたワークショップに来る子と違いがある。それに対する処方や気づく余裕が必要だと思う。
紫牟田:たぶん企画のきっかけは、既存の何か問題点があって、問題点に対してどう対処するか、ということから始まる。そのテーマというのは割合無尽蔵にできる。そのテーマの中でキーパーソンを1人決める。そのキーパーソンに対してどういう人たちがサポートできるか、ということで人を集めて行く。
森:準備も、チーム編成のところからワークショップはスタートしているのではないかと私は思っている。さっきワークショップの評価と言われたときに、みなさん参加者の評価と考えているような感じを受けることが多いが、本当は参加者の評価だけでなく、スタッフが最初に企画したところから評価されるべきだと思う。確かに、直後に参加者の反応が変化が見えにくい場合も多々ある。逆にスタッフの中に、参加者の多様性に対応しきれなかったとか、最初の願いと設計がずれてしまって即時的に変更せざるを得ないのはこういう時に出たとか、それをスタッフで共有できなくてフラストレーションがたまったとか、質的な体系、スタッフの評価体系というのがもう一つワークショップの評価軸としてあるべきだとも思う。学校のカリキュラムは代々蓄積されてきたカリキュラムに則って学習目標があって、それに基づいて学校の先生が設計して、ある程度決まっている狙いに対応した評価があるかもしれないが、ワークショップは毎回一から企画を立てることが多いと思うので、もっとボトムアップ的な評価を考えていく必要がある。
紫牟田:すいません、私は全然違う。評価の話で一言だけ言いたいんですが、私はワークショップは評価すべきではないと思う。企業でワークショップをやる時にはその中から商品企画が確実に出てくることはありえない。そうでなくて彼らが、ワークショップを経た後に、別の企画を出せるのかというそのための訓練として使っている。ワークショップを1回やったことで、その次に、その人たちがどう成長しているかが評価だと思う。スタッフも評価されるべきではないと思うし、出てくるものも、作ってさらして振り返るためのもので、それは評価の対象じゃない。評価は別のものだと思っています。
杉浦:計画をしたワークショップだと、どんなに相手によい経験をしてもらおう、よい何かを持って帰ってもらおうと作っても、想像には限界がある。実際にやってみると、参加者の価値観が違っていて、いくらこちらが考えても、変更が出てくる。
森:ワークショップは解ってくれている人は何度も来る、知っている人はみんなくる、関心がない人は来ない、ということがあるので、まずはどんなことをやっているのか、ワークショップについて説明する、ワークショップについて報告をするとか、ワークショップとワークショップを経験したことがない人をつなぐ何かひとつコミュニケーションが必要だと思う。 理解をしてくれて、まずは賛同してくれる人を増やしていくことによって、こういうメリットがこの企業にはありそうなので、スポンサーとしてつきますとか、場所貸してあげますとか、ということは出てくると思う。
持続可能性については、人を育てることの方が難しくて、なおかつ急務だと思う。お金の方は、コンテンツの質が上がればある程度何とかなるところもあるかもしれないが、その質を上げるために人の育成が必要だと思う。
紫牟田:アートのワークショップということだけに限ったビジネスは厳しいと言わざるを得ないだろう。ただ、やっている会社はあるため、成立している前例はある。会社としてビジネスでやっていくには、ワークショップをその都度完全にカスタム化するパッケージが必要である。ビジネスとしてはパッケージ化が必要だと思う。
ビジネスはともかくとして、実践が増えているのは間違いありません。この世界が、今から、ここにいらっしゃる皆様も含めて、いろいろなかたちで関係する人が増えていくのは間違いないと思います。アート、子ども、ワークショップをとりまく複雑な状況が今日はよく見えたので大変楽しかったです。
ありがとうございました。
今回のBEAT Seminarでは、最近ブームになっている教育動向として、アート的な活動を中心とした子ども向けワークショップをとりあげます。
都内で休日に行われるこの種のワークショップは、有料のものでも満席になることが増えており、学校教育や家庭学習とは違った新しい学びの場に成長してきています。
アート的な活動をワークショップに組み込んでいるワークショップ実践者をお招きし、その可能性と課題を探ります。