今回のBEAT Seminarでは、社会で活躍できる人材を育成するために「プロジェクト学習」を行っている大学の教員をお招きし、「プロジェクト学習」の成功の鍵について議論しました。
近年、大学卒の人材は、専門的知識や思考力に加え、実践的な能力(コミュニケーション能力やプロジェクト遂行能力)も求められるようになってきています。大学でこれらの能力を育てるためには、どうすればよいのでしょうか。
その答えの一つとして、「プロジェクト学習(PBL: Project Based Learning または Problem Based Learning)」が注目されています。「プロジェクト学習」とは、複雑な課題や挑戦に値する問題に対して、学生がデザイン・問題解決・意志決定・情報探索を一定期間自律的に行い、リアルな制作物もしくはプレゼンテーションを目的としたプロジェクトに従事することによって学ぶ学習形態です(Jones 1997)。
今回は、基調講演として、金沢工業大学の久保猛志先生に「金沢工業大学における教育改革への取り組み」をご紹介いただきました。次に、実践事例として、聖路加看護大学の森明子先生に「看護教育におけるプロジェクト学習の実践」を、立命館大学の八重樫文先生に「デザイン系教育におけるプロジェクト学習の実践」を紹介していただき、フロアとディスカッションを深めました。
金沢工業大学では、学生と教職員と理事の三位一体体制の下で様々な教育実践を行ってきた。なかでも、
という実践が「プロジェクト学習」に近いものであると考えている。
金沢工業大学は、1992年から新たな教育の枠組みについて検討する組織が発足し、米国大学の視察研修を行った後、1995年に教育大学として生まれ変わった。2000年には7学系、13学科体制を取り、工学基礎教育センターや学習支援デスクが設置された。2004年には工科系総合大学という形になり、2008年には現在の4学部、7学系、14学科体制になった。
金沢工業大学における教育改革の目標は以下の3つである。
この3つを基盤にして、「授業」と「課外学習」の両方をカバーして年間300日の学習支援を行い、学生の「意欲」と「自主性」を引き出すことを図っている。そして最終的には、「自ら考え行動する技術者の育成」と「教育付加価値日本一の大学」を目指している。
教育の座標についても、
と変容してきた。
そしてこのような中で、以下のような新たな教育体系が創案された。
カリキュラムは、「工学設計Ⅰ〜Ⅲ」という授業を段階的に履修することを軸に、専門基礎科目やコア科目を履修しながら、4年生にはプロジェクト活動をしてもらうようになっている。
基本的にどの科目も、プロジェクトや制作などを中心に構成しており、学生の意識を、「例題回答型」から「問題解決型」へ、さらに「問題発見型」に高めることを目標にしている。
工学設計は、以下の5つの行動を行う過程と定義されており、これらを経験してもらって成果物を出すことが重要であると考えている。
1クラス約35名で、その中で5~6名のチームを作って行う。このチームでの活動が主体になる。授業の時間割は、週一回、1時限60分の授業を2時限連続で行っている。授業時間はほぼ、チームミーティングと各チームのプレゼンテーションに充てられる。
教室はフリーディスカッションができるよう、チーム用の楕円形テーブルを利用し、OHPやビデオデッキやカメラ、ビデオセンターのオンラインの検索機能、パソコンからの映像出力装置が充実している。テーブルに関しては、チーム全員が対面する方がディスカッションはしやすいが、円形にしてしまうと各人の距離が遠くなってしまう。そこで楕円形にすると、距離も近くディスカッションに集中でき、講義のときは片方によってもらうこともできるので、フレキシブルに使うことができる。
「工学設計Ⅰ」では、プロジェクトテーマの決定や調査方法の検討などを行う。その際、テーマの選定には以下の点を重視している。
実施したプロジェクトテーマの例としては、「安全な避難ルートの決定とその評価」「地震火災に対する消火対策」などがある。これをもとに、「工学設計Ⅱ」では調査結果の報告、ポスターセッションの実施、プレゼンテーション、レポートの提出を行う。
「工学設計Ⅲ」は、4年生全員を対象にしており、「卒業研究」の内容を改善すること、学生が自主的に動けるよう補佐することを目的にしている。本来は学生がテーマを提案し、教員と学生が共に進めていくのが望ましいが、教員主導になりがちになっているのが現状である。
学生には、設計活動のための義務とノルマとして、
が課せられる。
一方で教員の役割は、各チームの進行状況を把握し、週一回のミーティングをした上で、適切なアドバイスをするというコーチ役である。
チーム活動を重視し、ウィークリー・レポート、ファイナル・プレゼンテーション、ポスターセッション、ファイナル・レポートを基準に、チーム評価として70点分を割り当てている。ただ、それだけだとさぼる学生も出てくるので、チームへの参画度合いを基準に、個人評価30点分を割り当てている。また、いくらチーム評価が高くても、個人評価が低ければ「不可」になるように調整している。
学生が一年300日24時間、先生や友達と自由に学び、議論し、情報を収集し、実験し、分析し、ものをつくり、発表し、コミュニケーションを楽しめるような大学であるように、金沢工業大学は特別な教育内容や環境の構築を行っている。
例えば、学生全員にノートパソコンを所持させ、学内に情報コンセントも充実させている。また、「夢考房」と呼ばれる自由工作空間を設け、自習室も24時間年中開放させて学生がいつでも好きに学べる空間を提供している。カリキュラムの面では、達成度別クラス編成を一部の科目で取り入れ、学生指導カルテも導入するなど、基礎学習のフォローをしっかりと行っている。
平成17年度より定期試験を廃止し、結果重視型からプロセス重視型への移行を図っている。学生支援計画書(シラバス)には、学生が達成すべき行動目標や具体的な達成の目安を盛り込んでいる。
また、授業アンケートで書いた学生の行動目標達成度自己評価や、教員に対する改善要求は、Web公開されており、学生にフィードバックされる形になっている。そのため、教員の行動目標は、学生の満足度を向上させることになっている。
学生には、一週間ごとに行動の履歴やその間の達成度自己評価を書き込ませる修学ポートフォリオをPC上で入力させ、履歴として残すようにしている。さらに、1~3年次生の学年末には、達成度評価ポートフォリオレポートを書くよう指導している。その内容は、以下の5つである。
この自己管理・自己評価を通して気づきを引き出し、そこから意欲を出してもらい、自己変革につなげることで、自己実現ができる学生に育つことをねらいにしている。
現在、大学の教育改革に求められているのは、
の5つであり、大学は学生・教職員・理事会の共同体・協働体を構成しなければいけない段階に来ているのではないかと感じている。
Problem-Based Learningは、以下の3つの要素から構成されている。
また、類似した名称としては、IBL(Inquiry-Based Learning)やTBL(Task-Based Learning)があげられるが、本質的にはProblem-Based Learningと変わらない。
Problem-Based Learningは1960年代中ごろ、ヘルスケアニーズの変化に合わせて、カナダのマクマスター大学医学部にて開始された。臨床的な問題と基礎科学を統合して学び、講義を減らして学生の問いを発し、議論する機会を増やし、様々な問題に柔軟に対応する能力を育むことを目的に実施された。1993年にはWHO、World Bankが推奨する教育方法となっている。コミュニケーションスキルや不確かな問題に取り組む能力、さらには社会認知的な能力の育成に影響があるということがわかっている。
臨床で役立ち、関連学問分野から統合される知識をより永く保持することが、Problem-Based Learningの目的である。
具体的には、以下のものがあげられる。
教員は学習を促進する基本的な姿勢として、非指示的、学生中心を守り、講義はしない。また、効果的な発問や建設的なフィードバック、リソースや情報の紹介、表示、時間やプロセスの管理などをしなければならない。そして、グループの問題解決および批判的思考、効果的なグループ機能を促すようにする。
グループワーク初期の学生たちによく見られる特徴は、沈黙や気まずい雰囲気が漂い、不安な表情をし、互いの思いの探りあい状態になることである。また、誰かにリーダーシップをとって欲しい気持ちを持ったり、遠慮したり、人の意見を鵜呑みにする傾向がある。よって教員は、グループの中の個々の学生の学習を促すようにし、そのパフォーマンスを評価し、調整するようにしなければならない。
聖路加看護大学では、純粋な学部生が大体1学年70人ほどで、毎年20人ほど他大学からの編入を受け入れている。今回は「家族発達看護論Ⅰ」という3年生必修科目(4月から7月まで週2回、計45時間)でのProblem-Based Learning実践を報告する。この科目は、家族が子どもの誕生をめぐって変化し、新たな関係に移行していく時期に焦点を当てている。子どもを産み育む、家族が変化するという体験をしている個人や家族にとって、最良の健康を実現するために必要な看護とは何か、さらに、多様な価値観の中で求められる看護はどのように提供できるかを学ぶことを狙いとしている。
この授業は全体が45時間で、ガイダンスを1時間使って行う。授業で用いるシナリオは、大きく妊娠期・分娩期・産後期の3つに分かれていて、一組のカップルの生活をたどった経過となっている。チュートリアル中心に所々で講義を7時間挟んで行っている。特に「出産」は、学生にとっては日常から切り離されていてイメージがしづらいので、出産経験者の体験談を聞くようにし、実際に新生児室や分娩室の見学も行っている。
テュータの存在はきわめて大切で、1グループあたり7~8人に対して1人のテュータを置いている。グループ構成人数を9人以上にすると、話さなくする学生がいるので、最大で8人に設定している。全体のグループ数は12グループなので、専任教員6名のうち2人は2グループを担当し、残りの4グループには博士課程の院生や外来助産師のTAを雇ってあてている。
テュータには年度初めにガイダンスを実施し、週2回の授業終了後に毎回担当グループの様子、学習の進行状態、グループ運営や学習指導上の意見交換や相談を行っている。
教室は、グループ数の活動を確保できる大きさで、電子白板を設置している。また、図書館では司書が「情報収集のコツ」という講義を担当し、指定図書や複数冊の購入にも対応できるようにしている。さらに、病院とも連携し、妊婦外来にProblem-Based Learningを説明し、支援の依頼をしている。また、助産師2名に演習を手伝っていただいてもいる。
テュータと学生には、以下のものを配布・共有している。
「妊娠期」のシナリオにおいて、学ばせたい内容は以下のようなものである。
評価は、以下のような配分で行っている。
グループセッションの参加度(30%)
筆記試験(70%)
Problem-Based Learningを行った学生からは、以下のような意見・感想が得られた。
2007年度の学生評価では、満足度は平均8.0点(10点満点)と概ね良好であった。中でも評価の高かった項目には、「新しい知見」「積極的参加」「さらに勉強」「関連学習」があり、逆に評価の低かった項目には「教授方法」「科目課題適切性」「教材活用」が含まれていた。
また、自由記述の中には、以下のようなものが見られた。
Problem-Based Learningではテュータに対して、グループ運営やEBN(Evidence-Based Nursing)の思考や手法、効果的な発問やフィードバックをトレーニングすることが重要である。また、そのためにも教材やシナリオを「学習項目発見型」から「問題解決型」にして、テュータが学生の学習を促進させやすくする必要がある。さらに、科目の教授目標を、知識を看護計画立案に活用する段階まで進めるように設定する必要性を感じている。
立命館大学における「プロジェクト学習」の実践紹介として、「環境・デザイン実習」「プロジェクト研究」の2つの授業について、実際に受講した学生を直接交えながらお話しする。
この実習は、環境・デザイン両分野のフィールドでの調査・実習を通して、問題発見から収集情報の解析・分析、そして問題解決に向けた提案に至る基本的なプロセスを体験することを目的にしている。履修者は、環境・デザインインスティテュート(経営学部・経済学部・理工学部の連携組織)に所属する大学2回生〜4回生15名であり、1グループ2~3名の6グループに分けて行った。2008年度前期(4月~7月)に、全体で15回実施した。教員は、環境系とデザイン系の2名が担当した。
課題内容は、「自分たちの生活環境の中で問題点を見つけだし、自らの調査分析に基づきプロセスを踏まえて、その解決策を適切な方法論にそった説得力ある説明とヴィジュアルな表現を用いて分かりやすく提案してください」というものである。
1グループをコンサルティング/デザイン/リサーチ会社とみなし、グループワークを進めた。各グループに1名ずつTAまたはES(Education Supporter:学部生のテュータ)をつけ、「管財人」のような役割として位置づけている。進行において、他のグループのTA/ESから2名以上+教員2名からOKをとった企画でないと、最終プレゼンに進めないかたちをとっている。
授業開始時に、評価の観点として以下の5つを提示し、最終的にもこの観点から学生たちが相互評価を行う。
学生たちが実際に設定したテーマは、以下のように身近な環境における問題があげられている。
「環境・デザイン実習」を受講した学生に、実際にその取り組みを紹介してもらう。
私たちは「waffRe:」という会社を設定し、「農家の味方であること」、「温かい会社を目指します」という2つの理念を掲げた。活動内容としては、農地へのゴミのポイ捨てを削減することにより、ポイ捨てによって発生する農業経営者の労力削減を目指している。今回は、ゴミのポイ捨てを減らすための看板を作成するという提案を行った。
具体的には、先行研究の調査、実地調査、実提案の検討、提案内容の評価、プレゼンテーションを行った。授業時間外にも打ち合わせを行ったり、実際の企業に協力をお願いすることもした。
メンバーの時間が合わないなどの苦労はたくさんあったが、何より感じたことは、自分たちが企業として活動するにあたっては、クライアント(農業従事者など)からの受注が必要であり、企画の実施にあたってクライアントの理解を得ないといけないという点が1番難しかった。どうやってその理解を得たかというと、まず問題の本質を把握し、クライアントが求める利益をゴールに設定する。そうして、自分たちの論理に一貫性を持たせた解決策を構築するという方法を実践した。
実社会において企画提案を進めるための一連のプロセス(問題の設定、ゴール設定、解決策の構築)をデザインする能力が身についたと考える。また、自分たちに解決策を構築する際のツール(知識や方法論など)が貧弱であることや、メンバーで時間を合わせることの難しさなど、たくさんの「気づき」があったことが良かったと思う。
この授業を通して、通常の講義形式では得られることのできないもの(アイデアの出し方や、ブレストの進め方などの企画提案方法など)を得ることができ、企業として活動する設定だからこそ真剣に取り組めた。そして、もっと良い成果を出せたのではないかという向上心も、この授業で得られた成果だと思う。
この授業では、学生が主体的にプロジェクトを企画・立案・実行し、コミュニケーション能力や異文化理解能力に加えて、マネジメント能力を涵養することを目的にしている。経営学部国際経営学科と経営学科の2・3年生10名程度を対象に、昨年の4月から継続して行っている。
「プロジェクト研究」を受講している学生に、実際にその取り組みを紹介してもらう。
私たちは、この授業の中で「英日合作映像プロジェクト」を立ち上げた。国際化が進む中、多様な価値観、思考、生活習慣などが文化によって異なることを理解し、心の触れ合いによる真のコミュニケーションが必要だと感じ、映像によってより多くの人にメッセージを伝えることを目的にしている。また、この企画は英国大使館主催の「UK-JAPAN2008」の公認イベントになっている。
まず私たちがプロデューサーになり、京都造形芸術大学とロンドンカレッジ・オブ・コミュニケーションがコラボレートしながら映像制作を行い、それを展開していくというプロジェクトである。この企画では、日本の学生とイギリスの学生が交流する場として、「Second Life(3Dアバターによるオンライン上のコミュニケーション空間)上の場所(ベネッセコーポレーション提供)」を利用している。完成した映像は、立命館大学の学園祭で公開される予定である。
まず、新しい問題に直面したとき、どうしたらよいかわからず不安だった。企画書なども作ったことがなく、いろいろな人に助けてもらいながら行った。また、メンバーのモチベーションをコントロールすることにも苦労した。そして、コミュニケーションの難しさを知った。
この授業を通して、リーダーシップ、学ぶ姿勢、コミュニケーション能力を身につけることができたと思う。また、プロジェクトを進める中で自己分析ができ、他のどの授業よりも自分を成長させることができたと感じた。自分の欠点も発見でき、それを補おうと努力するようにもなった。
「環境・デザイン実習」では、授業を通して学生自身が不足している知識や学習を発見することで、今後の大学での学びの接続に重点を置いている。この点で、「入り口としてのプロジェクト学習」となっている。
一方、「プロジェクト研究」では、実社会でのプロジェクトを進行させるなかで、社会的なスキルを身につけることを目的としており、実社会への接続に重点を置いている点で、「出口としてのプロジェクト学習」となっており、「プロジェクト学習」でも性質の違うものになっている。
これまで紹介した2つの授業を含む、私の担当している「プロジェクト学習」の授業は、「デザイン教育の特徴」を取り入れたものになっている。
一般的に「デザイン教育」は、色の使い方やかたちの作り方を個人作業として黙々と行うイメージが強いのではないかと考える。しかし、デザインの実務は個人で完結する技能ではない。色々な人との関わりの中でデザインの作業が進められていく。そのため、デザイン教育では、これまで協調的な経験を促すためのグループワークが多く取り入れられている。
デザイン教育の特徴的要素として、アトリエ的学習空間になっているために他者の状況が常に開示されており、そこでの様々なインタラクションが共有される、プレゼンテーションやポスターセッションなどを積極的に設けることで、何を学び、何を試みたのかを学習者が反芻することができる、ポートフォリオを制作することでプロセスを記録し評価に利用できるという点があげられている(美馬・山内2005)。
また、デザインの教育では答えが設定されていないために、学習者が試行錯誤を繰り返してものごとを作り出すことが可能であったり、アイデア・発想・制作が全てクラスの共有物であるという了解のもとで思考を増大させていけたり、成果として作品を実際に作り出すことで、他者が関わることのできる社会的な活動の対象になりうるという特徴もある(須永1998)。
以上から、デザイン教育の特徴をまとめると、以下の2つに集約される。
授業実践の一方で、「プロジェクト学習」を支援するための、Webや携帯電話を利用したシステム開発を行っている。そのシステムにおいても「デザイン教育の特徴」を積極的に利用することを考えている。
高等教育における「プロジェクト学習」実施の問題点として以下の2つがあげられる。
これらの問題に対して、学習者が分散環境でも効果的にグループ学習活動を進められるように、「プロジェクト学習」を支援するWebグループウェアProBo(http://pb.nime.ac.jp/から無料ダウンロードが可能)を開発した。
また、現在大学生のほとんどが所持し、場所・時間を問わず特別な意図がなくても操作・閲覧することが多い携帯電話の待ち受け画面に着目し、ProBoと連動してリアルタイムに自グループ内の分業状況や作業進行状況を携帯電話の待ち受け画面にて常時確認できるソフトウェア
ProBoとPBPを大学授業で利用した結果、学習者自身が所属するグループの分業見直しや学習共同体意識を高めることにおいて有効性が示された。しかし、積極的に他グループの活動を参考にして、その情報を役立てながら活動を進めていたのは一部の学生に限られていた。
そこでさらに、学習者が、クラス全体および他グループの活動を意識して、グループ作業を円滑に進められるような機能を検討し、ProBoとPBPの改良を行った。新たに追加した機能には、デザイン教育の特徴である「プロセス自体が常に他者と共有できるような環境」を取り入れた。
改良したProBoとPBPを大学授業で利用したところ、学習者に対し,他グループから常に見られていることで自グループの作業への意識を高め、自分の作業の調整を促進する効果が示された。
しかし、この実装機能では、自分のグループの活動において、他グループの情報を具体的に取り入れたり、他グループへの能動的なコンタクトの促進は示されなかった。今後は、自グループと他グループが積極的に相互に情報交換を行い、クラス内でのインタラクションを高められる機能を検討することが課題である。現在、ProBoのフル機能を携帯電話から利用できるシステムを開発している。
(パネルディスカッションの前に、参加者が数人でまとまり、パネラーへの質問をディスカッションする時間が設けられた。質問は用紙にまとめられ司会に提出された。)
久保:就職そのものに結びつくような特別なサポートはしていない。ただ、希望する一部の学生に対しては、インターンシップという形で企業に行かせて、金沢工業大学に帰ってきたとき、その企業の一員としてどういう成果を挙げたのかを発表させるプログラムを組んでいる。
森:最初の頃は学生数が少なくテュータは教員のみや少数のTAで足りたのだが、次第に学生数が増えてきたためにTAを複数雇うようになった。学生の声を聞くと、TAの質を重視しないといけないとわかった。よって、TAの事前研修を以前より時間をかけてやったり、途中のプロセスのサポートを手厚くするといった形で補っていこうと思っている段階である。
八重樫:「プロジェクト学習」の特徴として、教員は具体的な指示をしないというものがある。逆にその特徴を利用し、うまく「プロジェクト学習」に馴染めない学生に対しては、個別に少しだけ具体的なアドバイスをしたりヒントを与えると、学生との信頼関係が築け、その学生が発端となってグループの活動がうまくいったり、馴染めたりするようになるのではと思っている。
久保:実際に卒業者のコメントをもらったことはないが、在学時、卒業時、卒業後、受け入れた企業に対するアンケートは取っている。それらを見ると満足度は高い傾向にある。
森:「プロジェクト学習」に特化した調査というものは私のところもまだ実施していないが、聖路加看護大学の卒業生がどう評価されているかということは、もちろん調査している。それによると、うちの学生は卒業したばかりでは即戦力になりにくいが、半年くらい経つと、伸びてくるという評価をもらっている。また、感性が非常に豊かという良い評価ももらっている。
久保:「プロジェクト学習」では、講演で話したように、個人とグループなどできるだけ多角的に見るようにしている。問題は、点数に表れないものをどうしようかということである。ディスカッションやコメントによる評価を何とか入れられないかと思っているが、まだうまくいっていない。 他の科目との関わりについては、各科目で目標とする能力をあげ、総合的に評価することを考えている。
森:どこまで何を求めるかによって評価は変わってくると思うが、もう少し実践的なものを取り入れるということが必要かと考えている。そのためには当然、実技的なものも取り入れようと思っている。
現在、私たちの実践ではグループを30%、筆記試験を70%としているが、どうして筆記がそんなに比率が大きいのかということに対して、その割合をどうしようかということはいつも考えている。
八重樫:「プロジェクト学習」では、授業時間以外、教員がグループ活動を見ていることは多くない。だから、教員だけが評価するということはたぶんできないと考える。グループ内で、誰が苦労していたとか、誰ががんばっていたか、またクラス内でどのグループがよくやっていたか、ということは学生たちがよく感じているはずなので、できるだけ教員に評価の重みをおかないで、相互評価と自己評価に重点を置く形にしている。
また、最初に全員が共有できる評価軸を設定しておく必要があると考えており、実践の最初に評価内容を明らかにしクラス全体で共有することに努めている。
久保:スタートの段階から、複数の教員で密に話し合いながら作ってきた。アメリカの視察も行った。そのような色々な人たちが関わり体験を共有していくなかで、コアミーティングができて、指導書の作成もできた。このように、複数の人々が関わり作業を進めていくことが重要であったと考える。
また、要望があったこともあり、2種類のマニュアルを作成した。ひとつは教員用の指導マニュアルで、アドバイスのポイントなどをまとめたものである。もうひとつは学生への実施マニュアルで、それをきちんと読んでやっていけば、それなりの成果が出るようにした。そうすることで、誰でも実施できるような体制を取ってきたと考える。
森:聖路加看護大学にも、やはりPBLを好む先生と好まない先生がいる。後2年で新しいカリキュラムに変わるということもあるので、そこでもう少し取り組んでいってもらいたいという気持ちがある。これまで実施してきた先生同士でプロジェクトを組むなど、今までやってきたことを納得してもらえるようなかたちに整えていく必要があると思っている。
八重樫:まず基本的なスタンスであるが、私は大学授業全てが「プロジェクト学習」になればよいとは思っていない。各先生が、その専門分野や授業内容に沿ったアプローチを選べばよいと思っている。私は「プロジェクト学習」が得意だが、講義が得意な教員がいて当然良いと思う。重要なのは学習内容を考える際、どのような形態がよいのか、教員がそれぞれ得意な方法を提示しあい、お互いに意見交流したり、アドバイスしあったりすることだと思っている。
ありがとうございました。今回、事例報告をしていただいて、少なくとも一部では「プロジェクト学習」が成功しているということは確認できたと思います。ただどうやってこれを広めていくかが課題であると思います。
私が今回のセミナーで一番心配したことは、「プロジェクト学習」は旬ではあるけれども、人が集まらないんじゃないかと思った点です。10年前は、誰も「プロジェクト学習」などと言っている人はいなく、まともに教えるだけでも大変でした。だから、ここ10年で大学を取り巻く環境は激変していると改めて確認できました。そして、名前は付けていないけれども、何か「プロジェクト学習」のような実践をしている人は今増えてきていて、たぶん今100人に1人くらいはこういうことをやっていきたいよねと言っている段階ではないかと思います。
私も「プロジェクト学習」が100%優れたカリキュラムだとは思っていません。むしろ、実践したことがある人はわかると思いますが、「プロジェクト学習」はものすごく大変なので、大学での授業全てがこれになったら学生は音を上げると思います。プロジェクト学習の割合は、上限でも30%くらいで大学生はもう手が一杯ということになると思うので、まあ10%くらいでもまともに「プロジェクト学習」が行われれば、大学の雰囲気はガラッと変わるのではないかと思っています。
今回、色々な領域や大学で「プロジェクト学習」の個性が出てきていることがわかりました。逆にどんどんコミュニティごとに個性を出していってよいものだと思います。10年後、大学で個性豊かな「プロジェクト学習」が10%達成できるのを楽しみにしています。その時はまた、同窓会のようにこのメンバーで集まれたらいいなと思います。本日はどうもありがとうございました。
BEAT(東京大学情報学環 ベネッセ先端教育技術学講座)では、BEAT Seminar「プロジェクト学習が大学を変える」を開催いたします。
近年、大学卒の人材は、専門的知識や思考力に加え、実践的な能力(コミュニケーション能力やプロジェクト遂行能力)も求められるようになってきています。大学でこれらの能力を育てるためには、どうすればよいのでしょうか。
その答えの一つとして、プロジェクト学習が注目されています。プロジェクト学習はグループで課題について議論を行い、その解決策を提案する作業を通じて、学習内容について理解を深めると同時に実践的な能力を育成する方法であり、ここ数年日本でも取り組みが増えてきました。
前回の号外では看護教育とデザイン教育の、2大学における事例報告をご案内しましたが、工学教育の事例もご紹介できることになりましたので、スケジュール変更を兼ねまして、お知らせいたします。
今回のBEAT Seminarでは社会で活躍できる人材を育成するためにプロジェクト学習を行っている大学の教員をお招きし、プロジェクト学習の成功の鍵について議論したいと考えています。
みなさまのご参加をお待ちしております。