「ゲームを教育現場に利用しよう」というアイデアが近年注目されています。教育業界では、古くは「エデュテインメント」、さらには「Constructionisim in play」など、様々な関連概念が、これまで主張されてきました。最近は、シリアスゲームという概念で、様々な教育用ゲームが開発されています。
シリアスゲームは、これまでのゲームとは何が違うのか。そして、そこにはどのような可能性が開けているのか。
「流行としてのゲーム」に流されず、その本質を見極める「慎重さ」と、それでいて、よいところは教育に積極的に活かす「貪欲さ」をあわせもつことが重要かもしれません。
今回の公開研究会のテーマでは、シリアスゲームの現状と課題、ゲームの教育利用事例などについてのお話を伺いました。
シリアスゲームとは、教育をはじめとする社会の諸領域(政治、医療・健康、公共教育、学校教育、企業内教育、社会教育、軍事ビジネスなど)における、教育・学習、コミュニケーションの諸問題解決のために利用される、デジタルゲームである。
以上のように、範囲のとらえ方は様々であり、主体によって異なる。
利用意図なし | 利用意図あり | |
開発意図なし | 一般的なゲーム | シリアスゲームプロジェクト |
開発意図あり | シリアスゲームの娯楽的利用 | シリアスゲーム |
シリアスゲームというコンセプトによって、これまでに連携がなかったユーザー、スポンサー、研究者、開発者、教育者のコミュニティが集結され、ノウハウの共有や人的交流が促進されている。
Social Impact Games: ジャンル別に200以上のシリアスゲームの事例を集積
http://www.socialimpactgames.com/
注:これらは分野別にどのようなゲームが開発されているかを示すものであり、必ずしも優れたシリアスゲームデザインの例として取り上げているものではない。
クライアント・スポンサーがリアルな課題を教育機関に提案し、開発者予備軍である学生にコース課題として出題することによって、問題に対応したシリアスゲームの提案をするコースプロジェクト型、またはコンペ型の開発体制が考えられる。
eラーニング | MMOG | |
学習環境 | 単線的、学習者は同じプロセスをたどる | 非単線的、学習者が興味やレベルに合わせて選択 |
学習環境デザイン | 提供者側がコントロール、学習者側は受動的 | 学習者が提供者へ改善提案する仕組み |
学習スタイル | 提供者側が用意した教材を指示に従って利用 | 共同作業、アート制作やイベントなど、プレイヤーの自由度高い |
インストラクター | 提供者=教える側 参加者=学ぶ側 |
その知識に長けたプレイヤー(参加者間の相互学習) |
コミュニティ運営、 ファシリテーション |
インストラクターやTAなど主に提供者側 | プレイヤーコミュニティの先輩や上級者(提供者側はお膳立てのみ) |
一昨年、個人情報保護法施行に伴い、その教育のためにeラーニングが多くの企業で使われるようになった。同じ教育を一斉に受けさせることができ、しかも低コストだからである。確かにeラーニングのメリットは生きているが、そのフォーカスが質的な面より量的な面に当てられていることを危惧している。そこで、質を追求することによるeラーニングの付加価値向上を目的に、シミュレーション型の「TARA-REBA eラーニング」を開発した。
企業内教育を考えた場合、企業内には学習理論に精通した人がいないので、いくら「インストラクショナル・デザインできちんと作ったコンテンツです」と言っても理解してもらえない。実物がないことには「ページ単価いくら」といった世界からの脱却は不可能である。
SDWSではプロトタイプの教材を作ることを目的としている。それによって、新しい教育工学の知見に基づくe-learningコンテンツを開発することによる、産能ブランドの向上を目指している。受講者数やコース数といった量的認知ではなく、質的認知によるブランド力向上を目指す。また、個々のスタッフの属人的な力量ではなく、組織として質の高いコンテンツを継続的に開発できる体制を築くことを目的としている。
(TARA-REBA eラーニングの概要については下記サイトをご覧ください。
http://www.hj.sanno.ac.jp/elearning/tarareba/)
「TARA-REBA eラーニング」では、主人公の田中さんがアジア最大のeラーニングイベントである「eラーニングJAPAN」の出展準備プロジェクトのマネジャーを任される所から物語が始まる。展示会当日までに発生する苦難の数々、eラーニングJAPAN展示会出展に向けてのプロジェクトをまとめて推進していくことが彼のミッション(使命)である。学習者は、主人公の田中さんに成り代わって学習を進めていくうちに、プロジェクトマネジメントに必要な知識とスキルについての理解を深めることができる。
「私だったらこうするのに」、「ああすればよかったのに」と試行錯誤をしながら学ぶのが「TARA-REBA」である。より実践的な内容を学ぶために、ゴールベースドシナリオの手法が用いられている。
最初の「キックオフミーティング」で田中さんはいきなり「総スカン」を食らってしまう「失敗モード」からシナリオが始まる。その後、「あの時こうすればよかった」を実践するための「TARA-REBAモード」で再度「キックオフミーティング」にのぞみ、成功に導くために様々な行動をすることが求められる。そして最後に、「TARA-REBAモード」で学習者がとった行動に対するフィードバックが提示される。
「失敗モード」では上司から展示会に出展するように指示され、その後、「キックオフミーティング」が開かれるが、予算の出所などを質問されても答えられず、会議の参加者が怒って出て行ってしまうところからシナリオが始まる。
「TARA-REBAモード」に入ると、再度上司から展示会への出展の指示をされるところから始まる。「田中ノート」には出展に関する様々な情報が書き込まれていく。また疑問があるときは上司の顔をクリックすると、質問をすることが出来る。質問のタイミングが悪いと怒られるが、タイミングがよいときは有用な情報を引き出すことが出来る。情報を得つつ再度「キックオフミーティング」に臨み、得た情報を用いながら参加者の質問に的確に応えられるかによって、会議が成功するかしないかが左右される。
フィードバックでは、全体をAからCの3段階で評価され、総括が表示される。上司が再び登場し、学習のアドバイスをくれる。
続いて、会場から寄せられた質問をもとにディスカッションが行われました。
まずは、ディスカッションから登壇された弦川氏に株式会社SGラボの紹介をしていただきました。
弦川:SGラボは、スクウェア・エニックスと学習研究社が、学びと遊びの融合を目指し、業務提携をして設立したものです。学習研究社の学習のノウハウと、スクウェア・エニックスのゲームの表現力で、難しいことを子供たちに、わかりやすく楽しく学んでもらおうと考えています。SGラボの「SG」には、スクウェア・エニックスと学習研究社の頭文字という意味もありますが、「Serious Game」の意味もかけています。
藤本:シリアスゲームもエデュテインメントも「教育にゲームを利用する」というコンセプトは共通しています。
シリアスゲームでは、教育にゲーム業界が積極的に参加しているという点が新しいと考えます。シミュレーションゲームはシリアスゲームの中に含まれていますし、エンターテインメントゲームも技法はシリアスゲームで利用されています。
シリアスゲームは、シミュレーションゲームやエンターテインメントゲームといったゲームの形態ではなく、ゲームを具体的な問題に対して使用するという「コンセプト」を指しています。
藤本:一つわかりやすい例は、「ダンスダンスレボリューション」がウェスト・バージニア州の全中学校に導入され、体育の授業で使われています。他にもアメリカやヨーロッパでシリアスゲームが教育に取り入れられている例があります。
藤本:シリアスゲームの世界でも評価については注目されています。シリアスゲームでは従来の教育評価で行われているプレ・ポストテストなどの評価方法がが用いられています。また、ゲームはログが残るので、そのログを解析する手法がこれから開発されていくと思います。
藤本:当初はどうやって収益を上げるかが課題でしたが、最近は有効なビジネスモデルが出てきました。例えば、ゲームを制作している会社が、既存のゲームのエンジンやグラフィックを流用することにより、低コストでエンターテインメントゲーム並みのクオリティを実現することが可能になりました。現状では企業や財団、公的機関などがスポンサーとなって開発され、無料で公開することによって何らかの啓蒙的な効果を得ることを目的としているものが多いです。
藤本:学習の中でゲームをどのように位置づけるかということが問題です。書くとか話すと言ったことは、技術的な制約で難しいので、全てをゲームでやるのではなく、ゲームが得意な部分を分担させるのが適切だと考えます。また、教育がリーチ出来なかった人々にゲームがリーチ出来ればと考えています。
弦川:ゲームに「はまる」子供はたくさんいます。そのような「はまらせる」技術に関して、ゲームメーカーは非常に長けています。その特性を生かせればと考えます。また目的を絞れば、ゲームをきっかけに、ゴミの分別などの日常習慣を身につけさせるといったことが可能だと思います。
古賀:エデュテインメントについて否定的な本も出ています。(クリフォード ストール『コンピュータが子供たちをダメにする』草思社2001/11)。この本では、コンピュータの楽しい勉強だけでは自分の頭で考え批評する能力の養成がおろそかになるといったことが書かれています。しかし、私の考えとしては藤本さんのおっしゃるとおり、ゲームのメリットが生きる部分でゲームを用いればよいのであって、それによって学びのきっかけができれば良いと思います。先程、民族紛争に関するシリアスゲームの例がありましたが、ゲームだけでダルフールでの民族紛争の全てを学ばせようとは考えていないはずです。
古賀:ゴールベースドシナリオとは、Roger C. Schankが提唱する学習理論です。学習者は現実場面を題材としたシミュレーション教材の中で、与えられた目標(ゴール)の達成に向け、試行錯誤を繰り返し、そのプロセスで必要なスキルや知識を習得していくものです。しかしながら、ゴールベースドシナリオが明確に用いられている教材の実例が少なく、その実態をつかむことが難しいのは確かです。
古賀:学習効果の評価はこれからです。これからWebに公開して、皆様のご意見を聞いていこうとしているところです。今回の「TARA-REBA eラーニング」では会プロジェクトを開始する前にはきちんとその目的と目標を明確にしなさい、というメッセージしかないのですが、これをきっかけにプロジェクトマネジメントについて学んでみようと思わせることが出来れば、このコンテンツは成功だと考えています。
古賀:「TARA-REBA」に限らず企業内教育というのは、そこで学んだことが使われて実際にパフォーマンスを生み出すことが大切だと思います。例えば今回の場合は、使った人がプロジェクトを始める前に目標を設定するようになることがゴールだと思いますが、現実的な評価はまだの段階です。
弦川:ゲームをやりすぎるとどうにかなるという思い込みがあるようですが、ここ10年間、親子にゲームに関する調査を行った結果、ゲームに対する理解は非常によくなってきています。また、文部科学省主導で、小学校にパソコンが導入され1人1台の普及が実現して、次はコンテンツを普及させようという流れになっています。そういった意味では今、eラーニングやシリアスゲームには追い風が吹いていると思っています。
藤本:モチベーションを持たせることや、夢中にさせることについて、ゲームはテクノロジーとして最も発達しています。また、疑似体験を通して問題のコンテクストにユーザーを入り込ませることが出来ることもゲームを使用するメリットです。
弦川:ゲームは子供だけでなく人間が本質的におもしろいと感じるものだと思うので、それが教育的な内容に生かせればいいと考えています。
古賀:ゲームを学習の動機付けのツールとして考えています。学習には、始める動機と、継続する動機の両方が考えられますが、我々はゲームを、始める動機付けのツールとして考えています。教育全てをゲームにするのは技術的にもコスト的にも厳しいのもその一因です。
中原:シリアスゲームでは、藤本さんが話されたように、教育者や研究者、ゲーム開発者など、様々なエージェントが手を組んでいるという状況はエデュテインメントの時代にはなかったことだと思います。大学が何かできる可能性があるのではと感じました。本日はありがとうございました。
「シリアスゲーム」は現在、欧米を中心として、有名な団体や企業がWebでシリアスゲームのコンテンツを公開していることなどからわかるように、非常に注目されている分野となっています。「シリアスゲーム」の鍵となるのは、あらゆることをゲーム仕立てで学ばせるのではなく、どのように学びのきっかけを作るか、どのように学びの世界に子どもを引き込むのか、というところにありそうです。