今年度のbeat seminarでは、歴史的に著名なマルチメディア教材のレビューを行うということがBEATフェローの山内助教授によって発表されました。歴代のマルチメディア教材を現在での教育研究的課題に照らして改めて価値を見出し、また同様に失敗点を検討することで、新たな教材作りにいかすことを目的としています。なお、今年度のセミナーの成果は「デジタル教材の系譜・学びを支えるテクノロジー」として出版される予定です。
その第1回となる今回は、山内助教授により世界初のマルチメディア教材である「ミミ号の航海」のレビューが行われました。
ミミ号の航海とは、1984年にアメリカで発売された世界で初めてのマルチメディア教材である。
パッケージの内容は、以下の通りである。
小学生のC.T.が船長である祖父、科学者、中学生、高校生と帆船ミミ号で航海する中で、様々なことを学んでいくドラマ。たとえば、船の速度計が故障したためにパン切れを海に流して速度を算出する、鯨と遭遇した際に尾の模様をコンピュータに入力することにより鯨の種類を特定する、三角測量をする、飲み水を確保するシーンなどが含まれる。
ドラマの登場人物が、ドラマの中で行った問題解決について研究者から様々な指導を受けながら、より掘り下げた実験を行う。ここでは、登場人物はドラマでの役名ではなく、本名で登場することから、EpisodeとExpeditionを分離している意図が伺える。スミソニアン博物館に行き、鯨の専門家に話を聞いたり、実際に専門家を交えて海水を淡水化する装置などを制作するシーンが含まれる。
コンピュータソフトウェアはApple IIで動作する。ソフトウェア構成は以下の通りである。
教師用ガイドには、教師がビデオを見た後にどのような質問を投げかけるかということが書かれている。授業をすべてアレンジしなければならない日本と違って、アメリカではこのような教材キットが一般的である。
「ミミ号の航海」はバンクストリート教育大学という実験的な大学のプロジェクトとして開発された。プロデューサーは、「セサミストリート」の最初のプロデューサーでもあるサミュエル・ギボンである。「セサミストリート」は膨大な国費を投入し、現場と研究者を融合して制作されたという経緯があり、その性質は「ミミ号の航海」にも受け継がれている。当時アメリカの社会的な背景として科学教育の衰退があり、すぐれた教材が求められていた。「ミミ号の航海」には264万ドルの国費が投入されたが、実際かけた費用はそれ以上ともいわれている。このプロジェクトの発端は数学と科学のカリキュラムの統合にある。科学の文脈の中で数学的な手法を学ぶことを目指し、一般の教員が使えることを目標とした。
5年生での利用が最も多く、「ミミ号の航海」を利用した教員の57%が担任で、残り43%が理科教員だった。利用した教員の90%がコンピュータ経験豊富な教員であったが、そのほとんどが「ミミ号の航海」の導入を自分で決定した者ではなかった。よって、その半数が外部の研修を利用している。研修は35時間であり、そのうち12時間が背景にある哲学・教育学に当てられ、もっとも時間が割かれている。
「ミミ号の航海」を用いた授業において、55%をビデオ、25%を印刷教材、10%をコンピュータ教材という時間配分で利用された。利用した教員のうち95%が、「ミミ号の航海」を教材として高く評価している。
第2作目は実現したが、第3作目に関しては計画はあったものの、予算を獲得できずに実現しなかった。その理由として、アメリカで民主党から共和党への政権交代があり教育省に変化があったことがあげられている。
また、総括的評価の欠如も理由として指摘されている。
総括的評価が欠如そのした理由には、このような教材の定量的な評価方法が確立されていなかったことが考えられる。この失敗を反省し、この後に続いたプロジェクトでは総括的評価に注力している。「ミミ号の航海」プロジェクトは存続していないが、現在でもテレビで放映され、教材として用いられている。
前半終了後、後半ではその場で選ばれた3名のパネラーによってラウンドテーブルが組まれ、ディスカッションや会場からの質問への回答が行われました。パネラーとして選ばれた3名は、東京大学講師でbeatフェローの中原淳氏、株式会社十辺舎代表取締役社長の五藤博義氏、株式会社東京海上日動HRA研究員で企業内教育の研究をされている北村士朗氏です。
まず、映像の完成度の高さにより、「状況」がよく作られていることについて言及された。しかし、その過度な映像の完成度の高さが、コンピュータソフトウエアの影を薄めてしまっているのではないかという指摘が会場から提示された。五藤氏はその原因の一つとして、当時コンピュータハードウエアの性能がまだ未熟なものであったため、映像にいろいろな機能を盛り込まざるを得なかったことを指摘した。
続いて中原氏から、この種の教材の「転移可能性問題」についてのコメントが行われた。転移可能性問題とは、ある教材で得た知識が他の文脈に適応可能かどうか、という問題である。「ミミ号の航海」ではあらゆる知識が内包されているが、ここで得られた知識は帆船ミミ号上の出来事という文脈に依存している可能性があり、他の文脈への応用がどれだけ可能かという点に関して未知数である。
「『ミミ号の航海』では評価が満足に行われなかったことが述べられたが、もし今評価するなら、どのような評価が考えられるか」という質問が会場から投げられた。パネラーからは、進歩的な教材には進歩的な評価が必要と思いこむ傾向があるが、たとえ進歩的な教材であってもプレ=ポストのようなトラディショナルな評価が必要であるということが指摘された。そこで、山内助教授からは、新しい教材などで採用される新しいメソッドは、目標が高次の思考力やコミュニケーション能力だったりすることが多く、これにはトラディショナルなプレ=ポストが使えないがどうしたらよいか、という質問がパネラーに投げかけられた。この問いに対して、測りたいことを作業レベルまでブレイクダウンしていくことによって評価が可能になることもあると中原氏はコメントした。
終盤、話題はゲートキーパー問題へ移った。教師が教材を採用しなければ良い教材も使われない、という問題をゲートキーパー問題という。ゲートキーパー問題をどう解決するかについて議論がなされた。北村氏は、教材の効能が十分に教師などに伝えられることが重要であると指摘した。
また、「デジタル教材単体だとなかなか売り上げが出ない、たとえばデジタル教材と書籍を組み合わせると売れるが、デジタル教材単体では売れない。どうしたらビジネスとして持続可能な教材が可能になるか」という質問が会場からなされた。北村氏は、デジタル教材だけでは内容がその場で見ることができないため、消費者が購入の際に不安を覚えるが、紙などの印刷媒体を組み合わせることで、その不安要素を補完することによって売り上げが伸びるのではないかとコメントした。
今回のセミナーではマルチメディア教材の元祖である「ミミ号の航海」が取り上げられました。この教材の持つ特長は、現在の科学教育の方法における課題に対しても非常に示唆に富んでいることがわかりました。またこのような大規模な教材開発・実施の成功のためには、政治から予算、現場の教師と研究者の関係、テクノロジー、評価など、様々な要因が複合的に絡み合っていることを実感しました。
次回の開催は5月7日(土)が予定されています。皆様の参加をお待ちしております。