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0. 趣旨説明

インターネットとマルチメディアテクノロジーの普及によって、教育テクノロジーや教材の公開が推進されています。しかし、これらの教育資産のオープン化が、グローバルな「教育的な知識や経験の共有と蓄積」やローカルな「教えと学びの質的な改善やイノベーション」に真に寄与するためには、「私たち一人一人が、自由に教え合い、学び合うことを支援する新たな知的環境」の構築が不可欠です。

今回のBEAT Seminarでは、世界的な広がりをみせるオープンエデュケーション・ムーブメントを様々な視点から検証し、「テクノロジーが教育の文化やシステムの変革をどのように促進できるか」という可能性を探ります。

パネラーとして、MIT上級副学部長のVijay Kumarさん、カーネギー財団の飯吉透さん (飯吉さんはBEATの客員教授でもいらっしゃいます。)をお迎えし、学習管理システムや教育コンテンツを中心に進んできた教育のオープン化の流れが、今後どのような方向に進んでいくかという情報提供をしてもらいました。

発表資料はこちら(031_1-kumar.pdf、20MB)

1. はじめに

Dr. Vijay Kumar オープンエデュケーションはさまざまな問題が関わってくるテーマである。よって、今回は私の仕事の内容や経験の話を軸としながら、オープンエデュケーションの全体像を踏まえていただきたいと考えている。
まず、私の役職は、MITの上級副学部長であり、学内のエデュケーショナル・イノベーション&テクノロジー・オフィスのディレクターを務めている。私の役目は、技術をどう教育に活かしていくのか、どうやってその戦略を描いていくのかに尽きる。
私は、教育において技術をどう活かしていくべきか常々考えてきた。昨今では、インド国家知識委員会の顧問を務めるようになり、そこでもさらに興味深い経験をしている。インドには質の高い教育を施すことに大きなニーズがあるが、人口の多さに対応するために、教育自体をどうスケールアップしていくのか、さまざまな議論が展開している。
その他、途上国における技術イノベーションのプランニングの仕事や、MITにおける教育技術審議会の事務局長的役割も担っている。そこでは技術を教育で活かすための企画立案・戦略づくりにも関わっている。また、OCW(Open Course Ware)イニシアティブにもアドバイザーとして関わっている。マイクロソフト・リサーチとは、iCampusというプロジェクトに取り組んでいる。

2. メッセージとキーワード

ここに、2つの大きなメッセージを示しておきたいと思う。
第一のメッセージは、オープンエデュケーションは、ネットワークを介することによって、人々に大きな「機会(opportunities)を与えた」ということ。「機会を与えた」という場合に、確かに数多くのさまざまな教育リソースがもたらされたということも大事だが、それよりもさらに次の3つについて述べたい。

  1. ブレンデッド・ラーニング(Blended Learning)
    ブレンデッド・ラーニングが意味するところは、一方で物理的空間世界があり、もう一方にバーチャルな世界があり、それらをネットワークを介して知的に統合することである。
  2. 社会的に構築される知識(Socially Constructed Knowledge)
    研究の世界と学習の世界は一見すると別世界に見えるが、すでに境界が曖昧になって、どちらにいても交流が可能になっている。こうした社会的な相互交流によって構築される知識の重要性。
  3. ボーダーレス教育(Borderless Education)
    セカンドライフに代表されるように高度なネットワーク技術を介して、物理的なものと仮想的なもの、また地理的にも政治的にも、さらには学術分野間についても、境界がなくなってきている。ネットワークを介したオープンな教育は、様々なものを超越するということ。

Dr. Vijay Kumar つまりネットワークを介するとオープンエデュケーションが可能になり、いろいろな未来が広がってくるというのが第一のメッセージである。

第二のメッセージは問いかけであるが、「高等教育に関わる従事者として準備はできているか?」ということである。オープンエデュケーションを使いこなす準備ができているのか、もし準備ができていないとすれば、どうやってその力をつけるのかが問われている。

3. 2つのトレンド

私たちが目指す教育が、進歩したオープンな教育だとして、それに影響を与える2つのトレンドについて考えてみたい。第一が「オープン性」(Open)、第二が「集団性」(Collectivity)である。

第一のトレンド:オープン性

第一のトレンドである「オープン性」については、「オープンなアーキテクチャ」と「オープンなスタンダード」と「オープンなシステム」が、「オープンなコンテンツ」と「オープンなツール」を伴って、「オープンなアクセスと機会」をもたらすというのが全体の構図である。
たとえばMITでは、2000もの科目を用意してオープンコースウェア(OCW)の取組みを開始し、社会的にも大きなインパクトを与えた。そこからMIT-OCW以外の動きも現れ、それぞれがオープンを目指して活動している。

第二のトレンド:集団性

教育におけるオープン・イノベーション 第二のトレンド「集団性」は、社会的ネットワークができることで、WikiやBlog、SharedBookmark、Flickrなどのユーザーも増え、参加協調型実践が続いている。つまり、コンテンツを作る側や、頒布する側が関わることで、ナレッジエコノミーを世界的につくるという社会的インパクトを与えている。
WikiやBlogといったネットワーク上のツールが増えたことにより、一旦分散化していた社会が集まり、コラボレーションすることができるようになった。集団的に共有されたリソースや、ボトムアップ的に教育に必要なナレッジを作り出すようになったことが、新たなフェーズであると考えられる。
つまり、ローカルなコミュニティがコンテンツを作るということで、お互いに協力し合うようになった。分散化した社会が、またここにきてお互いに集団で参加し、リソースを共有して知識を拡げましょうといった動きである。
また、法律的な動きとしては、「クリエイティブコモンズ」が有名であり、そのようないろいろな具現化要素が出てきている。
音楽の世界では「リミックス」というものが出てきているが、コンテンツの世界でも可能になってきたということである。
さらに、集団性は必ずしもネットワーク上で実現されるばかりではないことも付け加えておきたい。MITのデザインコースではタブレットPCで「PREP」と呼ばれるソフトを使い協調型の授業が行なわれている。MITのTEALや東京大学のKALSと似ている。他にも「マジックペーパー」というソフトが協調学習に役立てられている。

4. MITにおける3つの事例

ここでは、MITにおける3つの取組み事例をご紹介したい。

Case1:オンライン実験室(iLab)

教育におけるオープン・イノベーション iLabは、世界中の人々がインターネットを介して現実の実験室にアクセスできるというものである。シミュレーションではなく、本物の実験が可能である。
シンガポールやスウェーデン、インドなど各地に散在している学生がネットワークを組み、分析や実験が可能となっている。iLabはリッチな実験環境を提供することが目的であり、教室での講義と実験室での実験との乖離を、ネットワークを介して埋めようという試みである。
iLabは、24時間週365日アクセスすることができる。世界中のいろんな研究所やいろんな人たちがアクセスをして実験をしている。
これは、オープン性とコラボレーション(集団性)を一番いい形で具現化している例であろう。世界中でiLabのようなものをつくることは可能であり、中国にも実験室ができている。世界中に実験室がつくれて、世界中からアクセスできることこそに価値があるといえる。

Case2: オープン・コース・ウェア(MIT-OCW)

MITのOCW(オープン・コース・ウェア)は、MITの講義で使用している全ての教育リソースを公開しようといる取組みである。
MITの学生はもちろん、 学外の人で自習している例も多く、 ありとあらゆる人たちが利用しており、ヒット数は毎日何百万にも達するレベルである。
使い勝手のよい教材であることから、教員が活用することもできるが、学習者が利用することもできるのである。使い方もユーザーによって千差万別である。たとえばMIT-OCWをオーストラリアの先生が利用した事例や、ナイジェリアの学生が利用する事例もある。
OCWは、教材の技術や生産方法を共有することで、一大ムーブメントになっている。OCWコンソーシアムが立ち上がり、現在のところ150に及ぶ機関が活動している。
また、技術革新が続いており、講演記録をベースとして自然言語による検索が可能となって、求めている論文にアクセスできる。 言語の翻訳という点では、スペイン語やポルトガル語、中国語への翻訳事例があり、教育のニーズに乗っ取って使えるようにもなってきた。

Case3:オープン・ナレッジ・イニシアティブ(Open Knowledge Initiative)

教育におけるオープン・イノベーション OKI(Open Knowledge Initiative)は、教育用のソフトウェアの「技術枠組み」(テクノロジー・フレームワーク)を開発して提供している。これによって蓄積されたデータ・リポジトリーを様々なソフトから共通して利用することができるようになる。
オープンなツールの活用を実現するためには、特定の企業や特定の技術に縛られず、世の中のいろいろなツールやコンテンツを組み合わせて使えるようにしていく必要がある。OKIが提案する枠組みに乗っ取ってつくられたツールやサービスがいろいろ提供されており、これらは相互に利用することができる。

5. 機関・国家レベルの取組み

教育におけるオープン・イノベーション 最後に、MITの戦略と、国家のお話としてインドの動きについて触れておきたい。
MIT教育技術審議会(Council on Education Technology)の主な目的は、アクティブ・ラーニングを推進し、共通意識を保ち、機関間コラボレーションの新しいモデルを模索しながら、大学コミュニティを拡張していくことである。
そのために、マス講義を超えた革新的な学習環境の実現や、革新力に富んだコンテンツを使ってインテレクチュアルなコモンズをつくったり、新しい方法や技術を使った大学間のコミュニティづくりに注力していきたいと考えている。
インドでは、ネット・ベースのオープンエデュケーションが大きな役割を担うと考えられている。そして現在、第11次5カ年計画が出され、向こう10年間で新たに14の大学がつくられることが規定されている。そのための知識インフラを準備するために、良質なコンテンツが多く必要になる。しかし、全てをゼロから用意することはとても難しい。そこで、オープンエデュケーションの概念が有効になり、オンラインを介した質の高い教育がインドで使えるのではないかと考えている。

インドでは、2010年までの人口の50%が25歳以下という若年層の比率が高い。だからこそ教育リソースに対するニーズは高く、ナレッジエコノミーに参加するポテンシャルを持っている国だといえる。
ただし、学生育成のためには、教員の育成も大事になってくる。インドではさまざまな戦略が検討されているが、特にPPP(官民パートナーシップ)によって、それを介して様々な特定分野において協力できるだろうと考えられている。

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