東京大学 エドテック連携研究機構 生成AIと教育環境研究プロジェクト(GENEE)
003 2023.10.09

生成AI時代の情報教育AIリテラシー・情報活用能力・プログラミング教育の未来

東京大学 GENEE 生成AI時代の情報教育:AIリテラシー・情報活用能力・プログラミング教育の未来
東京大学 本郷キャンパス 情報学環・福武ホール(ハイブリッド開催)
主催:東京大学 エドテック連携研究機構 生成系AIと教育環境研究プロジェクト(GENEE)

開会のあいさつ AIリテラシーをどのように身につけるか

東京大学 GENEE 萩谷昌己
萩谷昌己 東京大学 Beyond AI 研究推進機構 機構長

ドュリー・ロング氏は「What is AI literacy?」という論文で、AIリテラシーを「個人が批判的にAI技術を評価する能力のセット」と定義しています。具体的にはAIとコミュニケーションを取りながら、効果的に共同作業を行う、もしくは、AIをオンラインツールとして家庭および仕事で活用する、そういった目標に照らして、AI技術を評価する能力のセットと定義しています。また、17のコンピテンシーも定義しており、AIの倫理や社会への影響、強いAIと弱いAIの理解など、幅広い知識が必要であるとしました。

私自身、情報教育の分野で活動しており、生成AIの時代の到来により、AIリテラシーをどうやって子どもたちが身につけていくかという点が私の最大の関心です。高等学校の情報Ⅰの教科書にはすでにAI関連の内容が含まれていますが、十分ではありません。

これからの情報教育にとってAIの課題はやはり生成AIです。生成AIは専門家でさえ完全には理解しきれていない状況で、情報教育にどう取り込むかが大きな課題です。生成AIの技術が発展し続ける中で、AIリテラシーの教育内容も変わっていく必要があり、これには最先端の研究者と教育者の協力が欠かせないのではないでしょうか。

話題提供1 生成AI時代に対応した情報活用能力

東京大学 GENEE 堀田龍也
堀田龍也 東北大学大学院情報科学研究科 教授 / 東京学芸大学大学院教育学研究科 教授

小学校での生成AIの利用について、NHKでも取り上げられた東京学芸大学附属小金井小学校の鈴木秀樹教諭の実践例を紹介します。4年生の国語の授業で、宿泊学習でお世話になった方へのお礼の手紙の書き方を学びました。AIからは子供たちにも理解しやすい言葉で適切なアドバイスがあり、子供たちは驚きましたが、具体的な体験や事件についてはAIからは回答が得られませんでした。結果として子供たちは、自分たちしかできないことがあることに気づいたという実践です。

AIの回答が非常にリアルなため、子どもたちはAIを人格を持つものと捉えることがあります。これを警鐘として捉え、子供たちにAIの仕組みと人工的なものであることを教える必要があると考えています。また発達段階に合わせた教育が、今後のカリキュラム上の課題としても提起されています。

文部科学省も、この生成AIについて7月4日付けでガイドラインを出しています。実はこのガイドラインはまだ“暫定的“なものです。文部科学省が出すもので、“暫定的な“というのはあまり前例がありません。

ガイドラインの内容としては、生成AIを学習指導要領で位置づけている情報活用能力の一環として捉え、私たちにとって必要な知識やスキルの一部であると位置づけています。そして、生成AIを単に利用するだけでなく、その仕組みや適切な使用方法、社会への応用について議論すべきだとしています。

また生成AIの使用に関して、年齢制限、効果の不確かさ、著作権の問題、個人情報の取り扱いなど懸念されているところもあります。そのため当面は生成AIの利用を限定的に行い、一部の学校でパイロットプロジェクトを実施して、慎重な活用を踏まえて検討を進める仕組みを作っています。過去にはインターネットでの検索に対しても同様の警戒心がありましたが、検索を上手に行うことは小学校段階から身に付けるべきこととして指導されており、生成AIも将来的には同じような道を辿る可能性はあると思います。

話題提供2 AIリテラシーとELSI志向PBL

東京大学 GENEE 美馬のゆり
美馬のゆり 公立はこだて未来大学システム情報科学部 教授 / NPO法人学び足しデザイン工房 代表

PBLとはグループで協働して、実社会に生じる問題に取り組む学習方法ですが、普及すればするほど課題が見えてきました。例えば、グローバルな課題への意識というのがあまり出てこなかったり、持続可能な視点が検討されていなかったり、有益な側面だけを強調して、負の側面が検討されていないというようなことが出てきました。

そのような課題を解決するために私が提案しているのが、ELSI(Ethical, Legal, and Social Issues; 倫理的、法的、社会的課題)志向PBLというものです。ELSIは、元々はゲノム解析プロジェクトで出てきた考え方です。ゲノム解析は科学技術としては実現可能になったけれども、その成果を社会へ実装したときに、本当にこれは問題がないのかということです。このような先端科学技術のはらむ問題を考えるときにELSIを考えましょう、ということが、世界中で広がっています。
ELSI志向PBLとは、PBLにおける問題の特定、リサーチ、解決策の開発などの各プロセスにおいて、ELSI的視点を導入しようという手法です。

私が代表を務めるNPO法人学び足しデザイン工房では、AIリテラシーを向上させるためにELSIの視点を入れた教材を開発し、無償で提供しています。

例えば高校生向けでは、森林の伐採と環境保全のバランスを考えさせる問題があります。
「毎年林業者は、木材として伐採される木の本数と環境保全のバランスを保とうとしています。森林の航空写真を使用してこの問題を解決するために、あなたはAIをどのようにデザインしますか。」
この問題には1つの正解はありません。ただ「こういうことを考えてみましたか?」という観点が議論の後に提示されます。AIに樹木の種類を識別させる方法を考える。あるいは、この技術が環境に害を及ぼす可能性はないのか。ある国の人々が、他国の森林を空撮する権利があるのか。この技術は森林火災や絶滅の危機に瀕した動物の検出など、他のことにも利用できないのか、といった観点です。

AI時代のリテラシーを考えた時、課題を発見するのは人間の役割です。そして、もう一つの声、今まで声にならなかった声、弱者の声を聞く、あるいは時には声を発していくということ、AIの仕組みを知り、長所と短所を理解した上でツールとして使いこなす、あるいは情報システムや社会制度をデザインしていく、こういったところに多様な人たちが進出することで、社会をより良い方向に変えていくことができると考えます。

話題提供3 生成AI時代のプログラミング教育つくること・学ぶことの歓びに向かって

東京大学 GENEE 宮島衣瑛
宮島衣瑛 株式会社Innovation Power 代表取締役社長CEO / NPO法人みんなのコード 特任研究員 / 学習院大学大学院

生成AI登場以前の「創造性」について考えた時、アイデアを思いつくことはある程度できる人が多かったのですが、それを実現するまでに非常に大きな時間とコストがかかっていました。そのため最後までやり抜ける人というのはとても少なく、クリエイターと呼ばれる人たちの価値は高いと言われてきました。

しかし生成AIの登場によって、考えたアイデアをAIに作ってもらうことができるようになるため、多くの人が創造するハードルを難なく飛び越えられるようになるでしょう。同じことがプログラミングの世界にも起きていて、人間がやりたいことを思いついたら、生成AIにコードを書いてもらうことができるようになりました。さらにAIが進化すると、コードを生成することもなく、ChatGPTだけで完結するような世界になっていくのではないかと思います。

そのような時代を見据えた上で、ここでぜひ提言したいのが、特に小学校においては、思考力重視から、作ること重視のプログラミング教育というものを推進していく必要があるということです。生成 AI がものを作ってくれたとしても、人間の「つくりたい」という欲求や、そのプロセスで得られる「つくることの歓び」は誰にも奪うことはできないものだと思います。

最後に、生成AI時代の「消費」と「創造性」について考えてみたいと思います。生成AI時代、クリエイターと呼ばれる人たちは、AIを使ってよりおもしろい物をたくさん作っています。また、AIによってアイデアを形にできる中間層は、創造層に移行することができますが、問題は消費しかできない人たちです。何かを作るというような活動を知らないと、AIによって生成されたコンテンツをAIによるレコメンドによって消費する「消費層」としてどんどん固定化されてしまうという問題があります。消費層に留まり続けるのではなく、中間層、創造層に行くための学習や経験が必要であり、そのためには、学校のなかで「創造的態度を育む」ことをどのように実現させていくか考えていく必要があります。

パネルディスカッション 生成AIがもたらす社会課題と解決の方向性

東京大学 GENEE パネルディスカッション 生成AIがもたらす社会課題と解決の方向性
司会
井坪葉奈子 東京大学大学院 情報学環 特任助教
パネラー
堀田龍也、美馬のゆり、宮島衣瑛

Q. 生成AIの仕組みを知らずに小さな子どもたちがAIに触れることについて、先生方が危惧していることはありますか。仕組みを知らずに出力だけをみていると、小さい子どもであれば特に人格を求めてしまうという認識的なズレが起こりそうな気がします。それでも小さい頃から触れておくべきということであれば、その理由もお聞きしたいです。

堀田 東京学芸大学附属小金井小学校の実践に見られるように、子ども達はAIを人格を持つものと感じてしまう、ということを指導する側は知っておく必要があります。一定程度の年齢になればある程度仕組みを教えることで理解できることだと思いますが、仕組みを教える前にいろいろ触ってみることを全部排除するのもまたよくない。一定の年齢になった段階できちんと教える。その前にちょっと触れたり、身近にAIというものがあると感じられるのがよいのかなと思います。
具体的に何歳位ぐらいでどうするというのはまだはっきりしていないので、今後考えていく必要があると思っています。

東京大学 GENEE パネルディスカッション 生成AIがもたらす社会課題と解決の方向性

宮島 千葉県の小学校で行った実践の場合は、相当口うるさく、これはAIが生成しているもので人とは違うということを、子どもに対してだいぶ意識的に言っていました。ですので、イライザ効果のようなことが出てこなかっただろうと思います。

また、生成AIはブームのなかで、とりあえず一回生成AIを使った授業をやってみたいという教師が増えています。しかし、そのような授業はだいたい一回限りの「体験してみよう」という内容なので、自分でプロンプトを工夫する機会が少なくなってしまいます。ですから、人間の側が適当なプロンプトを投げると、AIも適当なことを返すんですよね。実際は使い手側の工夫の問題なので、AIを使う場合は、プロンプトの工夫なども含めて深くやっていかないと、生成AIの性能を勝手に低く見積もってしまうというところも問題なのかなと最近思っています。

東京大学 GENEE パネルディスカッション 生成AIがもたらす社会課題と解決の方向性

美馬 今年の1月に、アメリカのワシントンDCでThe AI Education Summitが開催され、参加しました。そこで「21世紀型スキルや Digital literacy に対する概念は、どのように変化するか?」など、教育関係者への問いがあり、議論したんですが、結局答えは出ないですよね。だからそのサミットではこれから何をすればよいのか一緒に考えていきましょうというのが結論でした。というわけで、今は誰も答えは持っていないかもしれません。

Q. 生成AIが出てきた時代、今後もこれらを変革するようなテクノロジーが出てくることが想定される時代に、特定のツールの仕組みや利活用の場面の理解だけではなく、それを利活用するために人に必要となる汎用的な基盤となるような情報活用能力とは何か、それぞれの先生のお立場からご意見をお聞きできればと思います。

美馬 そういったものを考えるときはまず、そもそも私たちはどんな世界になったら幸せなのか、何を私たちは望んでいるのか、という少し長期的なところから考える必要があると思います。SFであるように、ずっと家にいながら栄養補給され、ゲームをし続けることが幸せであるのか。私たちは決してそれを望んでいませんよね。そうすると、じゃあどういうことをやっていきたいか。ものを創っていく、何か表現したい、あるいは誰かの役に立ちたい。といったところが残ってくるのではないか。その時にどういう力が必要なのかを考えていくと、出てくるんじゃないでしょうか。

東京大学 GENEE パネルディスカッション 生成AIがもたらす社会課題と解決の方向性

宮島 生成AIが出てきた時に思ったことは、面白がってChatGPTや画像生成AIで色々な画像を作ったり、遊び心に突き動かされている一部の人たちは、やはりどんな時代であろうと、色々なことを面白がって創造的であり続けるんだなと改めて思いました。そういったマインドセットを持っていることが大事なんじゃないかな、というふうに思っています。そしてそれは、大人より子どものほうがまだ持っている、ということもあるかもしれません。

堀田 教育とは何か、教えるとは何か、教師とは何か、みたいなことが非常に突きつけられているんだと思います。そういう議論まで社会的に高まらないと、これからの教育制度を「だからこう変えましょう」みたいな話にはなかなかならない。「根底から議論しないといけない話」ということが社会的な空気になるといいなと思っています。

閉会の挨拶

東京大学 GENEE 山内祐平
萩谷昌己

ELSI志向PBLのお話を伺って、私たち研究者だけでなく、社会の課題解決に関与する全ての人がELSIを考慮すべきであると再認識しました。また、この考え方を初等・中等教育にも取り入れることの重要性を感じました。
また、AIリテラシーに関して副教材が欲しいと感じておりましたが、「NPO法人学び足しデザイン工房」「みんなのコード」でも教材が公開されているとのことで、ぜひそのあたりを期待しております。
どんな技術にも対応できる汎用的情報活用能力や教育の本質についての議論も、非常に興味深いものでした。
生成AIがどうやって自然言語を理解しているかというところは、おそらくまだ謎のままではないかと思います。そこはもう少し研究が必要で、もっと万人が納得できるような理解というものが求められていると思います。
今後もAI教育の分野が発展していくことを祈念しております。