未来の教育環境を創る生成系AIへの対応と展望
主催:東京大学 エドテック連携研究機構 生成系AIと教育環境研究プロジェクト(GENEE)
開会のあいさつ 生成系AIに対する東京大学の対応
現在、生成系AI、特に対話型テキストを生成するChatGPTなどのサービスが急速に発達しています。本学では、1月中旬の情報システム本部長定例会議において「これはコロナの時のように急速な影響が出てくる可能性がある。プロアクティブな対応が必要」ということで議論をし、4月3日に本学のサイトにおいて、ガイドラインを発表しました。
本学では、生成系AIを積極的に利用することを推奨している一方で、さまざまな課題もあると考えております。たとえば、得られた結果を鵜呑みにせず、信憑性を吟味する能力が求められますし、より信憑性の高い情報を得るためには、一次情報に向かって深く探究する必要があります。これらはインターネット検索においても同様ですが、「調査の基本」を改めて考えることが重要になります。
一方で、生成系AIが学生自身の学びのサポートをすることは間違いありません。自己学習において、適切な問いをAIに投げかけてAIと対話をすることは、自らの思考・探究の方法論として重要になってくるでしょう。また、ブレインストーミングやプレゼンテーションの壁打ち相手としても有効だと思います。
より具体的には、言語系生成AIへのプロンプト(AIへの指示)の提示法を工夫し、自身が求めるものに最も近い回答を得るための技術を調べる授業や、言語系生成AIの回答の間違いや限界点を見つけるといった授業などが考えられます。創造的に新たな大学教育の方向性を見出していくことが必要です。
基調講演 生成系AIの仕組みとその可能性
実は、2018年頃から自然言語処理の精度は急速に向上しており、2020年にGPT-3が登場した時には、研究者の間ではかなり衝撃が走り話題になっていました。それがChatGPTという形で一般に公開されたのが、2022年11月30日です。
ChatGPTの何が凄かったのか。その一つが「炎上しなくなったこと」です。これまでの対話型AIでは、ユーザーからの発言も学習データとして取り込んでしまい、誹謗中傷や差別的な発言もしてしまっていたわけです。それが、ChatGPTでは改善されました。ChatGPTでは、その回答について人間が〇×をつけて評価し学習させる仕組みをとっており、人間から〇をもらえるような「優等生的な発言」をするようにできているのです。そのため、誹謗中傷や差別的発言を排除した、好ましい対話が生成できるようになり、多くの人が安全な形で使えるようになりました。
また、誰かが新しい使い方を見つけてはソーシャルメディアなどを通して広める、といった「ソーシャルな相互作用」によって急激に普及していきました。ChatGPTの凄さを多くの人が経験し、自らクリエーションに参加して社会全体が動いていった ―― 先ほど太田副学長が、ChatGPTの登場を「コロナの時のような」とおっしゃっていましたが、本当にそうで、私もChatGPTは「社会現象」のようだと思っています。これはもう後戻りできない、「ChatGPTが未来を変えることを多くの人が確信してしまった」のです。太田副学長が東京大学のサイトで発表されたように、まさに「ルビコン川を渡ってしまった」ということだと思います。
ChatGPTを活用するにあたって、「プロンプト(指示)をどのように書くか」が非常に重要なわけですが、そのコツとして、不明確な説明は減らし、具体的な数字などを交えて指示を出すことが必要です。上司が部下に話す時のような、人間に対する指示とも似ています。本来、コンピュータは決まった動きをし、人間は柔軟だとされてきました。しかし、人間にも決まった動きをさせるためのマニュアルがあり、またコンピュータはどんどん柔軟になってきています。柔軟になってきたAIに対して、決まった動きをさせるのがプロンプトです。
こうして見ると、AIをどううまく活用するかということは、人間が作る組織社会がどういう指示でどう動いているのか、ということと連動していると思うのです。わたしが人工知能を研究しているのは、「人間を知りたいから」なのですが、今まさに、人間の組織社会が分解され、理解され、再構築される時代になってきているのではないでしょうか。AIと人文社会学が融合した世界が始まっていくのではないかと思うと、非常にエキサイティングです。
話題提供1 生成系AIに対する国内外の大学の対応状況と教育利用における注意点
最初に認識していただきたいのは「生成系AIはCopilot(副操縦士)であり、Pilotはあなたである」ということです。生成系AIはあくまで補助をしてくれる存在であり、利用をする際には、皆さんの知識、思考、意思決定が重要です。
特に、ChatGPTは「デタラメを言うことがある」という前提で利用するべきでしょう。理路整然とした文章の中にデタラメが混ざってくるので、つい信じてしまいそうになり、注意が必要です。たとえば、「〇〇についての研究論文を書誌情報をつけて教えてください」というプロンプトへの回答の中には、著者は合っているが実在しない論文がいくつも混じっていました。GPT-4になって改善はされているようですが、やはり完全ではありませんから、人間が専門知識を持ち、できるだけ一次情報にあたることが大切です。
もう一つ、ChatGPTに入力した内容が学習データとして利用される可能性があるのではないか、という危惧もあります。ChatGPTとやりとりした内容が学習されてしまい、他のユーザーとの対話に出てきてしまう、ということです。この可能性はゼロではありませんから、個人情報や機密情報の入力は基本しないほうがよいでしょう。学習への対応策として、Webブラウザで通常版を利用する際には、設定でチャット履歴をオフにしたり、オプトアウトすることができます。また、組織的にChatGPTを導入しているところは、比較的信頼度の高いマイクロソフト提供のAzure OpenAI Serviceを利用している印象です。
また、「ChatGPTで生成された文章を検出したい」というニーズは多いのですが、現時点ではこれは難しいと述べる研究結果もあり、有効な検出方法はありません。有名な検出ツールとしてGPTZeroがありますが、人間が書いた文章なのにAIが書いたと判定される誤検出が指摘されており、実際わたしが書いた文章も「ほとんどAIによって書かれた」と判定されてしまいました。
ChatGPTを学生に利用させる際には、データの扱われ方などを含めて、AIを使いたいかどうかに関する学生の意志やプライバシーを重視したり、課金が必要なサービスを前提としない公平性やアクセシビリティにも配慮が必要です。東洋大学情報連携学部や神山まるごと高専のように、組織としての導入も検討できるでしょう。
話題提供2 大学のアクティブラーニングでの利用の可能性と課題
アクティブラーニングには、知識の習得、活動後のふり返りやまとめを通して気づきや理解を得る「内化」と、知識の理解や思考したことを表現する「外化」があります。一人での活動とペアやグループでの活動を組み合わせ、内化と外化のサイクルを回すことが重要とされています。生徒によるChatGPTなどの生成系AIの利用は、レポートの文法チェックや校正などの最終的な学習成果物の洗練にももちろん使えるのですが、アクティブラーニングにおいては、この「内化」と「外化」を支援する使い方に注目したいと思います。
イェール大学と東京大学でのアクティブラーニングにおける生成系AIの利用事例を紹介します。
イェール大学での事例の一つ目は「問いを深掘りする」です。学生が研究プロジェクトで扱いたい問題や研究の問いをChatGPTに投稿。学生は、回答を得るだけでなく、ワードなどにコピーし、不正確であったり、誤解を招く点に焦点を当てて注釈をつけます。そうした観点でChatGPTの回答を考察して、さらに自分の問いを深める、ということです。
もう一つは「ドラフトを作る」という使い方です。自分の研究に関するトピックを選び、ChatGPTに論文を書いてもらい、得た回答を自分の求める水準になるように修正、編集します。そして、ChatGPTによる回答と自分が編集した最終版を提出する、というものです。このように、ChatGPTを使いつつも、その回答を批判的に見るという思考(内化)に重点を置いて利用している印象です。
東京大学での、内化に重点を置いた事例は、グループディスカッション後の意見共有の際にChatGPTの回答を一意見として取り入れ、それについて思考するというものです。少人数のゼミだと、グループが2つしか作れなかったりしますが、その際にChatGPTを利用することで、学生たちが気付いていない新たな視点を得ることができます。
一方、外化に重点を置いた事例として、AIと対話しながらプロジェクトを進める、というものがあります。授業で研究してみたい問いは何か、研究する際にはどのような方法・計画があるかをAIに聞きます。その回答について、実現可能性や自分の興味関心から自分の考えを書き、次に自身がすべきことについても考えます。
学生にとっては、外化において「適切なプロンプトを入力できるか」、内化において「得た回答を基に思考できるか」が課題になるでしょう。AI利用によって思考を深められる学生とそうでない学生が出てきますから、教員はワークシートの質問を変えるなど学生が効果的に使えるような工夫をする必要があります。また、AIの利用によって評価に影響が出るのではないか、という懸念もよく耳にします。これはAIの有無に関わらずですが、授業期間全体を意識した設計が必要で、毎回の授業で扱う知識や議論などの学習活動の積み重ねを踏まえた評価を工夫することが必要でしょう。
話題提供3 初等中等教育における利用の可能性と課題
最近の教育観では、結果だけでなくプロセスを重視する傾向にあります。現在の学習指導要領には、学習目標だけでなく「方法」についても明記されています。そのなかでも「ICTを活用した個別最適な学び」「主体的・対話的で深い学び」において、ChatGPTを活用した事例を紹介します。
事例1: カーン・アカデミーでのChatGPT活用事例 (ICTを活用した個別最適な学び)
カーン・アカデミーは、教育のコンテンツやドリルなどをオンライン上で提供しているプラットフォームです。ChatGPTを利用したKhanmigoと呼ばれるチャットツールを使うと、たとえば数学の問題では、「答えを教えてください」と入力しても、答えを回答するのではなく、「まずはここから考えてみましょう」といった対話が提示されるようになっています。また、作文のフィードバックも面白いです。どの観点でのフィードバックが欲しいかを生徒が選択でき、たとえば「私の主張は根拠によって支えられていますか」の観点を選ぶと、根拠が少ない箇所をマーカーで教えてくれます。
これまでも、テストで間違った箇所に合わせて適切なフィードバックをしてくれるアダプティブ・ラーニング教材はありましたが、さらに一歩踏み込んで、作文のようにすぐに判定がしにくいものにも適応できるものになってきています。
また、好きなテーマでAIとディベートをしたり、AIが足場かけをしてくれて、物語を創作したりすることができます。自分の興味のあることでAIが相手になってくれて、一緒に協調学習を進めていけるようになっています。
事例2: 北海道函館市立万年橋小学校、6年生国語の授業「私の枕草子」における活用事例 (主体的・対話的で深い学び)
枕草子を参考に、自分のものの見方や考え方を深め、経験したことなどを工夫して書く、という藤原友和先生の授業です。元々は、AIが作成した文章と対決させるという狙いがあったのですが、ChatGPTがなかなか良い文を出してくれませんでした。ChatGPTの回答を見た児童が「もっと○○みたいに言えばいいのに」という反応をし、結果的にChatGPTに修正をかけ続ける過程を見せることになったそうです。想定外の利用になったものの、藤原先生は「AIの作品を批判的に検討したことにより、推敲の過程を共有できた」という効果や、「AIに向けた批判の目を自分にも向けることができた」という効果があったという考察に至りました。
このように、プロセスを重視した教育観で、効果的なChatGPTの利用例を考えていくことが重要になります。また、教科ごとの見方・考え方と絡めたプロンプトを整備していくことも必要です。たとえば、歴史なら政治・経済・文化・社会などの側面がありますし、随筆文なら「何が随筆の本質なのか」といったことがあります。これは、汎用的なコミュニケーションやレポートの書き方より一歩深いところであり、初等中等教育ではそこを掘っていけるとよいと思います。また、学校におけるChatGPTの利用を広げていくには、教育の研究知見と実践知を踏まえたChatE(ducation)GPTなるものを開発していくことも重要でしょう。
パネルディスカッション 生成系AIに教育はどう対応すべきか
Q. 今後さらにAIの精度が向上した場合、人間だけが行える活動領域は残るのでしょうか? また、子どもたちはAIをツールとして活用する以外にどのような力を身に付けていく必要があるのでしょうか? また今後、教育目標はどのように変わっていくでしょうか。
吉田 現状はAIに「自立性がない」ことがポイントです。そこでは、人間が自立性を持って意思決定をするので、たとえ今後すごい知識を持ったAIが出てきても、AIとパートナーとして付き合っていくというスタンスは変わらないでしょう。私たちは、音や映像など、幼少期から積み重ねてきた本当に膨大なインプットのもと、今ここに存在しています。今後私たちと同程度の全ての情報をインプットするAIが出てきて、かつそれに多様性がついたら話は変わりますが、そんな未来はまだまだ先だと思います。大切なのは、人間らしく感じ、いろいろな人と接して経験を積むこと。その上で出てくる自我、主張、表現が人間の強みや良さになっていくのではないでしょうか。
中澤 私も、人間の活動が完全になくなるとは思いません。価値判断をしていく部分は残るでしょう。また、教育目標がどう変化していくかという点では、AIとうまく付き合っていくためにも、より高次な思考能力、特に、情報を分析、評価、統合するスキルが求められるのではないかと思います。今日改めて思ったのですが、これらはアクティブラーニングで目指される能力でもありますから、今後アクティブラーニング型の授業の重要性も上がっていくだろうと思います。
Q. 生成系AIの進化により、教育者の役割はどのように変化するのでしょうか? 変化しない部分はどこでしょうか?
松尾 わたしは教育者ですが、教育をしているというよりは、「一緒に戦っている」イメージを強く持っています。教える、教えられるというよりも、一緒になって活動していき、アドバイスしたり、その人のはまるところを探したり、といった関係です。今後も教育者の役割として、そうしたことが重要になっていくと思います。
池尻
近年の教育では認知的な学習だけでなく、共同体に参加し、共同体の一員になることが重視されています。そのため、児童・生徒が共同体に参加していく活動をもっと教育機関がプッシュすることは、ChatGPTにはできない大事な役割だと思います。
また、現在の学校では観点別評価が導入されていますが、ChatGPTを適切に活用することで今後「A」評価になるスピードが上がっていくと思います。そして、その先は「アルファベット」のような方向性が決まっている評価軸ではなく、「色」のように個性を発揮しているかという評価軸が重要になるのではないかと思います。そういった個性の多面性を支援する役割も今後大事だと思います。
それから教師は、普段からきちんとその子を見ていれば、ChatGPTを使ったとしても、「この子が急にこんなレポートを書くのはおかしい」とわかると思います。ですから、成果物だけを見るのではなく、普段の学習者の様子や学びの進捗などを、解像度を上げて理解していく必要があります。それがChatGPTの使い方にも適応されるし、誤った評価を防ぐことにもなります。つまり、児童・生徒を日頃から見続けるという、教師としての本来の役割の価値が高まると考えます。
挨拶 生成系AIと教育環境・今後の研究課題
生成系AIによって、教師や学習者が自分たちでできることが増えていく――つまり「学習の民主化が起こる」と考えています。こうした時代に大事なのは、「こんな使い方をしたら面白かった」というようなトライアルを共有して、それがみんなの知恵になっていくことです。今後、ファカルティディベロップメントや教材開発などについて情報共有を進めていきたいと思います。
また、今後起こりうる社会的課題に関して対応していくことも重要です。プラットフォーム側で技術的に工夫しても、人間が悪意を持ってシステムを利用すれば、フェイクニュースの量産や世論誘導の危険性があります。このような課題を共有し、みんなで解決していく、という積極的な態度を育てることも大切です。そういった意味では、情報教育の再定義も研究テーマになりうるでしょう。
AIと聞くと、まずは恐怖感が前に出がちです。ただ、棋士の藤井聡太名人がAIを活用して強くなっていったように、私たちは積極的にAIを活かして、自分がより良い存在になるために学び努力し続けていくことができます。本日の議論でこれを確認できたことは大きな成果だったと思います。