UTalk / 遠くの森をみる・きく

中村和彦

空間情報科学研究センター 特任研究員

第89回

遠くの森をみる・きく

8月のUTalkでは、サイバーフォレストを用いた環境教育について研究している中村和彦さん(空間情報科学研究センター 特任研究員)をゲストにお招きします。当日は実際に秩父や志賀高原などの森を目と耳で体験しつつ、普段気付かない森の様子や季節の移ろいについてお話しいただきます。

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8月のUTalkは空間情報科学研究センター特任研究員の中村さんにお越しいただきました。中村さんは「サイバーフォレスト」プロジェクトに携わり、それを活用した環境教育を試みておられます。「サイバーフォレスト」とは、一言でいうとインターネット経由で観察する森のことで、自動撮影カメラとマイクを設置して森林の日々の変化や鳥の鳴き声などを記録し、その動画や音声データをインターネット経由で発信するシステムです。

中村さんがそもそも森林に興味をもったきっかけは大学一年生のとき。秩父演習林で冬の森の美しさに魅せられたことだといいます。その魅力をもっといろんな人に伝えたいという思いでサイバーフォレストの研究を始められたそうです。

記録するだけでなく今の森の状態をリアルタイムで届けることが重要で、将来的には森に行って感じられる、匂いを含む五感そのままを記録・再現したいとおっしゃっていて、夢が膨らみました。

このように夢のあるシステムですが、それを作るには地道な作業が必要です。森の中にマイクとカメラを設置し、それらに電気を供給する装置とインターネット回線を用意しなければなりません。特に無人島に設置するときなどはソーラーパネルをつかって電気を供給する体制をつくるところから行うそうで、研究をしているうちにたくさんのスキルが身についたと中村さんはおっしゃいます。

このように取得した大量の森林の情報はどのように環境教育に生かされるのでしょうか。環境教育というと地球温暖化や森林破壊と言った問題をとりあげて、環境を守ることの大切さを説くようなイメージがあります。しかし、地球温暖化といいますが日本の年平均気温は実は過去100年間で約1℃しか上昇していないのです。そのように長期間でちょっとずつ、しかし確実に変化していく自然環境を、いかにインパクトを持った形で誇張なく伝えるかということが今の環境教育に必要だと中村さんはおっしゃいます。

ひとりひとりが森に向き合って考えるための仕掛けの例として、UTalkの会場に20年分の森の写真を持ってきていただき、カスミザクラの開花の時期の変動の様子を見せていただきました。実際に森の様子を見ながら考えることで、参加者の方から毎年の変化の大きさに長い期間での変化が隠されてしまうという感想があがりました。

また、音の活用方法としては、志賀高原に体験学習に行った中学生の声ごと録音し、都市部に帰ってからもう一度聞いてもらうのだといいます。自分たちがその場にいたときの音をきかせることで自分と自然の関係を見つめなおすきっかけがつくれるのだそうです。

参加者の方からの質問で、音をつかって鳥の鳴き声などの経年変化マップをつくれないかという提案がありました。中村さんいわく、それはもう試みられていて、森の音をライブ中継し、野鳥の声を聞き分けられる方々が鳴いた野鳥を記録しはじめているそうです。

膨大な森林のデータを解析するためには、さまざまな分野の人と協力していくことと、サイバーフォレストで100年間以上のデータとして溜めていくために必要な後継者を増やしていくことが今後重要になっていくそうです。このような長い期間を要するプロジェクトを継続することがきっと将来の財産となっていくのでしょう。

東京都にある暑い大学のキャンパスの中で、サイバーフォレストで中継される涼しげな高原の音を聞きながら、森の魅力と環境教育についていろんな角度から議論してくださった中村さんと参加者の皆さんありがとうございました。

さっそく森の様子を覗いてみたいと言う方はサイバーフォレストの観察用ウェブサイト (http://cf4ee.nenv.k.u-tokyo.ac.jp/)をご覧ください。

〔アシスタント:加藤郁佳〕