基本的にインターネット上でやりとりされる情報の中心は文字でありつづけてきました。確かに、情報量的に言えば、映像が圧倒的であるように見えます。しかし、電子メール、ブログ、Twitterなど、日常的なインターネット上のコミュニケーションのプロセスのほとんどは、文字ベースなのではないかと思います。情報化時代になっても、文字で書くことは全く重要性を失っていないどころか、よりいっそう重要性が高まってきていると言えます。
大学教育では、実質的に大学でどれほど能力を身につけられるかが、シビアに問われるようになってきました。その中で、きちんと文章が書けること、しかもネットワーク時代においては、非常に短い文章で的確に表せることが必要です。そのような時代の中で、「書く力を育てる大学教育」はどうあるべきなのか?どのような授業が現実的に考えられるのか?どのような技術的支援が考えられるのか?今日は皆さんと一緒に考えていければと思います。
テクニカルコミュニケーター協会(※1)によれば、テクニカルライティングとは、「さまざまな工業製品やサービスを、一般の人向けにわかりやすく説明すること」と定義されている。実用文書全般(社内のお知らせ、企画書、報告書等)、大学のレポートにもその技術が適用できると言われている。
テクニカルライティングの技術とは、簡単に言えば、「読みやすく誤解の生じにくい文章を書く」技術である。漢字とひらがなの使い分けなどの細かいレベルから、情報の抽出・整理の仕方まで、語句、文、段落、章・節・項に分けて整理されている(下表)。
技術 | |
語句 | 語句の統一、漢字とひらがなの使い分け、カタカナ用語の表記、記号・符号の表記、単位の表記、専門用語の説明の仕方など |
文 | 主語と述語の関係、修飾語の使い方、否定文の書き方、可能表現の書き方、能動態と受動態の使い分け、時制、文体、読点の打ち方、比喩、強調表現、一文一義など |
段落 | 段落内での文の組み立て方、段落と段落とのつなげ方など |
章・節・項 | 情報の整理の仕方、構成の組み立て方、ページデザイン(見出し・文章・図表など)、検索性(目次・索引・見出し・ノンブル)など |
(『日本語スタイルガイド』)
一番大事なのは検索性である。マニュアルは最初から読むことはあまりないため、目次や索引の作り方も重要である。見出しの作り方、ノンブル(ページ番号)の作り方などもテクニカルライティングの技術に入る。 このような技術は、「読み手と目的を常に意識しながら書く」のに用いられる。例えば、MS Wordの製品に梱包されている取扱説明書と、書店に売られている初心者向けの「Wordの使い方」では、全くつくりが違う。取扱説明書は、全ての人に対して全ての内容を説明しなければならない。これに対し、初心者向けの一般書の場合にはターゲットが決まっており、2割程度の機能を説明すればよい。目次も、取扱説明書の場合はメニューを順番に載せた方がモレやダブリがない。しかし、初心者向けであれば、「簡単なお知らせの作り方」、「図が入った文章の作り方」など、目的別に構成した方が分かりやすい。文体にしても、初心者なら「ですます調」、上級者なら「である調」になる。このように、読み手と目的に合わせて使い分けることがテクニカルライティングの一番の特徴ではないかと思う。
※1 テクニカルコミュニケーター協会:
主に、テクニカルライティングに関係する企業、すなわちコンピュータメーカー、家電メーカー、自動車メーカー等の取扱説明書を作っている会社の人々、編集プロダクション、フリーのライターが関わる団体
http://www.jtca.org/
このようなテクニカルライティングの技術を学生に教えてほしいと依頼されて始めたのが、文教大学の「テクニカルライティング」の授業である。本授業は、eラーニングとピア・レスポンスを組み合わせたブレンド型授業である。ピア・レスポンスとは、「学習者同士の少人数グループで文章について検討する方法」である。
以上のプロセスを5回繰り返す。
オンデマンド講義では、「StreamAuthor」というeラーニング作成ソフトを利用している。画面の左側に講師が映り、右側にスライドが表示される。これを大学のLMSで配信する。
コンテンツの内容は1~5章まである。
コンテンツ | 学習内容 |
---|---|
1章 わかりやすい文章の基本 | わかりやすい文章にするためのポイント(一文一義、接続詞の使い方など)。 |
2章 列挙の記述 | パラグラフ・ライティングの記述パターン「列挙」「意見と理由」「定義」と、それぞれの作成手順を学ぶ。 |
3章 意見と理由の記述 | |
4章 定義の記述 | |
5章 レポートの書き方 | マップを使ってアイディアを広げるやり方、マップからアウトラインへ、アウトラインを文章化するやり方を学ぶ。 序論・本論・結論という構成を学ぶ。 |
1章は、文のレベルの話(指示代名詞は使わない等)、2~4章は、パラグラフ・ライティング、5章はレポートの書き方(マップからアウトラインを作る方法、アウトラインを文章化する方法、序論・本論・結論の構成)を学ぶ。
最初に簡単なクイズで内容に興味を持ってもらう。その後、その章で学ぶこととゴールを示す。それから悪文例の説明、修正例の説明を示す。悪文例では、「どうしてダメなのか?」を説明する。修正例では、パラグラフの記述パターンを説明するとともに、「どうしてそれがわかりやすいのか?」という理由を説明する。以前は、悪文例と修正例の説明のみ行っていたが、例を見るだけでは書けない人も多い。アウトプットの型だけはなく、どのように情報整理をしてアウトプットに持っていくかを見せなければならない。ということで、文章の作成手順を①~⑥まで細かく分けている。①がインプット、②③④が情報整理、⑤⑥がアウトプットである。この文章の作成手順を、例文を使って、実際に私(講師)が行って見せている。
コンテンツを学んだ後に、ビジネスでの文章作成の場面を想定した練習問題を行う。学習者は「株式会社Xシステムの社員」という設定である。これは、対象が情報学部の学生であり、ほとんどが卒業後にコンピュータ会社に就職するためである。提示資料を見せ、そこから情報を読み取り、読み手と目的に合った文章を書くのが課題である。
読み手 | 提示資料 | |
列挙 「お客様の要望について」 |
新任の上司 | 打合せメモ (約500字) |
意見と理由 「デジタルカメラの推薦文」 |
お客様 | お客様の状況・要望・仕様 (2ページ/表あり) |
定義 「トレーサビリティについて」 |
一般消費者 | 企業向けの資料2種類 (2ページ、10ページ) |
例えば、「列挙」のパターンでは、先輩にくっついてお客様との打ち合わせに行ったという設定で、お客様の要望について打合せメモが与えられる。それをわかりやすく新任の上司に説明するというのが課題である。「意見と理由」のパターンでは、デジタルカメラの推薦文を書くという課題であり、「秋田さん」という、プロフィールが詳細に設定されたお客様を対象に、3機種のデジタルカメラの候補のそれぞれを比較し、その中から1機種を選んで説明することが求められる。
練習問題にする時は、作成手順も具体的に指示する。それが下表である。
作成手順 | デジタルカメラの推薦文の場合 |
---|---|
1. 与えられた資料から情報を抽出する | ・お客様の状況と要望を整理し、箇条書きにしなさい。 ・デジカメ3機種の比較表を作成しなさい。 |
2. 情報を分類・グループ化する | ・お客様の状況と要望について、関連する項目同士で並べ替え、グループ化しなさい。 ・デジカメの比較表は、各デジカメの長所と短所にそれぞれ印をつけなさい。 |
3. 読み手と目的にあった情報を選ぶ | ・お客様の要望と比較表を検討し、推薦する機種を決めなさい。 ・説得力のある理由を選択しなさい。 |
4. 説明順序を決める | ・どの理由から説明するかを決めなさい。 |
5. 文章の型に当てはめて書く | ・意見と理由の型を使って推薦文を書きなさい。 |
6. 推敲し、文章を仕上げる | ・文法や表現をチェックし、推薦文を仕上げなさい。 |
このように、具体的な作業内容を全部書いてもらう。
次に、作成手順の各ステップで作成したものについてピアで話し合う。なぜ最終的なものだけで話し合わないかと言うと、出来上がりだけではどこが良いか悪いか分からない、何を指摘すれば分からないためである。作業手順を学び、練習問題を行い、ピアでその作業手順に合わせて、他人の文章を見たり、自分の文章を説明したりする。学習者は、eラーニングで作業手順を学び、練習問題で実際に作業手順に従って作業を行い、ピアで作業結果について検討する。同じ作業手順を3回繰り返すわけである。
質問1のeラーニング教材の役立ち度の平均は4.26、質問3のピアの役立ち度の平均は4.11であり、両方とも高かった。eラーニングで最も多かった理由が「学習の仕方」と「知識の獲得」、ピアでは「他者の文章・考え」「他者からの指摘」であった。
学習者自身が決定する学習の仕方に関するコメント。下記のように、eラーニングの長所が出ている。
文章作成の知識獲得に関するコメント。
他者の文章や意見が有効だったとするコメント
他者からの指摘が有効だったとするコメント
このように、eラーニングで自分のペースに合わせて何度もコンテンツを見ることによって文章の書き方という知識を獲得し、それを練習問題で試し、ピア間で意見を交換し合うことで文章力がアップしたと考えて良いのではないかと思う。
早稲田大学では、アカデミック・ライティング・プログラムを設けている。学部向けの「学術的文章の作成」、大学院向けの「学術的文章の作成とその指導」の授業と、ライティング・センターの2つから構成されている(下図)。
学部向けの授業「学術的文章の作成」
先ほどの文教大学の授業内容は、ビジネス文章であったが、早稲田大学の授業は、アカデミック・ライティングであり、学術的な文章を書くための基礎的な技能を学ぶ。
指導目標は、以下の2点である。この授業の特徴は、指導員による丁寧なフィードバックがあり、その指導員も組織的に育成している点にある。
このプロセスを8回行う構成である。
細かい講義の内容は以下の通りである。
コンテンツ | 学習内容 |
---|---|
剽窃について | 剽窃とは何か、剽窃はなぜいけないのかを知る(確認テストあり) |
第1回 学術的な文章とは | オリエンテーション、学術的文章とは何か、文章を学術的に整える練習など |
第2回 文を整える | 一文一義、文と文との関係など |
第3回 語句を明確に問う | 語句の意味範囲、外来語・専門用語の扱いなど |
第4回 全体を構成する | マップ、レポートの中心と範囲、目的の明確化、序論・本論・結論など |
第5回 論点を整理する | 論点の抽象度、論点の数え上げなど |
第6回 参考文献を記す | 参考文献表の書き方 |
第7回 引用をする1 | ブロック引用の仕方 |
第8回 引用をする2 | キーワード引用の仕方、パラグラフ・ライティングなど |
一文一義やマップの書き方など、文教大学のテクニカルライティングの授業と少し重なるところもある。ただし、こちらはアカデミック・ライティングのため、第6~8回で参考文献の引用をしっかり学ばせる。また、今期からは初回の前に「剽窃について」という10~15分のコンテンツを追加した。これを視聴し、確認テストをクリアしなければ授業が受けられない。
指導員によるフィードバックはMS Wordのコメント機能を使用している。その際に、添削(取消線で書き直すようなこと)は絶対にしない。それでは書き手が育たないためである。「ここをこう書きましょう」と言うと、「そうか」と受け入れるだけで、なぜ書かなければいけないのかを考えてくれない。よって、書き手に考えさせるようなフィードバック、書き手が育つようなコメントをできるだけ行うようにしている。例えば、問題点を指摘する場合、なぜそこが問題なのか理由を示すように言う、修正点の候補をいくつか挙げる、「この書き方だとこういう風に読み取れる」と読み手としての理解を伝えるといったことをしている。
また、悪い所ばかり指摘するのではなく、「序論・本論・結論はできている」「一文一義はできていますね」など良い点も指摘する。そうすることで学生は安心できる。
評価ポイントに従い採点し、学生からのメッセージ、感想・意見・質問にも答える。
授業の担当教員は2人(佐渡島紗織准教授、太田裕子助教)おり、その下に「シニア指導員」と「指導員」がいる。指導員がフィードバックを行い、シニア指導員は、その指導員を指導する係である。私の立場はシニア指導員の立場である。毎週ミーティングを行い、今回の課題に対してどんなフィードバックを行うのかについて打合せを行う。指導員は、大学院生対象の授業における成績優秀者に限られている。
アカデミック・ライティングのもう一つの柱がライティング・センターである。これは授業ではなく、個別対応でライティングを指導する機関である。アメリカでは1950年代から始まり、ほぼ全ての大学で定着している。日本では10~15個ぐらいの大学にあると言われている。
早稲田大学では、以下の形式をとっている。
使う言語は学生が選べる。4種類のセッションを用意している。
早稲田大学は留学生が非常に多いため、日本語が難しい学生向けには日本語教育の専門家が対応している。また、英語ネイティブのチューターも多くいる。
個別のブースがあり、チューターと学生が1対1でセッションを行う。「気づきを促す対話例」として、次のような例が挙げられる。
×悪いチュータリング
チューター「『自己決定』という言葉の意味を説明していません。書いてください。」
学生「はい。」
○良いチュータリング
チューター「『自己決定』という言葉を、どういう意味で使っていますか?」
学生「自分で考えて責任を持って決断する、という意味です。」
チューター「それは文の中で定義していますか?」
学生「…定義していません。あ、書いた方がいいですね。」
×悪いチュータリング
チューター「このパラグラフの二文目と三文目は要らないですね。削除しましょう。」
学生「はい。」
○良いチュータリング
チューター「このパラグラフの中で一番言いたいことは何ですか?」
学生「最後の一文です。」
チューター「その内容と関係ない事柄が、このパラグラフ内に含まれていませんか?一行ずつ、一緒に確認してみましょう。」
学生「あ、これ違う!」
チューターがただ「書いてください」と言ってしまうと、学生は「はい。わかりました。」と、何も考えずに書いてしまうため、そのペーパーは良くなったとしても、次回同じことを繰り返してしまう。それでは意味がない。学生が、自分で気づくようにする。
以上、文教大学のテクニカルライティング、早稲田大学の学術的文章、ライティング・センターの3つをご説明した。ビジネス文章やアカデミック・ライティングの授業、ライティング・センター、いずれにも共通するのは、「学生に考えさせる」ということである。「書く」ということは実は「考える」ことである。いかに深く考えられるかがポイントである。
専修大学ネットワーク情報学部は、経営学部の情報管理学科から改組し、2001年に開設された学部である。専修大学自体は文系の総合大学として位置付けられおり、理系に近い名前でも文系の学生が多く集まって来る。
この学部の特色の1つはプロジェクト学習であり、はこだて未来大学とほぼ同じ時期にスタートしている。このプロジェクト学習の特徴は、1年間取り組むテーマについて、先生が設定するものもあるが、学生が自分の興味関心に応じてテーマを設定して企画できるという点である。
こうした背景から、自分の興味関心を発見し、他の学生と一緒に取り組む学習を重視しており、少人数制の教育も取り入れている。今日はその中で「リテラシー演習」という科目について説明したい。
レポート、プレゼンテーションの形で、学生がしっかり自分の意見を述べられるようにすることが大学の学部教育で求められていると我々は考えている。中でもレポートライティングは非常に注目を浴びているが、最近の学生は、自分で意見を述べるのを苦手に感じているようだ。レポートを書かせても、ウェブページで済ませてしまい、あまり本を読まず、十分に調べないままレポートを書いてしまう。あるいは、資料を読んだとしても、資料の話とは関係なく自分の思ったことだけをそのまま書いてしまう。このような実践的課題を、この3年間、学部教育を担当して感じている。
実際に、PISA調査でも、自由記述の無答率が高いことや、熟考・評価に関する無答率が高いという結果が報告されている。今の日本の高校生は、自分で得た情報を解釈し、意見を述べる活動ができていないことを示していると思う。国際的な情勢としては、やはり色々な議論や知識に関して自分なりに意見を持ち、そして新たな知識を創造できるグローバルな人材の育成が重要である。何らかの情報を読解し、意見を生み出すスキルの育成が非常に重要だと考えている。
というのが、悪いレポートの典型例として挙げられる。なぜこのようなレポートが出てきてしまうのか?一つは、文章のつながりや言いたいことを精査せず、アウトラインを決めず、時間をかけずに思いついた順に急いで書いてしまうためである。その結果、何を言っているのかよくわからない文章ができてしまう。また、携帯電話では日本語を書いているが、丁寧な文章を書くのに慣れていない。さらに、携帯電話で文章を送り合うのは友達と家族が多く、友達や家族は行間を読んでくれるが、大学のレポートは、大学の先生が読むものであり、学生が何を言いたいかを読みとろうとしてもできないことも生じる。
つまり、書き手としての大学生が、読み手がどんな人で、自分のことをどれくらい理解してくれており、自分の考えていることをどのくらい共有してくれそうかということをうまく想定できずに、限られた時間で書いてしまっているのが現状なのではないかと思う。
私がこの講義に携わるのは2年目だが、色々な学生に出会い、話をして感じたことの一つは、文章を書くのが苦手だったり、自分の意見を述べるのが嫌だったりする状態では、最終的に3年生のプロジェクトの時に、自分なりにやってみたいというテーマを見つけて楽しく学習するというアクティビティに結び付けるのが難しいということである。まず、なるべく自分でやってみたいと思うことについて考えてほしい。しかも大学なので、できるだけ色々なことを学んだ中から考えてほしい。学習の動機づけに関しては、やる気のある学生は邁進するが、そうでない学生との差が激しい。大学には色々な可能性があること、興味関心のあることをどんどん吸収すれば楽しいことが見えてくることを知って欲しい。このような願いがあり、「リテラシー演習」を設計している。
フォーマルな文章の考え方・順序だって説明する力・問いを立てる力に焦点化している。どこまでライティングにフォーカスするかについてはかなり議論したが、日本語の運用能力や文法については、この科目では問わない。むしろ、色々な情報を解釈しながら自分の意見を持ってもらうところにフォーカスしている。
『知のツールボックス』を基本的な教科書として使用しており、これは全学生・全教員に配られる。また、批判的な読解とか文章を読み取ることを教えるにあたっては、『知的複眼思考法』(苅谷剛彦(著)講談社)を使用している。
「リテラシー演習」は2年間実施しているが、毎年少しずつ枠組みを変えている。
まず大学に興味を持ってもらう、大学で生活する自分をイメージしてもらうというテーマで、大学の仕組みについてレポートするという内容であった。このプロセスでは、学食を人に紹介する等、なるべくわかりやすく人に説明するスキルを身につけてもらう内容が盛り込まれた。自分の意見と事実を混同せずに書くスキルなど、かなりベーシックな所も含めて授業を設計した。プロセスを追いながら、最終的に自分の意見をまとめたレポートを書かせた。
2年目は、8つのテーマを与えた。入学前にガイドブックで示した8つの領域のプログラムに関連するものを、教員側がレポートテーマの候補として用意し、その中で興味を持ちそうなテーマを学生に選んでもらう形とした。この過程では、まず自分の興味のある新聞記事を読み、要約して意見を書かせた。学生は、本を読まないのに加え、新聞も読まず、テレビのニュースも見ないということが分かってきたため、社会についてもっと知ってもらい、自分の関心と社会とがつながるように意識させることを意図した。
まず新聞要約の課題が始まり、その中で自分が興味関心のありそうなテーマを探す。次に、自分なりの考えを書いて行く。そういった練習を積み重ねていき、今度は、「なぜそう思ったのか?」と根拠について問われる練習を入れる。そうして根拠となる情報を抽出したうえで、批評的な形で新聞記事を要約するという課題を2,3回繰り返す。今度は、新聞記事の要約をフェードアウトさせながら、設定した問題に応じて色々な本を探す等してレポートを書いて行く段階に入る。レポートの書き方については、『ピアで学ぶ大学生の日本語表現』を使い、目標規定文の作り方、アウトラインの作り方、パラグラフ・ライティングを学ぶ、という方法を用いた。
この授業を展開するに当たっては幾つかの工夫がある。まず、学生が意見を出そうとせず、なるべく頭の中に抑えておきたがり、具体的な形にするのが苦手なようなので、積極的に自分が考えていることを書かせるという支援が必要だと考えた。思考マップや構想マップを書く、読書カードに整理するといった形で、今考えていること、今やっていることをうまく見えるようにするという仕組みを取り入れた。
もう一つは、ピア・レスポンスである。テーマ設定や本文の推敲など、いくつかの段階において学生2,3人で批評し合い、アイデアを出し合うセッションを頻繁に実施した。2クラス60名なので、それを、教員1人が赤ペンでチェックするよりも、学生同士でやる方が、お互いの意見を聞き、改善する部分が多々ある。最後に発表会を行い、自分で何をしたいのか、自分がどういう意見を持っているのか表現するという演習を入れた。
授業後のアンケートで、「文章を書くことはうまくなったか?へたになったか?」と質問をしたところ「うまくなった」は6割を超え、残り2割は「変化しない」であり、「へたになった」はいなかった。よって、学生の自己効力感にポジティブに働いていることが分かった。 「皆の前で発言・発表すること」については「うまくなった」は少ないが、「本や資料を調べること」については「うまくなった」が6割を超えている。「論理的に考えること」も5割ぐらいである。
「授業を通して文章を書くことは好きになったか?」という質問もしたところ「変化しない」が多く、全体で4割ぐらいが「好きになった」と回答している。「資料を調べること」も「好きになった」は4割弱であり、この辺りがまだ課題として残っている。
一方で、具体的に読んだ文章を解釈し、自分なりに考えるところについてテクノロジによる支援が可能かについても研究を進めている。
私は、2006年から2009年3月まで、東京大学大学総合教育研究センターに設置されていたマイクロソフト先進教育環境寄附研究部門(MEET)で研究をしており、そこで、PC、特にタブレットPCを使って、文章を読み解き、自分なりの意見を考えることを支援するためのソフトとしてMEET eJournalPlusの開発を行った。これは、電子文書を読み、それを基にして自分なりに得られたことを論理的に整理し、自分の意見を考えるためのツールである。(※2)
※2 eJournal Plusはフリーで公開されている。
http://ejournalplus.codeplex.com/
概念地図を書くと、同じ文章を読んでいても人によって違う図が出てくるので、「どうしてそういう図を作ったの?」という話ができる。文章の解釈の仕方には、必ずしも正解は無い。それを互いに議論する場が大学のゼミのような場所で行われているのではないかと思う。
もともとアメリカでは、Critical Readingを学部教育の1・2年生でみっちり教えられている。そこでは、文章の全体を読み通してから、下線を引くこと、自分なりに図を作ることが奨励されている。この関連づけを支援するのがこのツールのポイントである。最終的には、著者の考えを理解し、自分なりの意見を述べるという内容になっている。
このツールを開発してから、いくつかの研究を行っている。
最近、「ソーシャル・リーディング」という概念が、電子書籍の普及につれて注目を浴びているが、グループで読解する過程を共有することが、文章の精緻化や多様な意見が出てくることに役立つかについて、研究を進めている。3つ目はこれからだが、1つ目と2つ目については、簡単に結果をお話ししたい。
マップを描かせた上で意見を述べることの効果を調べる実験である。課題文章を読解してもらう際に、一方のグループはマップを作り、他方のグループは下線引きのみとした。その後、レポートを書いてもらった。共通の教示としては、「著者の主張とその根拠を正確に示しつつ、それに対するあなたの意見を述べなさい。」というもので、下線を引く際の色の使い方のルールを指示した。実験群、すなわちマップを書く群には、「概念地図の要素に対して、あなたが考えたこと、思ったことを記したノードを書いて、関連づけなさい」と指示した。
レポートの評定を共同研究者間で行い、実験群と統制群を比較した。その結果、マップを描いた群の方が、下記の評価項目において優れていることが分かった。
このように、マップの作成によって、活動を支援できていることが分かった。
前の研究では1つの文章の読解と意見生成に焦点を当てた。しかし私たちは日常で、何かを考える上では複数の文章によって色々な立場の意見を読み、研究計画を立てたり、普段の知識活動に役立てたりしている。そこで、このソフトウェアを使って、複数の観点の文章を読ませて、それらを踏まえたうえで、自分の意見を考えられるのかを調査している。
これから本番の実験を実施するが、プレ実験では、経済学に関する知識を持たない大学生女子3名を対象に、所得再分配に関する賛成と反対の意見を読み、自分なりの意見を考える課題に取り組んでもらった。2つの概念地図を作成し、それを基にレポートを書くという内容である。統計的に見るというよりも、具体的な活動内容を、ビデオを見ながら分析を行っている。
プレ実験の結果、以下の2点が見えてきた。
このような形で、色々な文章から自分の意見を考えることをどのように支援するべきか。テクノロジを使った支援を検討している。今は研究レベルだが、これをどのように実践に落とし込んでいくべきかを考えている最中である。
最後に、自分なりに考えていることを話したい。
日本の大学生には、書くことが好きな人もいるが、あまり好きでない人も多いと思う。1年目の授業では、大学のことについて考えてレポートを書く、2年目では、情報と社会に関して自分の興味関心のあるテーマについて書く、としたが、「文章を書くことが好きになったか」という質問は、1年目の方が10ポイント以上高い。このあたりに難しさを感じている。ただし、ある程度学術的なテーマとすることで、本で調べることが増え、調査すること、論理的に考えることを好きになってもらえるということもあった。どちらが良いのだろうか?
書くにあたっては、手持ちの情報がなければ、「意見を考えろ」と言われてもなかなかできない。何かしらのインプット、つまり読むということを通じて書くための材料を手に入れ、それを咀嚼する必要がある。それが、これからの社会に求められると思う。インプットをどのように鍛えて、書くことにつなげていけばよいのだろうか?
望月:中学校の授業にある手紙を書く活動は、読む人を意識して書くということにつながるのではないか。その中で敬語の使い方、自分の気持ちの伝え方等が鍛えられると思う。人のことを慮りながら、コミュニケーションするための文章を書くことは、やはり初等中等教育でやってほしいと思うことの一つである。
もう一つは、文章を読むということについて、もっと自分なりの意見や解釈を述べる機会を与えてあげてほしい。やはりどうしても受験があるので、正解を追求するというところが強い。しかし、実は、たまたま入試で「4つの選択肢から1つ最も適当そうなものを選べ」と言われているにすぎず、もっと文章の解釈は多様であっても構わないのではないか。意見を戦わせ合いながら、自分なりに解釈を育てていく実践があるといいと思う。
冨永:パラグラフ・ライティングは、アメリカでは小学校から教えている。しかし、いきなり文章から入るのではなく、言葉を整理させるところから始めるらしい。それを日本語版にしてクイズにしたのが、こちら(http://tomi0730.com/writing/5logic_quiz/01group/logic01-01.html)である。
例えば、「パイナップル・柿・バナナ・りんご・じゃがいも・にんじん・桃・みかん・キャベツ」といった単語を与え、これらを2つのグループに分けさせる。次に、各グループにピッタリの名前をつけさせる。情報の整理と、概念化のトレーニングである。グループ分けしてそのグループにピッタリの名前を付けることによって、情報整理の仕方が遊びながら身につくし、言葉に繊細になっていく。言葉は何でもいいわけではなく、選ばなければならないことを理解してほしい。このようなクイズを小学校あたりでやってもらえるといいと思う。
冨永:例えば、大学院生向けの授業の場合、早稲田では理工学の人たちも結構いるが、特に理工学向けに内容を変えることはない。理工学出身の学生は、最初は書き方を知らないため、とんでもない文章が出てくるが、回を追うごとに書くテクニックを学んでいくため、途中から非常に上達する。どうも理工学の学生は国語を苦手に感じており、文章は才能や感性で書くと思っている節があるが、実際にはそうではない。分かりやすい文章にはテクニックやルールがあることがわかってくると、テクニックを学ぶことは得意なので、その理解度はすばらしい。
冨永:文教大学の授業は、80人の学生がいるが、TAもSAも付かず、私一人だけで担当している。多人数を対象とした文章表現授業にお勧めなのがeラーニングである。eラーニングにすることによって、学生が何度もコンテンツを見てくれるようになった。すると、学習時間が延び、テクニックが身に付く。ライティングは、書かせっぱなしではなく、必ずフィードバックが必要である。これを以前は1人でやっていたが、とても不可能であった。そこで学習者同士のピアを採り入れた。ピアの仕掛け、進め方さえ工夫すれば、学習者同士でも十分役に立つことが分かった。というのも、学生は他人の文章を見たことがないので、他人の文章を読むことによって読み手の視点を自然に獲得していくのである。そうすると、自分が書く時に、書き手だけでなく読み手の視点を考えることができる。よって、マンパワーがなくても、学習者同士のピアは有効である。
高橋:教員が1人で全部面倒をみるのではなく、学生同士が読み合って力を伸ばしていくということですね。
望月:概念マップを書くところでメディアを使うのは、一つは編集のしやすさ(消す、追加する、動かす)のためである。しかし、これだけなら付箋でもできる。このソフトを作るに当たって気を付けたのは、まず文章を抜き出すという作業が相当な負荷であり、それを自動化しようということである。下線を引いて、ドラッグ&ドロップでマップに抽出できるのは電子ベースならではのメリットであり、文章を丸写しに一生懸命にならずに、文章の構成を考えるという本質的な作業に認知負荷を割くことができる。また、2つ目として、メモ書きでは、誤解釈が出てきて、後で何を書いていたか分からなくなること生じることが開発の過程で見えてきたため、元の本文を自動的に引用するモードを取り入れた。3つ目は、文章が長くなった時に、元の文章のどこにあったかを手動で探すのは大変なため、ノードに付いているボタンをダブルクリックすることで、元の文章の位置に飛び、読み直しを容易にした。そのようなところで電子的なメリットがあると考えている。
冨永:文教大学の場合には、授業の初回にプレテストを行う。内容は、ビジネス文とアカデミック・ライティング、さらに、分かりにくい文を分かりやすく修正するという、合計3種類がある。そして、期末テストで全く同じテストを解かせる。それで、どのくらいできるようになるかを見ている。
望月:専修大学では、プレテスト・ポストテストは行っていない。最終的に出てきたものを評価するという形でやっている。この授業は昨年度始まったが、それ以前の学生との比較について、多くの先生から、レポートが体裁や構成の面で上手くなったと聞いている。アウトラインを考えてから書かせることが習慣づけられるので、考えたことが整理され、筋を作って書くことができるようになっている。
椿本:冨永先生、よろしければ評価項目を差し支えない範囲で教えてください。
冨永:評価項目は、構成(パラグラフ・ライティングの型に沿っているかどうか)、内容の深さ(どこまで説明しきれているか)、文法表現の3種類である。
椿本:ありがとうございました。ライティングに重要な3つの観点に絞られているわけですね。
望月:難しい。多分ないと思う。関心を深めるとは、そもそも自分が何に関心があるか、ということとつながるが、学生は入学したときにはほとんどまっさらな状態で来ることが多いので、まず何らかの形で考えるフレームワークを与えるのが大切だと思う。なので、本学部の場合には、8つのプログラムの領域があるということを見た上で入試を受けているはずなので、それをもとに学生が関心を持ちそうな8つのテーマでフレームを作り、その中で関心を深めてもらっている。しかし8つのテーマを出しても、それ以上を深めるところについては、こちらで「ああしろ」「こうしろ」とは言わない。その先の部分はある程度自分でやらせる。そこでピアレスポンスが活きる。他人の意見を聞き、自分なりの考えを言う活動を繰り返す中で収斂させていくのがよい。こうしたプロセスで先生がこうしなさいと言ってしまうと、「先生に言われたから」ということになり、全く自分で考えない可能性が高い。なるべく友達同士で「それは面白いね」「それのどこが面白いの?」など、ある程度問いのセットを使って活動させ、それによって少しずつテーマを収斂していくのがよいと思う。なぜそのように推論するのがよいのかと言うと、よくゼミや卒業研究の時にも、テーマを絞る時、学生に話をさせて「なぜそれが面白いのか?」「どこがおもしろいのか?」と問いかけていくと、だんだん話が収斂していくと同時に、次に考えるべき課題が見えてくるためである。ただ、それをライティングの授業時間だけで全部カバーできるかというと到底時間が足りないのも事実である。その辺りは、本来は時間をかけてやっていくのが大切ではないかと思う。
冨永:私も専修大学の望月先生の授業を担当させていただいており、そこでは学生が自分でテーマを決めなければならない。テーマを決めた段階で学生同士で検討させてみると、「それはよく言われていることで今更じゃない?」など、結構手厳しいことを言っている。他の人の文章を見ることによって、自分のテーマの欠点に自分で気づくようで、そこで考え直して調べ直す学生、深まる学生もいる。それでも大きなテーマのまま絞り込めない学生が要る場合には、教員が個別に対応する。高橋さん(※同じく専修大学の「リテラシー演習」を担当していた)はかなり個別に対応していましたね?
高橋:私自身、どう指導したらよいか迷いまして、自分で問いを絞り込める学生と絞り込めない学生が分かれるのはどういうことなのか?と思いました。答えが出せる問いまで絞り込もうと、調べたことを整理して、メタ的に捉えて「あ!」と気づく人と、気付かない人といる。気付ける学生は一人でやっていけるが、「なんでこんなことをやらされているのだろう」と思う学生は前に進めない。お二人の意見を合わせると「ツッコミ」が人を育てるということでしょうか?しかも、教員が言うよりも、学生同士で言い合う方が効果的なのでしょうか?
望月:そうですね。推論は高度な認知スキルが要る。それまで推論が必要でなかった人たちにとって、「あなたの知りたいことは何ですか?」という哲学的な問いを投げかけられることは認知的に相当きつい。それを支援するために、先生の指導ではなくピアで批評し合うのは、一つの有効な手段だと思う。先生が「それじゃだめじゃん」と言うと、「だめだ」と思ってしまう人もいる。うまく学生同士の力を生かしていければ、問いを深める推論ができると思う。
山内:ライティングの授業では、テクニックを学ぶことは可能だが、書くことを好きにならないという話もある。好きにならないということは、単に「授業だから」書いているに過ぎないということである。結局、ライティングの授業がどこからどこまでの範囲をカバーするかという問題になる。「書く」という行為は、何らかのコミュニケーション、何らかのプロダクションやクリエイションのプロセスの中に埋め込まれているのが普通の文脈である。しかし、授業の場合には、「書く」というところだけ取り出され、文脈から切り離される。よって、「主体的に書け」と言われても、そもそも書くことが無い中でやらなければならない。それがライティングの授業の持つ宿命である。本質的には、大学のプロジェクト学習と接続するなど、状況や文脈に特化した別の授業とコラボレーションすることが必要だと思う。
望月:本学部に関しては、4年間の授業のコアカリキュラムとして、3年次のプロジェクト学習が位置づけられている。何度も申し上げた通り、学生が完全に自分の好きなテーマを提案して良いことになっている。それは何故かというと、自分なりに関心を持って、自分で主体的に取り組むことに結び付けて欲しいからである。そのためには、自分が何をしたいのか、自分が何に貢献できそうか、主体的に色々な情報を取捨選択し、必要な授業で能力を付ける必要がある。その意味で、この授業では、日本語のスキルにフォーカスせずに、問いを立ててそれをうまく人に伝える方法に特化している。ただし、これは、それぞれの大学の学部のカリキュラムの特性によって異なってくると思う。我々も1年目の授業では、大学に興味を持ってもらうため、大学に関するテーマを設定したが、長期的に見た時に、幅広いことに関心を持ち、自分なりに図書館などに行って情報収集して学ぶのが大事だと考え、2年目はレポートのテーマを変更した。他の大学でも、学部のカリキュラムに応じてレポートのテーマをアレンジするのが重要だと思う。
冨永:私は大学卒業後にコンピュータの会社に就職したが、「文章が書けない人は仕事ができない人」、ということで徹底的に鍛えられた。どんなに仕事をしても、それをまとめて形にしなければ仕事をしたことにはならない。どんなに良いアイデアを持っていても、提案書としてメリットを相手に示せなければ通せない。文章を書かないと仕事にならないのである。文教大学のテクニカルライティングの授業は、ビジネス文書をテーマにしており、課題もそのようなものを持ってきている。彼らは文章を書くのは苦手で、「できればやりたくないけれど、これをやっておくと会社に入った時に役に立つかも」とは思うらしい。だから、好きかどうかはわからないが、「これは役に立つかも」と思うと、学生は頑張ってみようとするようだ。彼らを見ていて思うのは、自信がない学生が多いということである。そのような学生に対して、いきなり「自由なテーマで1000字書け」と言っても、引いてしまって何もできない。だから、スモールステップで一文、一つのパラグラフから始め、「自分でもできる」「じゃあ次も頑張ってみよう」と思わせる。そうして少しずつやっていくうちに最後は800字のレポートも書けるようになる。ただし、多様な学生に合わせてテーマを設定し、仕掛けを考えるのが必要だと思う。
高橋:ありがとうございます。書くことの先にある目的をどう学生に設定させるか。これは望月先生や冨永先生の仰ったことを統合すると、与えられて書くのではなく、自分として「それを書くことがどういう意味があるのか?」「これを書くと卒論につながるのか?」「ここを一生懸命やると社会で役立つ」など自分に引き付けること。書かなければいけないAuthenticな課題をどう与えるか?書くことがその人にとって必然性がある状況を、どういう仕掛けとして作るか?これらが問われているのかもしれませんね。
望月:でも、「社会に出たら役立つよ!」「コアカリキュラムがある」「スモールステップがある」とあまり先生が明示的に示してもわからないと思う。その辺りは、それとない提示の仕方があると思う。我々の学部では、プロジェクトの発表会が年に2回あり、全学生が見ることが奨励されている。そこでそれに楽しく取り組み、成果を出して成長している先輩の姿を見せることで、コアカリキュラムとして位置付けられていることを示す、という裏の仕組みが働いていると思う。授業で「卒論に役立つ」と言葉で説明するだけでは伝わらないため、そのような全体的な仕組みも大切である。つまり、あまり功利主義的になってしまってもどうかと思う。「社会に出ても役立つよ」というのはマジックワードである。イマドキの1年生は入学してから就活しか考えていない人も多い。大学で身につけるべきなのは、もっと広い視野、書く力、考える力である。
望月:書くということは、考えることとつながると思う。つまり考えていることを外化する一つの手段であり、外化することで自分の考えを深められる。話すことよりも自分の考えを深めるのに非常に有効な手段だと思う。「力」と言うと、その時点の能力のように見えるが、これは人生において不断のプロセスだと思う。ずっと続いて行くもので、その中で伸びたり、深く色々な物事を考えたり、書いたりする時期もあれば、そうでない時期もある。考えるための手段をうまく活用できるか否かというのが書く力かな、と思う。
冨永:「書く」というのは「書く」だけで独立していないと思う。書くためには読まなければいけない。人の話を聞かなければいけない。たぶん、「書く」「読む」「話す」「聞く」という行為があり、その真ん中に「考える」があるのではないか。ずいぶん前の受講生の女の子が、このテクニカルライティングの授業を受けて、書くことだけではなく、話す時にも気を付けるようになったと言ってくれた。その子は、お友達と喋っていたら、「何が言いたいのかさっぱりわからない」と言われたそうだ。それで、この授業を受けながら、話し方にも気を付けるようになったという。書き方から入る勉強をして、話すことも変わっていけば、人との関わり方も変わっていくのではないかと思う。
山内:冨永さんのお話と少し接続するが、「書く力」が独立して存在するというよりも、文字言語を使ってコミュニケーションする能力の中で、「表現する」という側面に光を当てた時に、「書く力」として認識されるということだと思う。実は、書いているだけでは書いていることの意味はよく分からないと思っており、自分自身を振り返ってみても、自分が本当の意味で書くことの意味が分かったのは、自分が本や論文を書いて、読んでもらった時である。自分が書いたものがどう読まれて、どう返って来るかという経験をすると、書くことの意味や、勉強する意味がわかるようになる。それを切り離して、スキルだけトレーニングすることは可能だが、それだけでは、あるところまでは行くが、それ以上は行かないこともありうると思う。今日の話は、繰り返し望月さんも冨永さんも述べられているが、書くだけでなく考えること、書くだけでなく情報収集・整理すること、書くだけでなく読むことなど、文字言語を使って全体的にコミュニケーションすることの重要性である。その全体性を元にして考えなければ、書くことの教育を考えられないのではないかというのが印象深かった。
また、一つ補足をすると、「大学生が書けない」という話は、自分は実は当たり前ではないかと思っている。我々が受けてきた教育に比べると、最近の小学校から高校生まで言語教育のカリキュラムは充実しているが、特に中学高校において、実際に書く経験をどれほどしているかは正直疑問符が付く。ディスカッションもそうで、中学高校では減ってしまっている。ディスカッションや書く活動が、伸び盛りの6年間で手つかずで、いきなり大学に入って初年次でやらなければいけなくなる。中学高校の6年間で、書く意味も含めてある種もう少しテコ入れができると大学がもう少し楽になるかもしれないが、それは簡単な話ではない。むしろ、現状では、中学高校の6年間に本当はやっておくべきだったことを、大学がどこまでサポートできるか?ということであり、授業、ライティング・センター、eラーニングなどでそのような試みが行われているのだと思う。
椿本: ありがとうございました。それでは、これで本日のBEATセミナー「書く力を育てる大学教育」を終了させていただきたいと思います。皆様、どうもありがとうございました。
インターネットにおいて写真や動画が一般的になっても、日常的にやりとりされている情報の中心は「テキスト」です。
情報化社会においてますます重要になっている文章を書く技術を育成するために、大学の初年次教育を中心に実践が広がってきています。
12月のBEAT Seminarでは、テクニカルライターとしてご活躍のかたわら、早稲田大学でライティングを教えていらっしゃる冨永敦子さんと、情報システムによってライティングを学ぶ過程を支援する研究をされている望月俊男さんにお越しいただき、書く力を育てる大学教育のあり方について考えます。
皆様のご参加をお待ちしております。