11月7日第4回公開研究会が東京大学本郷キャンパス山上会館で開催されました。日曜日にもかかわらず、数多くの方々にご参加いただきました。 テーマは、「モバイルメディアとインストラクショナル・デザイン」。モバイルメディアの教育利用を考える上で、私たちはどのように学習プロセスや学習コンテンツを設計していくべきなのでしょうか。e-learningや企業内研修の設計原理として幅広く応用される「インストラクショナル・デザイン(以下IDと略)」のモバイルメディアへの応用について熱い議論が交わされました。
セミナー冒頭では、ID研究の第一人者である岩手県立大学教授鈴木克明氏より、IDの理論やそのバリエーション、活用事例について最新動向を織り交ぜながらご紹介いただきました。
研修の効果と効率と魅力を高めるためのシステム的なアプローチに関する方法論。
どう学ばせるか、学習をいかに支援していくかというノウハウであるとも言える。
〜beating第5号インタビューより一部抜粋
まず、「誰に」、「何を」教えるかという、入り口と出口を決めていくわけです。そして次に、じゃあ、どういう風に教えていくのかを考える。そういう風に設計をして、必要な教材を開発して、使ってみて、それが実際に上手くいったかを評価する。インストラクショナル・デザインとは、この「分析−設計−開発−評価」を回していく一連のプロセスを指し示すのです。
「ADDIE(アディー)」とは、「分析(Analyze)-設計(Design)-開発(Develop)-実施(Implement)-評価(Evaluate)」のサイクルを示す。
IDはADDIEモデルに留まらない。IDプロセスを支えるのはIDの理論であり、情報学、メディア技術、学習理論、コミュニケーション研究の膨大な知見の集積の上に成り立っている。
特に良質の教材をデザインするためには、人の学びのメカニズムを扱った学習心理学の知見を知っておく必要がある。人の学習のプロセスにさかのぼり、教材構成を考える概念枠組みの代表例としてとしてガニェの9教授事象が挙げられる。9教授事象のどこを支援する教材なのかを明確にし、教材の目的に合わせ必要なものを用意することで、効果を得ることができる。
ID分野において「グリーンブック」、「グリーンバイブル」と呼ばれるReigeluth(1999)による論文集、「Instructional-Design theories and models : A new paradigm of instructional theory(Vol.II)」より、様々な教授設計理論が紹介された。
講演の最後に、鈴木氏から「IDの世界も変化・成長を続けています。これからも注目してください」とのメッセージが述べられました。
パネルディスカッションでは、鈴木氏の基調講演を受け、(株)ベネッセコーポレーション教育研究開発本部バイスプレジデント 森安康雄氏、独立行政法人メディア教育開発センター/東京大学大学院情報学環客員助手 中原淳氏から、事例と理論の両側面から問題提起が成され、フロアも巻き込んでの活発な意見交換が行われました。
森安氏は、教材の大前提は学習効果の保証であることを強調したうえで、ベネッセで開発された携帯型個別学習機ポケットチャレンジを事例に挙げ、主に以下の2点について問題提起を行った。
「目標設定・学習活動・評価」といったIDのプロセスのサイクルを円滑に回すには、学習者が知らず知らずのうちに学習に没入し、楽しく、確かに学べるといった「ゲーム性」も重要なのではないか。
→ 鈴木氏:
今日の講演で扱ったIDでは、主に知識獲得・理解など「認知領域」を扱っている。森安氏の提示した「ゲーム性」は、むしろ態度・モラル・学習意欲といった「情意領域」にあたる。情意領域を扱ったID研究としては、学習の意欲や動機付けに関する「ARCSモデル※」などの研究があり、参考にすることができる。
※ARCSモデル…Attention(注意)、Relevance(関連性)、Confidence(自信)、Satisfaction(満足感)の頭文字をとったもの。この4点で動機付けを抑えていくと、魅力的な教材や授業ができる。膨大な心理学研究の成果をまとめたもの。 〜beating第5号インタビューより一部抜粋
モバイルメディアでは、個の学びが強調されるが、同時に、全体のインストラクションの中にどのように個を位置づけていくかが重要である。個の学びのみならず、それを取り巻く社会との関係性が確保される方が、学習がより促進されるのではないか。
→ 鈴木氏:
ゲーム性という点については、「Goal Based scenario」といった手法が、教育とゲームの関わりで米国で研究されている。
中原氏からは、ID理論への素朴な疑問が3点提示された。
PCなどとは異なりモバイルメディアは、「使われる状況」が想定しにくい。それは教材開発の内容にも影響を及ぼすのではないか。その状況の不確実さにどう対処するか。
→ 鈴木氏:
状況の不確実性には、状況に応じてカスタマイズしたオプションを用意することで対処可能である。その際には、学習者の好みや学習状況、目標設定を考慮する必要がある。
IDは何がデザインできて、何がデザインできないのか。
→ 鈴木氏:
IDは目標がしっかりしているものは全てデザインが可能である。一方で、目標がしっかりしていないものはデザインすることができない。しかし、目標設定が明確な個別的学習と、比較的目標が不明確で創発的な協調的学習が共存する可能性は十分にあると感じている。
IDには様々な理論がある。それらをどのような時に、どの学習モデルを適用すればいいのか。
→ 鈴木氏:
IDのモデルは使えると思ったものを使うべきだ。その際に、IDは「どう教えるか」を考えるデザインのための理論であり、学びの様子を記述する学習理論とは異なることに注意が必要である。
その他、登壇者の意見を受けて、会場から数多くの質疑を頂き、活発な議論が行われました。
セミナーの最後に、東京大学情報学環助教授の山内祐平氏は、パネルディスカッションを受け、「情意領域を扱う場合には何か新しい発見が得られる可能性があるのではないか。これからは、認知領域と情意領域をどのように結びつけていけばよいかが宿題」と述べ、「モバイルになっても学習設計の方法は変えなくても良いが、コンテンツ設計の方法は変える必要があるのではないか」と白熱した3時間を締めくくりました。
次回、2004年12月11日(土曜日)開催予定のbeat seminarのテーマは「モバイルする!?科学教育」です。定員はこれまでと異なり30名の限定で、ワークショップ形式の参加者全員で考えるプログラムも取り入れる予定です。お申し込みはお早めに。皆様の参加をお待ちしております。
beat seminarについては、メールマガジンbeating第6号で詳細をお知らせ致します。