2006.11.11

【Book Review】「脳の方程式 いち・たす・いち」

中田力 (2001) "脳の方程式 いち・たす・いち" 紀伊国屋書店

 今回は僕の専門となる(と思われる)学習科学からは少し離れていますが,僕の母体でもある認知科学の近くにいる,脳関連から1冊紹介します.
(この本が脳科学の本であるかどうかを判断することは,専門外でもありますので,差し控えます.)

 正直なことを言えば,細かい話は僕には良くわかりませんでした.それでも,なんだか良くわからないけれど,すごく面白そうだ,と思ったのを覚えています.統一理論として,脳機構からこころを語る!なんだか壮大なドラマを読み進めていくような,そんな感覚でした.

 脳の方程式と題されたこの本は,アインシュタインのサイコロから始まります.20世紀を代表する科学的知見のひとつでもある量子力学の話は,ノイマンを通してビットで構成される脳科学をくぐり抜け,シャノンの情報理論から熱力学へ,オイラー積からリーマン幾何学へ….
 一見とめどもなく縦横無尽に科学史を並べていく著者のストーリーは,しかしながら収束点へと向かって加速していきます.プランクからシュレディンガーやディラック,ゲルマンを通して物質をエネルギーの世界へと導き,ローレンツによって複雑系の世界が開かれることで,物語は最終章へと向かいます.
 脳におけるエネルギーの動きが,遺伝子の作り出す決定論的なシステムに揺らぎを与えること,それこそが意識であるとした著者の結論は,それ以上の解説がないよりもむしろ,僕のつたない知識では判断出来ない為,正しいかどうかを論じ得ません.
しかしながら,科学の王たる物理学を基礎としたこころの統一理論への挑戦は,どんなフィクションよりも上質な知的好奇心を味わせてくれます.

 事実は小説よりも奇なり,全てのカガク好きに勧める1冊です.

2006.11.02

【Book Review】「社会科学のリサーチ・デザイン」

King , G. , Keohane, S. & Verba (1994) Designing Social Inquiry : Scientifitic Inference in Qualitative Research, Princeton Univ.Press : 真渕勝監訳(1997) 社会科学のリサーチ・デザイン:定性的研究における科学的推論, 勁草社


「学際的な研究」といっても、やはりどこかのが学問体系からの系譜があるわけで、その根っこにあるアカデミックな文化を意識しないで進めていくことはできない、と思う今日この頃。
そんなわけで、M1の冬あたりから、方法論の本をよく読むようになった。
今回、ここで紹介するのは、「科学的な研究の方法」について、示唆を与えてくれる本である。

***

■著者たちと執筆の背景について

3人とも政治学者であるが、異なったアプローチで研究を行っている。
3人は、ハーヴァード大学政治学部での「社会科学における定性的分析の方法」という大学院の演習を共同で担当。本書は、そこでの学生たちとのやりとりなどを基にまとめられたものである。

■本書の書かれた目的

定性的な研究(数字による測定が不可能であったり望ましくないような研究)において、妥当な因果的推論や記述的推論を行うための統一的なアプローチを発展させることを目的としている。
また、定性的研究者に対して、科学的推論について真剣に考え、科学的な推論を自らの研究に取り入れるように促すことを目指している。

■こんな人に読んでほしい・・・
定性的なフィールドワークに従事する研究者から統計分析を行う研究者まで。
学部1年生からベテランの研究者まで。
政治学とは一見異なった形をとっている学問領域の人にも応用できる。

***

「定量的」研究と「定性的」研究、この2つはかなり異なった、時には対立するもののような扱われ方をよくする。
しかし、筆者は、この2つを結びつけ、「両者の違いは主としてスタイルや具体的な手法の違いに過ぎない」と述べている。
さらに、科学的であるか否かを分けるのは、記述的な研究であるか因果に関する研究であるかではなく、妥当な手続きに従って推論が行われているか否かだ、と主張する。

この主張は私の日頃抱えているモヤモヤを、少しだけはらしてくれるものだった。

秋の夜長、この本を通して、何げなく使っている「科学」「モデル」「理論」「方法」といった言葉について、ゆっくり考えてみるのも良いのではないだろうか。

2006.10.26

【Book Review】「幼児教育へのいざない―円熟した保育者になるために」

「幼児教育へのいざない―円熟した保育者になるために」
佐伯 胖 (著) 東京大学出版会 (2001/12)

この本は、7月22日の【Book Review】で紹介した「新コンピュータと教育」の著者・佐伯先生の初めての保育論の著書です。
「保育研究」が未だ「教育研究」になっていない現状を背景に、先生なりの保育に関わる"教育"としての根源的な問いを探り出し、教育学研究としてのスジをつける事を目的として書かれたそうです。そこには三本の柱があります。

1.「文化的実践への参加」
本書では、保育を、「(子どもの)文化的実践を、(子どもとともに生きる)文化的実践で、(子どもが成長し、文化の担い手となる)文化的実践へ導くこと」だとしています。
「文化的的実践」といったとたんに、それはもう、単独の個人のいとなみでないばかりでなく、特定の幼稚園や保育園の「園内」のいとなみにとどまらないことになります。親や地域の人々と「ともに生きている」ということがおのずから含意されます。それらの人々が、保育に実際に参加し、交流しつつ、保育の内容を豊かにしていくという実践活動は、ごく自然な発展として、のぞましいということが導かれます。親や地域の人たちが幼稚園や保育園の実際の保育にかかわってくるというケース、さらに、幼稚園や保育園の子どもたちが、親や地域の人たちと触れ合うことが自然に導かれます。

2.「ドーナッツ論」
ドーナッツ論を簡単に述べると、
人が世界とかかわりを作り出すとき、まずその人の自己(I)に共感的に関わる他者(YOU)とのかかわりをもつことが必要で、そのIYOUとのかかわりの世界を「第一接面」と呼ぶ。このYOUIとかかわるだけではなく、文化的実践が行われている現実世界(THEY)とかかわっているし、IYOUとともに、そのTHEYとかかわるようになる。
ということだそうです。このTHEYとのかかわりの世界が第二接面なのですが、ドーナッツ論をもとに先生が仰りたいことは、「二つの接面をバランスよく考慮しましょう」ということではなく、「二つの接面が自然に視野に入ってくるような保育の考え方を探り出さねばならない」ということだそうです。

3.「子どもらしさ」
先生は「子どもらしさ」として下記の点を挙げています。
  ・子どもは、時間をわすれ、我をわすれてものごとに「夢中になる」。
  ・子どもは、対象を「まるごと」取り込む。
  ・子どもは、自らが「表したいこと」を直接、まっすぐに、表す。
  ・子どもは、自らの「疑問」を、何の脚色もなく、当たり前に、そのまま出す。
子どもの営みの「文化的実践」とみなすということは、「こどもらしさ」を、未熟だとか、幼稚だというような見方をしないことだそうです。むしろ、「子どもらしさ」はわたしたちの文化として大切な特性であり、大人も含めて、あらゆる人々が「見習わなければならないこと」なのであるとしています。


この書は、保育を職とする人だけでなく、一保護者にとっても有用な知見が満載であると思います。園との関わりで保護者自身も成長していきます。ともに生き、ともにかかわり、作り上げ、さらに子どもから学ぶという視点のおかげで、私は幼稚園の保護者としての二年間を大変ポジティブに、活動的に過ごすことが出来ました。

ちなみに、先生を「幼児教育の世界」へいざなった方の一人が現在御茶ノ水女子大学助教授の刑部育子先生だそうです。当時学生だった刑部先生の修士論文指導の際、保育実践の世界に奥行きの深さ、そこにじっくり取り組んで考えることの、つきることのない「おもしろさ」を知ったとのことです。今年の山内研夏合宿の際、函館未来大学を案内してくださったのが刑部先生でしたね。今回、書を読み返して驚きました。

この本に出会ったのは3年前ですが、どうやら私の場合、この本によって幼児教育の世界にいざなわれたようです。 [佐藤 朝美]

2006.10.19

【Book Review】「アンビエント・ファインダビリティ」

「アンビエント・ファインダビリティ」 Peter Morville著 オライリー・ジャパン (2006/04)


「ファインダビリティ」という用語をこの本ではじめて目にしたのですが、非常に重要な要素だと思います。同書では「どんなに有益な情報がネットワーク上に存在していたとしても、ユーザが見つけることができなければ、何の意味もありません」と前置きをした上で、「ファインダビリティはユーザビリティに先行する」と謳っています。

内容としては、検索のオムニバス本で、各章ごとに様々なファインダビリティに関して具体例を挙げて説明しています。

この本を読んで感じたことは、検索という技術の方向性の変化です。今まではユーザがキーワード等の条件を指定して『検索する』ことが検索システムの主な機能でした。しかしこれからは、ユーザが指定したデータや、あるいは生活に埋め込まれたメタデータを利用して、ユーザの潜在欲求を満たすようなモノをシステム側からレコメンドしてくれる時代、つまりユーザが『検索される』時代になってきているのではないかと思いました。

また現存の多くの検索システムのように、全ユーザが同じ画面を用いて検索し、同じクエリに対しては同様の結果を受け取るような形ではなく、これからの検索システムは、個々の特性に合わせてどんどんパーソナライズされて形を変えていくのではないか、あるいは既存のデータを組み合わせて検索結果そのものを創り出してくれるのではないか、そのようにファインダビリティの可能性を広げてくれる一冊だと思います。

技術本ではないので、普段から生活の一部としてPCに触っている人であれば、プログラムを組んだことが無いような人でも、十分に読める内容だと思います。[大川内隆朗]

2006.10.08

【Book Review】『科学を考える』

岡田猛・田村均・戸田山和久・三輪和久(編著) (1999) 科学を考える 人工知能からカルチュラル・スタディーズまで14の視点. 北大路書房, 京都.

この本は,「科学を科学する」ことによって科学を考えている本です.そしてタイトルにあるとおり,「科学を科学する」といっても,単一の視点からではなく,各章でアプローチが異なっています.
第一部は認知心理学,認知科学,人工知能,教育心理学のアプローチからなる計五章,第二部は図書館情報学,科学社会学・科学技術社会論,カルチュラル・スタディーズ,科学史のアプローチからなる計六章,最後の第三部は科学哲学のアプローチからなる計三章で構成されています.

大学院にいて「科学」とは無関係であるということはなかなか難しく,このブログを読まれる人の大半にとって,「科学を考える」というテーマをもつこの本は興味深く読めるのではないかと思われます.

しかしながら単に,多くの人にとって興味深いはずだからこの本を薦める,というわけではありません.

おそらく,山内研究室周辺においては,第一部は興味深く読めるだけでなく,学べることも多くあるのではないかと思います.
というのは,第一部には「科学する人」を研究対象とした研究が並ぶのですが,それでも研究手法の重複があまりみられません.認知心理学的実験,質問紙調査,参加型観察手法,インタビュー手法,計算機シミュレーションと,教育工学分野で用いられそうな研究手法のオンパレードです.
基本的な研究対象が共通していながら,その中での目的の差異によって研究手法が使い分けられている事例は,特にこれから修士研究を進めていくM1の方などには,自分にとって必要な研究手法を考える良い材料になるのではないかと思います(山内研究室の春合宿にはその目的がありますが).

もちろん,第一部だけ読めば十分というわけではなく,第二部,第三部も読む価値が十分にあります.
特に学際領域にいる人間には,第二部のジャーナルシステム・妥当性境界の話などは,重要な意味をもつのではないかと思います.

僕以外の方が読まれれば,また別の良さが見出せるのではないでしょうか.
ともかく,いろいろな味わい方のできる良書です.[北村 智]

2006.10.05

【Book Review】動機づける力

DIAMONDハーバード・ビジネス・レビュー編集部(編・訳)(2005)動機づける力. ダイヤモンド社, 東京

雑誌「ハーバード・ビジネス・レビュー」の動機づけに関する論文を集めた本です。
最近、日本の企業でも動機づけへの関心が高まっています。モチベーションを専門とする会社もあるほどです。でも、心理学や教育学で蓄積されてきた動機づけに関する知見(知的好奇心や自己効力感の重要性など)は、案外、経営の分野には活かされていないように思います。その一方で、経営分野における動機づけの理論や手法も、心理学や教育学ではあまり知られていないのではないでしょうか。

そこで、経営における動機づけの動向を知りたい人にはこの本がお勧めです。2005年の出版ですが、ハーズバーグの「衛生理論」や、リビングストンの「ピグマリオン効果」など、一度は名前を聞いたことのある有名な理論に関する論文も読め、おトクです。

衛生理論とは、仕事に対する満足と不満足は、それぞれ異なる要因によってもたらされるものであることを指摘した理論です。労働条件や人間関係などの衛生要因は、それが悪化すると仕事への不満足につながります。しかし、衛生要因を改善しても、それらは仕事への不満足を軽減するだけで、仕事に対する動機づけとはなりません。仕事への動機づけとなるのは、こうした衛生要因ではなく、達成感や承認といったより高次の欲求なのです。ピグマリオン効果とは、「人は周囲から期待されたように振舞う」効果を表した概念です。仕事の生産性や動機づけは、マネジャーがその人に何を期待するかによって左右されるといいます。マネジャーが部下に、「高い業績を達成できる」という期待感を抱かせることができれば、その部下は仕事へのやる気を持って、本当に高い業績を達成できるというのです。

各理論の詳細は本を読んでいただくとして、この本には他にも、目標管理制度や部下を動機づけるリーダーの条件など、企業で社員を動機づける手法について論文が載せられています。そして最後には、実際のビジネス・リーダー達(HPのフィオリーナ会長やBMWのディレクターなど)が社員を動機づけるための知恵も、一言ずつ述べられています。

ところで、動機づけとは、そもそも科学の対象足り得るのでしょうか?この本でも、やる気を高める手法について様々な角度から科学的な検討を加えています。そして、部下の仕事へのやる気はマネジャーのマネジメントに拠る、というのがこの本の一貫した主張のようです。マネジャーは、部下に対して、やる気を引き出し高めるような接し方をする必要があります。もちろん、それにはコーチングなどの効果的な手法を学ぶ必要があるのでしょうが、最後のビジネス・リーダー達の格言を読むと、「偉大さに訴える」、「矜持を与える」など、科学的手法というよりはどちらかといえば信念のような言葉が並んでいます。結局のところ、人の動機づけを高めるには、コミュニケーションや属人的な知恵に頼らざるを得ない部分もあるのかもしれません。

とはいえ、そんな曖昧なテーマに、科学的、実証的に答えようとした研究者達の努力にはとても共感できる部分があります。このように、人の仕事への動機づけとは、一見科学的でありそうで実はそうでもないという境界に存在するテーマのように思います。だからこそ、多くの人の関心を惹きつけてやまないものなのかもしれません。その点で、「キャリア」の問題と似ているようにも思いました。

仕事へのやる気をいかに高めるかは、誰もが必ず直面する身近なテーマです。この本を読みながら、時にはちょっと立ち止まり、自分のやる気について「あの時やる気が出たのはこうだったのか」「あの人とではやる気が出なかったのは、こういうせいかもしれないな」と、考えてみるのも面白いと思います。[荒木淳子]

2006.09.27

【Book Review】イスラム報道

エドワード・W・サイード(浅井信雄・佐藤成文(訳)(1981)イスラム報道.みすず書房,東京

 異文化に住んでいる人びと・他者に対して、私たちが抱くイメージや知識は、どのように創られているのでしょうか?
 
 例えば、映画やテレビで描かれ、ニュースで報道されるアラブやイスラムの人びとや世界から、私たちはどのような印象をうけているのでしょうか?
 
 エドワード・サイードは、主著『オリエンタリズム』の中で、西洋の研究者やメディアが、長い歴史の中で、アラブやイスラムに対するイメージを、その実像とは関係なく作り上げ、ネガティブなレッテルを貼り、かえって事実を覆い隠してきたと膨大な資料から歴史的に分析・批判しました。
 
 この『イスラム報道』では、「イスラム」を題材に、とりわけアメリカのマスメディアや研究者・専門家などが、イスラム世界の出来事をどのように研究・報道してきたかの綿密な分析と批判を行っています。イスラムを伝え解説する人たちがどのような権力や企業等との関わり合いを持っていたのか。どのような役割を果たしたのか。その渦中で「イスラム」はどう解釈され、知識が生み出されたか。
 
 サイードは、人間社会に関するあらゆる知識が、自然界に関する知識と異なって歴史的なものであることを説きます。知識は人間の判断と解釈に基づくものなのです。解釈は、誰によって解釈されたのか、誰に対し、何の目的で、また歴史のどの時点でそれがなされたのか、ということに大きく関わっています。全ての解釈された事象は状況の産物なのです。
 
 これは「イスラム」の問題に限った話ではありません。幅広い意味で「他者」に関して言えることなのです。そしてこの問いは、私たち自身にも跳ね返ってきます。

 1981年に出版されたこの本は、インターネットが地球を覆い、多様に解釈された知識が様々なメディアを駆けめぐっても、今なお、大切な視点を与えてくれます。メディア・リテラシー、情報教育など、メディアと学びに関わる全ての人びとに、有益な古典です。[酒井 俊典]

2006.09.22

【Book Review】統計の本(基礎編)

大学で学習をする上で,多くの人が悩み,格闘するのは統計ではないでしょうか.今回は,ちょっとテイストを変えて,学習に関する研究をする上で,質的研究を志す人でも,是非手に取っていただきたい(そしていつもそばに携えていただきたい)書籍を2冊紹介したいと思います.

●田中 敏,山際 勇一郎 (1992) ユーザーのための教育・心理統計と実験計画法―方法の理解から論文の書き方まで.教育出版.

 この書籍で扱っている統計処理の範囲はちょっと狭いです.分割表・相関・重回帰・分散分析程度までしかカバーしていません.したがって,多変量解析やノンパラメトリック検定を志向する人にはちょっと不満があるかもしれません.

 ですが,この本のミソは,次のようなところにあります.

1.初心者が取り扱いを間違いそうな尺度の違い(名義尺度/間隔尺度/順序(順位)尺度)にフォーカスをし,分析の際に注意できるように指南している点

2.事例を交えることによって,どのようなケースで当該の分析手法を利用すればよいかを分かりやすく説明している点.

3.論文においてどのように統計の結果を示せばよいか,文章記載例を示している点.

 ある程度統計を使うようになっても,ぜひ参照したいのは第3の点です.論文に統計データを書く際によく参考にするのは,自分のテリトリーの学会論文誌だと思います.ですが,掲載された論文でも,読者にとって必ずしも十分に記載していない場合もあったりします(それは審査の結果ですからしようがないのですが).そんなときに,確認の意味を込めてこの本を手に取るとよいでしょう.細かい表現からきっと参考になります.

●森 敏昭,吉田 寿夫(1990) 心理学のためのデータ解析テクニカルブック,北大路書房.

 この書籍がカバーしているのは,分散分析も三元配置まで,ノンパラメトリック検定や質的データの統計処理(ただし,数量化理論などの多変量解析までは踏み込んでいません)など多岐にわたります.行動計量学や数理心理学を専門としないのであれば,この一冊でかなりのことがカバーできます.

 内容のテイストは,前述の「ユーザのための…」よりは2レベルくらいadvancedです.数式も書いてあり,一瞬ひるんでしまうかもしれませんね.ですが,単に数式を書いてあるだけでなく,その過程について,意味を十分丁寧に説明してくれているので,ちょっとまじめに読んでみると,とてもうれしい内容だということが分かります.近頃はSASやSPSS,Rをちょっと回せば大概の処理はできますが,何も勉強しないまま使うのはとても怖いことです.何をしてよいのか,何はダメなのかを真剣に考えるのには,数学が苦手でも十分理解可能な内容です.

 とくに統計処理をするときに,各手法で「使ってはいけない場合」がありますが,そうしたことも丁寧に記述されていますので,初めて学ぶ人でもぜひ手元に置いておきたい,まさに「修論のお伴」な一冊です.

2006.09.15

【Book Review】仕事の中での学習 -状況論的アプローチ-

仕事の中での学習 -状況論的アプローチ-
上野直樹(1999) 東京大学出版 シリーズ人間の発達9

-「状況論」というコトバを理解したいならこの1冊-

「認知科学」は、学習環境の設計をしようとする私たちに「学習」や「知る」という概念について、様々な知見を与えてくれる分野です。この本は、80年代の後半以降、その認知科学の中で大きなムーブメントとなった「状況論」についての概説書です。

この本では、例えば次のようなものを「実体」として捉えるのではなく、ヒトや道具やコトバやテクノロジーの関わりの中で相互構成されるものとして捉えていきます。

機能システム/コンテキスト/プラン/コミュニティ/“マクロ”な社会/発達や学習

上記のようなものたちは、その複雑な成り立ちゆえに、私たちがその姿を描けば、次の瞬間変質してしまうナイーブなものです。あるいは、研究者がシステムを変革しようという意図で設計した道具を持ちこんだところで、再びもととよく似たシステム等が構成されてしまうというような、堅固なものでもあったりもします。

そんな幻のような対象に対して、果たして設計という行為が従来通りの意味(設計者の優れた意図が実体としての現実を変革する)を持てるのか、あるいはそのような視点を経た後に、設計という行為はどうあるべきなのか。

ま、そこんところはヤヤコシイですが、「状況論」を知ることよって、我々が道具や環境と認知の関係についての非常に整理された見通しを得られることは間違いないかと思います。

2006.09.10

大地の芸術祭-越後妻有アートトリエンナーレ2006

先週、ベネッセの福武会長の奥様のご招待を受けて、大地の芸術祭-越後妻有アートトリエンナーレ2006を回ってきました。
(お世話になったみなさま、本当にありがとうございました。)

以前からうわさには聞いていたものの、住民参加の現代アートイベントが本当に成立するのかと半信半疑だったのですが、想像以上にすばらしいものでした。

もちろん、作品もおもしろかったのですが、住んでいる人の関わり方に無理がなく、徐々に巻き込まれている様子が「正統的周辺参加的」で大変興味深いものでした。

写真の作品は、スーパーの袋を地元のお年寄りが花にして、廃校にかざっているものです。このような作品であれば、難解といわれる現代アートへの関わり方もかわってくるのではないかと思います。

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あと、展示がそれぞれの地域の生活の場(学校や空き家)などに分散しているのがポイントだと思いました。プロデューサの北川フラムさんもおっしゃっていましたが、こうすることによって、自分の家の近くに、大量の観客が押し寄せ、「評価されている」という張り合いがでるのでしょう。

トリエンナーレですので、次は3年後ですが、3年後はじっくり時間をかけて回ってみたいと思いました。

山内祐平

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