UTalk / 異なる宗教が人をつなぐ

立田由紀恵

先端科学技術研究センター 特任研究員

第93回

異なる宗教が人をつなぐ

宗教間の対立がメディアで度々報道され、社会の関心を集めています。イスラム教徒、カトリック教徒、セルビア正教徒が武力衝突を起こしたボスニア紛争は記憶に新しいところです。しかし、異なる宗教は人々を対立させるだけなのでしょうか。12月のUTalkは、ボスニアにおける宗教とナショナル・アイデンティティの関係について研究されている立田由紀恵さん(先端科学技術研究センター 特任研究員)をお迎えします。現地でのフィールドワークから見えてくる、宗教の共存のありかたについてお話を伺います。

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12月のUTalk先端科学技術研究センターの立田由紀恵さんにお越しいただきました。立田さんはボスニアにおける宗教とナショナル・アイデンティティの関係を研究されています。まず、15年来の付き合いだというボスニアという国について、地図や現地の写真用いて紹介していただきました。クロアチアとセルビアに挟まれた位置にある、緑豊かでのどかなボスニアには、3つの宗教が混在しています。戦争以前はセルビア正教とカトリック教、イスラム教がどれも同じくらいの規模で信仰されており、教会の真横にモスクがある、宗教が共存した町並みでした。

このように3つの宗教が混在するようになった背景には、西側からカトリック教、東側からセルビア正教、またオスマン帝国の支配下でイスラム教が伝わったという歴史があります。別の宗教を排斥せずに3つが共存できた理由としては、山や川に囲まれたボスニアへは行きにくく、上記の国々から熱心な布教活動を受けなかったことと、宗教に対して執着の強くなかった国民性が関係しているそうです。

共存関係を長く保っていたボスニアでしたが、20年前に紛争が起こってしまいました。クロアチアとセルビアのボスニアの覇権争いに巻き込まれ、ナショナリズムが強化された結果、宗教に対する帰属意識が民族としてのアイデンティティに変わり、○○教徒という呼び方から○○人という呼び方に変わりました。そうすると、隣国に仲間がいるクロアチア人とセルビア人とは違い、帰属する仲間を持たないムスリムの人々は自らをボシュニャックと呼んで独立を目指しました。紛争時は街中に銃弾が飛び交い、地雷が埋められ、今でもその傷跡はボスニアに残っています。そして宗教間の分離は、紛争後も続いています。

しかし、立田さんは「3つの宗教が共存しているのが、ボスニアらしさだ」と言います。ほとんどのボスニア人はもう共存は不可能だと考えているそうですが、立田さんは長い目でこの事態を見ています。ボスニアが持っている中世からの共存の歴史に比べると今の分離された状態と言うのは短い期間のことで、時間が経てばまた共存した状態に戻れるのではないかとおっしゃっていました。

参加者の方からは、政治と宗教の分離をうたいながら特定の宗教観を内包した社会システムを押し付けている事例を見た体験から、宗教と社会システムの関係についての質問がありました。立田さんは自分達の宗教観、歴史を認めたうえで、他の宗教を認められることが重要だとおっしゃっていました。宗教にまつわる争いごとは確かに存在しますが、自分達の考えや社会システムの根底にある宗教観を認め、尊重することが異なる宗教と共存する上で必要なのかもしれないと感じました。

深刻で抽象的になりがちな宗教と共存というテーマにもかかわらず地元の人の声や風景描写を交え、身近に感じられるように説明してくださった立田さん、それぞれの体験をもとに議論してくださった参加者の皆さまありがとうございました。

〔アシスタント:加藤郁佳〕