UTalk / デスモスチルスの骨

犬塚 則久

医学系研究科・解剖学教室

第43回

デスモスチルスの骨

10月のUTalkでは、古脊椎動物学・機能形態学をご専門にされている犬塚則久さん(医学系研究科・解剖学教室)をお招きします。1,300万年前に生息していた、現在のどの動物とも違う奇妙な哺乳類、デスモスチルス。犬塚さんがデスモスチルス化石に関わることになったきっかけや、どのように科学的な復元を進めるのかについて、お話を伺います。

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 10 月のUTalkでは、脊椎動物化石の科学的な骨格再現を研究されている犬塚則久さんをお迎えしました。犬塚さんが研究されている古生物からお話は始まりました。

 およそ1000万年前に絶滅し、現代にはその仲間がいない哺乳類、デスモスチルス。1888年に歯が見つかったときには海獣の一種とされ、頭骨が見つかったときにはゾウに似ているとされるなど、かつては謎の奇獣と呼ばれていました。

 全身骨格が発見された後も、骨格復元について何種類か説があった中、犬塚さんはそれまで研究者の経験によっていた骨格の復元に科学的な検証を導入することで、デスモスチルスが四肢を張り出している爬虫類型の足を持つことを明らかにしました。

 科学的な骨格の復元は、現生のさまざまな生物の骨格を研究して骨格のルールを見つけ、なるべく多くの法則が当てはまるような組み合せ方を考えるという手順で行われます。これに加えて、筋肉の方向があっていないと体を支えられないという点にも注目します。バラバラな骨の形から証拠を見つけるのは、焼け跡から元々あった家を復元するような難しい作業です。デスモスチルスの場合は、つま先が内向きか外向きかを決める際にこのルールが手がかりとなってワニ型の足であることが明らかになり、従来は地面の中で変形したとされていた化石の形が生来のものとわかりました。
 デスモスチルスの骨格復元で博士論文を書いた犬塚さん。「デスモ」のおかげで博士になれたと語る犬塚さんはうれしそうでした。
 そんな犬塚さんは子供のころからモノの形に興味があったそうです。日曜日のたびに父親にいろいろな博物館に連れて行ってもらったそうですが、中でも上野の科学博物館の地下にあった骨格標本を見るのが好きだったとのこと。そこで骨の「とりこになった」という犬塚さん。大学に進んだのも骨の勉強をしたいという理由からでした。

 修士号を取った後は、東大医学部のポストを紹介されて就職し、就職後に東大で働きながら博士号を取得した大塚さん。化石の研究は従来なら理学部地質工学科で行われるのですが、医学部では解剖学を学べるし、骨がたくさんあるとのことで、それからずっと医学部の解剖学講座で化石の復元の研究を続けられています。 
 「本当のことが知りたい」という気持ちでいろんな勉強をしている犬塚さんのご専門、古脊椎動物学と機能形態学、(著書のタイトルでは「ホネホネ学」となっています) は、生物の形から離れてその生態を見て取ろうとするところが難しく、まだまだこれからの学問分野とのことです。

 ここでデスモスチルスの木彫りが来場者に見せられました。おのおのしげしげ眺めたり写真を撮ったりと、興味津々。目は上に飛び出ていて、口と鼻は頭の先端に集まっており、ワニの尻尾を切ったような不思議なスタイルをしています。
 会場からは次々に質問がされました。ワニと違ってしっぽが短いのは変わっているという指摘には、尻尾が短いのにも意味はあって、例えばカバは、尻尾でフンを撒き散らして一種のマーキングをするとのこと。

 また、細長い顔は、神経が顔の前のほうに集まっていたであろうという推測から、ジュゴンのようににごった水の中でもエサが探せる形にしたとのこと。

 このような復元の作業は、今存在する生物を参照しながら暮らしぶりをイメージし、実際にどういう形をしていたのかを決めていくそうです。どうして足が開いた形なのかという質問には、まず足がまっすぐか開いているかで体重を支える筋肉と歩く筋肉が同じか別かという違いがあり、デスモスチルスはわざわざそれらが別である理由、たとえば浜辺で波に倒されないためという理由があったのではないかということです。

 特定の場所、時間によって生物がすみ分ける「ニッチ」というものが生物の世界には存在し、例えば川の流れが速いところと深いところという空間的なすみわけや、コウモリが夕方に飛び回るような時間的なニッチがあるそうです。
 デスモスチルスは、ちょうど海が高かった時代の生物で、海岸線がそのすみかと考えられているとのことですが、何を食べていたかまではまだわかっていないそうです。

 生態の話に移ってきたところで、デスモスチルスの歯の化石が登場。この歯は、円柱が束になったような変わった形をしており、ギリシャ語で「束ねられた(デスモス)柱(スチルス)」と、彼らの名前の由来にもなりました。
 歯はゾウと同じで水平に生え変わる形で、前歯と奥歯が離れている形。ただ、まだ何を食べていたのか決める証拠がなく、歯が厚いエナメル層になっている理由は海辺に住んでいて食べ物に砂が含まれていたからではないかと考えられているとのことですが、その不思議な形の理由はわかっていません。
 この化石が出土したアメリカのカリフォルニア州には、デスモスチルスの歯の化石がよく出る地層があります。そこで採集された大量の歯の大きさを分析したところ、生え変わる3つの歯の大きさの推移に2種類の系統が存在していたそうです。一般的に哺乳類ではオスメスの個体差があり、年齢が上がるにつれて性差は広がることが知られています。そこから、オスかメスかを歯の化石から判断できるそうです。

 骨盤でオスとメスを比較するのではないのか、オスとメスの比率はわかっていないのかと、再び会場から質問がありました。骨盤についてはまだ化石が少ないのでわからず、オスとメスの比率についても生息地域すべてをカバーするデータがなくてわからないとのことで、たくさんのデータがないと、どうしてもわからないことがあるという問題に話が及びました。

 どうして絶滅したのか、捕食者がいたのではないかという質問に対しては、デスモスチルスの先祖にあたるパレオパラドキシアのうち、中型のものが先に滅び、大型、最後にデスモスチルスという順番で絶滅したということと、同じ時代に彼らのニッチと考えられている海岸線が短くなったことはわかっているものの、主因はまだ特定できていないとのことです。脊椎動物学に一気に引き込まれるお話とますます深まるデスモスチルスの謎に、セッションが終わったあとも質問が続いたり、来場者同士で語り合ったりと話がなかなか終わらず、そのまま犬塚さんと一部の参加者が犬塚さんの研究室に行くという姿も見られました。
 木彫りと歯の化石を用意してわかりやすくお話してくださったゲストの犬塚さん、お集まりくださったみなさま、ありがとうございました。

[アシスタント:藤田展彰]