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037:2008年度 第4回 2009年3月28日開催

特別セミナー 教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来
フロアディスカッション

  • 教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来
  • フロアディスカッション

パネラー

  • 赤堀侃司先生(日本教育工学会 会長/東京工業大学 教育工学開発センター 教授)
  • 新井健一氏(株式会社ベネッセコーポレーション 執行役員)
  • 向後千春先生(早稲田大学 人間科学部 准教授)

司会

  • 山内祐平(BEATフェロー/東京大学大学院情報学環 准教授)

(参加者のグループディスカッションによる質問が用紙にまとめられ、司会に提出された。)

山内個別にお答えいただくものからいきたいと思います。向後先生が開発に関わっておられるベネッセコーポレーションの「計算パーフェクトマシーンCR」は、「脳トレ」とどう違うのか、お話していただきたいと思います。

向後千春 向後先生「計算パーフェクトマシーンCR」は、基本的には「即時フィードバック」と「誤答の分析をしてガイドをする」というものである。「脳トレ」はあまりやったことはないが、基本的な機能は今の2つなので、そういう意味では全くCAIだといっていいと思う。

山内「脳トレ」には、脳の機能に関する説明はありますけども、決してCAIとは言いません。その辺りをどう思ってらっしゃるのか、というコメントがありましたので、少しコメントをいただけますでしょうか?

向後先生はい。世間的にCAIという言葉は使わないでいいと思うが、その原理が生き残っていることは、忘れてはいけないというのが私の立場である。

山内赤堀先生には、「これからやってみたい教育工学研究は何ですか?具体的に教えてください」というものがきています。モバイルに限らず、これから先の研究の方向性を示していただきたいと思います。

赤堀先生これから所属が変わって、教育基礎とか教育課程論とか教育方法論とか教育思想をやることになり、今、困っている。特に教育基礎、つまり教育原理を勉強しているが、非常に重要だと思うので、今後はこの分野にチャレンジしてみたいと思う。今後は他の先生方を見習って、楽しく授業をするための勉強をしていきたいと思っている。

山内ありがとうございました。では次に参りたいと思います。「今回は子供向けの教育が多かったですが、大人向けの学びはどう支援したらよいでしょうか?」という質問が来ているのですが、新井さん、いかがでしょうか?

新井健一 新井氏ベネッセとしては、社会人や大学生の教育をする際、どういう能力を伸ばすのかについて今検討しているところである。大人はデバイスの制約がなくなるので、そういう意味ではやりやすいと思う。例えば、携帯電話を使って学習をするケースも増えてきていることがわかってきたので、隙間時間を有効に使うという点で、今後研究をする余地があるだろう。携帯電話の捉え方も変わってきていて、PCやテレビと違って携帯はもはや体の一部になっているようである。しかし、体の一部にはなってもまだ勉強の中心的なツールにはなっていない。

また、最近はマルチスクリーンが増えている。例えば、テレビを見ながら携帯を使って友達と実況したりしている状況がある。複数のスクリーンを同時に見ている。デジタルネィティブの行動変容には注目したい。

山内ありがとうございました。向後先生、いかがしょうか?

向後先生早稲田大学人間科学部では、6年くらい前からeラーニングを利用している。利用の中心は3年生と社会人で、交流などを行わせている。実は30代、40代の第一線で働いている人たちにとってはものすごくeラーニングの需要があるのだが、大学はそれに気づいていない。だから、今後少子化が進むことを考えると、社会人なども対象に入れて考えていかないといけないと思っている。

山内では次の質問に行きたいと思います。「色々な学習メディアが出てきていますが、2015年くらいに主流になると思われるメディアは何でしょうか?」

赤堀先生予測は難しいですが、電子ペーパーには注目したい。電子ペーパーが有効かどうかを研究していきたいと思う。

新井氏電子ペーパーはすでにアメリカでは少し出てきている。日本では今後、流通が増えれば、コストは下がると思う。また、用途は学習素材だけではなく、SUICAのような他の分野にも活かせられると思うので、生産が進めば、2015年くらいにはさらに進化してくるだろう。

また、デジタルペンは、解答のプロセスを見ていくという使い方はあると思う。
地デジも2015年には教育利用されているであろうが、さらにその空き帯域を何に使うかというところがビジネスチャンスになってきている。

山内ありがとうございます。今までは割りとデバイスの話が多かったので、次はコミュニケーションインフラを取り入れた教育の展望をお聞きしたいと思います。

向後先生大人の学習にとってもコミュニケーションは大切である。ある程度学習が進んだ人の場合は、今までよりももう一段メタの部分を学ぶことで、学習をするということがわかっている。よって、ビデオを使ってコミュニケーションを取れるようにして表情の微妙なニュアンスが伝わるようにするなど、コミュニケーションのためのハードルを低くさせることが今後の改善点だと思う。

新井氏コミュニケーションインフラはもう既に相当整ってきているが、もっと進化したインフラが出てくるようになると思う。特に協調的なコミュニケーションが学習の継続性に効くことがわかってきているので、学習インフラで活かされるようになると思う。こういうものは、今後さらにモビリティが高くなって非同期型のコミュニケーションが増えるようになってくると考えられる。

赤堀侃司 赤堀先生今の子どもを見ていると、携帯電話の普及が大きな影響を与えると思う。私のことを考えると、私も対面で話すのは非常に苦手で、自分の思っていることを対面で相手に伝えるのは非常に難しい。先日、東京藝術大学の宮田学長が言っていた彫刻の話で面白かったことは、彫刻家は自分の伝えたいことが一杯あるのだけれども、ほとんど伝わらない、だから、自分の思っていることはほとんど伝わらないと考えた方がいいのではないかということである。全く同感である。ある程度本心を出してもらうことがコミュニケーションにとっては大切なので、そこをどうメディアやデジタル教材が支援できるかが重要なポイントになると思う。

フロアディスカッション 山内ありがとうございます。次は、デジタル教材でうまくいった事例はたくさんありますが、うまくいっている根拠となるデータではなく、なぜそれがうまくいっているのか、その要因について教えていただきたいと思います。

向後先生もちろん、伝統的な授業と比べると、デジタル教材の方がCAIの2原則、「即時フィードバック」と「学習者の反応による分岐」に則っているので、従来この2つができなかった多人数講義などでは効果が出ることになる。もちろん、先生と生徒が1対1でやる方が効果は高いが、それはコストが高くなってしまうので、デジタル教材を使うことになっている。

新井健一 新井氏今まで我々がしてきたeラーニング教材も、学力が向上したとか意欲が向上したなど、効果があると言って出してきた。しかし一方で、eラーニング教材の売り上げが飛躍的に伸びないことからもわかるように、あまり広まっていない。それはどうしてかと考えると、そもそもスクリーンに貼りついて学習するというスタイルに何となく抵抗感があるのだと考えられる。そうするとそのような抵抗感のない学習者が対象となって効果が限定的なものになってしまう。デジタル教材には特性があるので、その特性をうまく使えば効果は出てくるだろうが、効果を考えるとき、点数が上がったとかやる気が上がっただけで良いのだろうか。今日話題にあがった電子黒板やテレビやパソコンのようなICTメディアは、みんなでイメージが共有できるとか、行動や意識が変容するという影響があって、プラスマイナスあるにせよ、メディアが与える影響は大きいだろうと思う。そう考えると、ICTを活用したこと自体にも価値があるのではないか。これからは、情報をずっと受け取るだけでなく、発信できる人になれるかどうかが重要なのだと考える。その点で、ICTメディアの持つ潜在的な力がこれからの社会に必要な能力の育成に役に立つと思っている。

赤堀先生先ほどTPACKという考え方を話した。あの考え方は、今まではデジタル教材だけを見ていたけれども、理科のコンテンツ、国語のコンテンツという教科内容まで入り込まないと今後はいけないということを言っている。ただもう一つの視点が必要で、その教材を当てはめるのが妥当かどうかは、教育の視点が必要になってくるのだと考える。

つまり、教育者の目から見て、それは教育的に意味があるのかどうかを判断していかないといけないのだと思う。そういう意味で、私はコンテンツと方法と、それが妥当かどうかを教育的に判断するというこの3つを統合しないといけないと考える。

山内ありがとうございます。次は、「研究や成果を実際の現場に日常へもたらす道筋を作るにはどうしたらいいか?」という質問です。これは非常に重要なことだと思いますので、ぜひお答えいただけますでしょうか?

新井氏企業の立場としては、やりたいことや目標が割りとはっきりと決まっている。よって、そこに必要な理論を逆に辿って教えていただくという形になるので、その情報がうまくつながっていくことが大事なのではないかと思う。

フロアディスカッション

赤堀先生私もこの質問は非常に大事だと思う。教育工学も25年間、科研費をいただきながら、色々なアウトプットをしてきた。しかし、本当にそのアウトプットが現場に届いているかというと疑問だと思う。理論と実践の連結は永遠の課題であろう。研究を実践に移していくには、研究自体が強い知見、図太い知見を提供するものになることが必要だと思う。例えば、フィードバックのようないつまでも生き残るような知見がそれである。そして、こういう知見を作るには実践によって鍛えられていかなければならないのと考える。

山内では、次の質問です。「教育工学とはどのような学問で、その定義は昔と今とで変わったのでしょうか?」

向後千春 向後先生教育工学の定義に関しては、アメリカの教育工学会の定義がある。後、昔と今とで変わったかどうかについては、変わっていないと考える。変わらず、教育をいかに効果的に効率的にやるか、それに対してどういうテクノロジーを用いたらよいかということを目指した学問である。もちろん昔は教育者からの視点で、今は学習者や共同体の視点になっているという変化はあるが、変わらず教育工学は教育工学で、私はインストラクション中心でやっていきたいと思っている。

赤堀先生はい、教育工学が変わったかというとそこまで変わっていないと思う。ただ、なぜ教育工学のこういった定義の質問が出てくるかということを考えなければならない。自分の大学で一番困ったのは、私が博士を出すときである。というのも、博士は私以外の教員も入って決める。彼らは教育工学の専門ではないので、何をしているかがわかってもらえないし、面白いとも思ってくれないことがある。要するにディシプリン、価値の問題で、何を持って学位に値するかが学問によって違うことが問題である。そこで、お互いに学問同士の異文化理解が重要になってくる。その意味で、教育工学の特徴は、排除しないことだと思う。いろいろな分野の人が教育工学で科研費を申し込んでいる。これが非常に重要だと思う。異文化を排除せずに本当に教育に役に立つことを目指している。

山内ありがとうございます。では最後の質問です。「未来、10年後と50年後に我々がタイムスリップしたとして、教室や教育の現場を見たら何に一番驚くと思いますか?」

向後先生10年後はわからないが、50年後は、もはや教室がないと思う。学校もない。各家庭には進化したテレビなどがあって、その中で生活しながら学習していく、つまり生活と学習が切り離せない事態になっていると思う。

山内その場合、インストラクションはどこで行われるのですか?

向後先生環境全体がインストラクションになっていると思う。あらゆる刺激があり、ちょっと手を伸ばすことですぐに何か情報を得られる状況になっているだろう。そもそも、インストラクションがなければ、我々は自分から学べぶことができない。自分で学ぶには環境を学習の手がかりとして捉えることが必要である。だから、我々のような設計者は、学習者が触れた瞬間にどうなるかまで考えて設計しないといけないのだと思う。

新井氏10年後だと、モバイルからユビキタスが融合して、リアルと混ざったような学習が可能になっていると思う。50年後には、ロボティックスなどが発達していると思うので、今まで見たことのない物体が動いているかもしれない。50年経つと量子の技術が発達してくると思うので、かなり風景が変わると思っており、楽しみにしている。

赤堀侃司 赤堀先生ひょっとしたら、案外あんまり変わってないのかなあとも思う。ただ私どもが携帯ゲーム機器の研究などで一番考えさせられたのは、子どもが楽をすることについてである。子どもが楽して学ぶのは大丈夫なのかとたくさん言われてきた。この問いに対するこたえは私にもわからない。しかし、最近思うことは、エンターテインメントと学習の境目がわからなくなってきたと思っている。だから、楽しんで勉強しているのは悪いことではないのではないか。

50年後10年後で一番幸せなことは、ひょっとすると勉強することかもしれない。何か知識を獲得したり、表現したりすることは人間にとって一番楽しい活動なのではないかと思う。私もそうである。だから、おいしいものを食べることよりは、コミュニティの中で成長すること、この成長を学習というのならば、学習それ自体が楽しくなる時代になるかと思う。今までの勉強=苦行というイメージではなく、楽しみの中に学びが入ってくる時代になるといいなと思っている。

山内祐平 山内ありがとうございました。それでは最後にまとめたいと思います。皆様が今いらっしゃる福武ホールは、安藤先生が設計されたのですが、安藤先生と話していた印象に残ったことがあります。それは、安藤先生は100年先まで残せるようにと思ってつくられていたことです。教育の世界で100年先というと難しいと思いますが、我々も25年先くらいには今教育工学会でやっていることなどが当たり前になっていると良いなと思います。

赤堀先生をはじめ、25年かけて培ってきていただいたものを大切にして、25年後の高校生が「今の教育は25年前にこんな人たちが考えたものなんだぜ」と言ってもらえるような世界にできるように、皆様とがんばっていきたいと思います。

フロアディスカッション
テーマ

教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来

1980年代から現在まで、電子機器の普及と情報技術の発展の波は、私たちの生活や学習環境を大きく変えてきました。紙やテレビ、コンピューター、モバイル、ゲーム機、それらをつなぐネットワーク技術により、学習環境は教室から自宅や通勤・通学時という学校外の環境まで広がり、今や私たちはいつでもどこでも好きなだけ学習することができます。しかし、情報技術が発展するスピードに合わせて学習環境がそのまま進歩したかというとそうではありません。情報技術・機器を教育にどのように応用するか、教育関係の研究者や現場教員が成功と失敗を繰り返し、今の進歩があります。

このような学習環境の進歩に貢献してきた学会の1つであります日本教育工学会が創立されて今年で25年になります。今回のBEAT Seminarでは東京工業大学教育工学開発センター 教授で日本教育工学会 会長の赤堀侃司先生をお招きし、デジタル教材の変遷と、特に近年、世界的に注目されているモバイルの教育利用についてお話頂きます。

みなさまのご参加をお待ちしております。

日時
2009年3月28日(土)
午後1時より午後5時まで
場所
東京大学 本郷キャンパス
情報学環・福武ホール(赤門横) 福武ラーニングシアター(B2F)
内容
スケジュール
1.趣旨説明 13:00−13:10
 山内祐平(東京大学 准教授)
2.BEAT2008年度成果報告 13:10−14:10
 休憩
3.基調講演 14:25−15:05
「メディアの変遷と学習」」
 赤堀侃司(東京工業大学 教育工学開発センター 教授)
4.パネルディスカッション
第1部 15:05−15:45
「教育工学25年の歴史から考えるデジタル教材の未来」
 司会:
 山内祐平(東京大学 准教授)
 パネラー:
 赤堀侃司(東京工業大学 教育工学開発センター 教授)
 新井健一(株式会社ベネッセコーポレーション 執行役員)
 向後千春(早稲田大学 人間科学部 准教授)
5.参加者によるグループディスカッション 15:45−16:05
 休憩
6.フロアディスカッション
第2部 16:15−17:00
定員
180名
参加費
無料
懇親会
参加希望者(有料)

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