第6回:保育環境におけるハード・ソフトのデザイン
― アーキヴィジョン広谷スタジオの事例から ―

今まで独立して存在していた「家」「学校」「コミュニティ」の敷居が、近年徐々に低くなってきているように思います。東京大学 情報学環・福武ホールとミサワホーム総合研究所が開催する、公開研究会「ミライバ」では、この変化めまぐるしい現代社会のなかで、大きく意味が変わりつつある「場」の未来について考えていきます。

公開研究会「ミライバ」開催報告 第6回の公開研究会は9月12日(金)に福武ホールで開かれました。ゲストに、多くの認可保育園の設計を手がけられてきた、アーキヴィジョン広谷スタジオ取締役副所長の石田有作さんと、石田さんが手がけられた京都M保育園、愛知S保育園の視察をされた、京都造形芸術大学芸術教養学科准教授の早川克美さんをお招きしました。今回の研究会では、はじめに石田さんより、京都M保育園、愛知S保育園の設計に至る経緯やエピソードなどをお話いただき、その後、早川さんより視察で感じた気づきや課題についてお話いただきました。後半は早川さんから投げかけられた課題と参加者の質疑に石田さんが答えながら、保育環境設計における今後の展望についてディスカッションを行いました。

石田さんが協同主宰されるアーキヴィジョン広谷スタジオ(以下アーキヴィジョン)が保育園設計を始める契機となったのは、保育園を運営している社会福祉法人(以下:R法人)の理事長が、アーキヴィジョンの手がけられていたコミュニティセンターへ見学に訪れた際、「このコミュニティセンター のような木と自然光にあふれた保育園を作りたい」とお話されたことでした。その後石田さんたちは、既存の保育園を見学してみたところ、保育室の環境が子どもたちの豊かな感性に十分応えられていない印象を受けたそうです。また、保育士さんの「子どもたちは環境に非常に慣れやすく、適応能力が高い」という話が印象に残った一方、見学した空間に慣れていくと考えると違和感を感じたそうです。更に、保育士さんたちからは「保育園は学校ではなく、生活の場」「家のようにくつろいでほしい」というキーワードが出てきました。こうした話を受け、子どもたちの保育園滞在時間が1日の大半を占めるからこそ、保育環境が派手派手しい装飾にあふれたものではなく、人が過ごす空間としての心地よさを大事にするべきだと考えたそうです。

公開研究会「ミライバ」開催報告

(S保育園 写真:車田保)

こうして生み出された保育園を今回は2つご紹介いただきました。園舎の設計をする際に大事にしているのは、子どもたちが色々な居場所を見つけられるような建物を作りたいという思いです。子どもたちには広いところが好きな子もいれば狭いところが好きな子もいるし、複数の人数で遊びたい子もいれば、1人で集中して遊びたい子もいます。それらの子どもたちがそれぞれ自分のお気に入りの場所を見つけられるような園舎にしたいという考えです。

愛知県にあるS保育園は、設計時に行政側から南面した広い園庭を確保して欲しいという要望がありました。敷地は矩形でしたが、南面する園庭を確保し、残りの細長い敷地で園舎を計画する必要がありました。こうして、細長さを活かしたS保育園が生まれました。内装は保育室の中に大きな開口をもったアーチの壁が入り込み保育室がゆるやかにゾーン分けされた特徴的なデザインとなりました。子どもたちは、この不思議な空間の中で様々な場所を見つけていけるよう工夫されています。またイラストレーターの方や、陶芸家の方が保育環境づくりに参加し、光を受けて輝くモビールや陶製のレリーフ、ガラス面に描かれた壁画などを制作しています。これらのアートワークは装飾としてではなく、子どもたちの想像力を広げていくアイテムとして機能しているそうです。例えば、子どもたちは秋の散歩の帰りに「保育園の木にも葉っぱをつけてあげよう」と紅葉した葉っぱを色紙でつくってガラス面に描いた木の線画に貼ったそうです。そして冬が近くなった頃、夜に保育士さんたちが葉っぱを下に貼り直し「そういえば近くにあった木も葉っぱがなくなっているよね」と子どもたちに話す一幕もあったそうです。

公開研究会「ミライバ」開催報告

(S保育園 写真:車田保)

もう1つは京都のM保育園。建設前の敷地は、大変細長い特徴的な敷地で2~3階建ての住宅が、予定敷地に向かって建っているような場所でした。最近は保育園の騒音の苦情が相次いだり、近隣から保育園設立の了承を得られないで撤退したという話がありますが、ここでも近隣 の方たちから心配する声があがりました。そこでM保育園は、保育室を1階に作り、子どもたちが自由に遊べる園庭を屋上に設け、箱庭のように1階分くらいの壁で囲いました。周辺は2階にリビングのある住宅が多かったこともあり、近隣住民の住宅から目線のバッティングも避けられ遮音もある程度可能となりました。保育室には「空の家」という、囲われた空間で屋上から光が穏やかに差し込む空間も設計しています。S保育園のアーチ開口や「空の家」があることで、保育士さんたちが保育を展開していく際の手がかりになることができるのではないかという思いを込めています。「空の家」の天井が屋上園庭に突き出ている様子が小さい建物が並んでいるよう見えたことから「小さい村」と呼ばれ、屋上にも多様な居場所をつくっています。

公開研究会「ミライバ」開催報告 こうして保育園をいくつか設計する中で、建築単体の話とは別に地域のコミュニティが薄れていることで、地域全体の子ども環境にも変化を起こしていることに、石田さんたちは気付きました。そもそも核家族化が進み、昔のように世話焼きの近所の人があまり機能していない現代では、地域内の異世代交流は生まれにくくなっています。富山のコミュニティセンターでイベントやワークショップを行い、地域全体がその施設に対して意識が向くようになってくることで、多くの交流が生まれ「地域の大きな家」として機能していました。これまで地域に閉じられた施設であった保育園が富山のコミュニティセンターのように、コミュニティの核(「地域の大きな家」)となることで、単に子どもを預かる場ではなく、多様な人が集い、多くの交流が生まれ、地域全体が子どもたちを見守るというような意識を作っていく場所になりうるのではないかと考えたそうです。(M保育園 写真:車田保)

石田さんのお話を受け、早川さんからは、実際に2つの園を見学した印象や、園長先生のお話をご紹介いただきました。早川さんは、「この場所を活かすための設計時の思いや意図が、保育士さんたちに伝わってないのでは」と感じたそうです。また、広々とした空間は家具でしきられていました。コーナー保育が実現されることで、家にいるときのように、室内で走り回らず子どもが落ち着いて活動することができると考えられているようです。園長先生のお話によると、園長着任前に保育園が竣工していたため、自分の進めたい保育方針が空間に反映されていないというお話でした。一方.アーチ型壁面が特徴的なS保育園では、チャイルドコミュニケーションデザイナー(以下:CCD)の平井さんの役割が重要であることがわかりました。

平井さんは保育士ではありません。子どもたちとアート、場と子どもたちを繋ぐ役割として週3,4日来園します。平井さんとS保育園の関わりは、S保育園の基本設計後、設計に対して保育の立場からアドバイスや、園内のアートワークのコンセプトづくりの面で参画したことが最初でした。現在は、子どもたちの造形づくりのプログラムを考案したり、プロの作品を3ヶ月毎に企画展として展示する計画を立てたり、様々な創造的な活動のサポートをされています。また、茶道教室、クラシックコンサート、地域にひらいた園庭茶会やレイモンドカフェというイベントも企画され、開催しています。平井さんからは、認可保育園の設計のスケジュールが、保育理念を空間に反映することの難しくさせること、そして、園長さんは設計の専門家ではないので,図面や模型を理解することが難しいということが課題だというお話を聞くことができたそうです。

会場の参加者からはたくさんの質問が出されました。1つは保育理念を空間に反映させることの難しさが改めて浮き彫りになりました。新設園は園を作るたびに園長先生やスタッフの方を現地で採用する必要がありますが、多くの場合設計が完了した後で園長先生が決まるケースが多いそうです。そして、設計意図の説明を保育士さんたちに説明するにも、保育士は就労環境が厳しいため定着率が低い状態です。すると、理念や意図が浸透しにくいという課題も浮き彫りになりました。また、CCDのような存在も含め、保育園外の人たちとの関わりを生み出す重要性についても議論がされました。保育園やその事業者は、その地域に居続けるからこそ、地域との関わりは必ず必要となるはずです。石田さんも、保育園設置にともなうトラブルなども、コミュニケーション不足も要因の一つのではないかと考え、設計段階から地域とよい関係構築をしていくことを目指しているとお話されていました。さらに、CCDの存在が保育をより豊かにする一方、平井さんだけでなく、子どもたちをアートや空間とつないでくれる役割の人を育てる必要があるでしょう。

公開研究会「ミライバ」開催報告

空間デザインのハードとソフトに関する問題は、決して保育園だけの課題ではなく、小中高大全ての学習環境でも起こっている課題です。せっかく設計したものの意図が利用者に伝わっていない現状が多くある中、CCDのように、空間と人を介在してくれる存在が、設計者の意図と利用者の意図を繋ぐ重要な役割を担っていることも、今回の研究会で浮き彫りになった観点でした。また、CCDだけでなく、設計者と利用者がお互いに変化していくことを前提としながらも、設計した人もその場に関与し続けながら、使われ方を検討し続けていく仕組みづくりも必要かもしれません。設計者側と利用者側の本音ベースの話が展開された充実した研究会となりました。

今回お話しいただきました石田さん、早川さん、そしてお集まりいただいた参加者の皆さま、どうもありがとうございました。

ミライバ事務局( NPO法人Collable ):山田小百合



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